オンライン:産業医科大学 災害産業保健センター 講師/産業医 五十嵐侑さん
西村)5月1日能登半島地震の発生から4ヶ月。今、石川県や市町村で働く自治体職員の疲労が懸念されています。災害時に自治体職員の健康をどう守ればいいのでしょうか。
きょうは、産業医科大学 災害産業保健センターの講師で産業医の五十嵐侑さんにお話を伺います。
五十嵐)よろしくお願いいたします。
西村)産業医とはどんなお仕事ですか。
五十嵐)産業医とは、働く人の健康を支援する仕事です。メンタルの不調、高血圧、糖尿病のような病気になってしまう人も多いです。
西村)能登半島地震の発生からまもなく4ヶ月が経ちますが、自治体職員は正月からずっと忙しく働いています。五十嵐さんも石川県輪島市に入ったのですね。
五十嵐)1月中旬から石川県に入りして、自治体職員の健康支援をしていました。
西村)どんなようすでしたか。
五十嵐)健康調査をしながら支援をしていたのですが、2割以上の職員が強い疲労感を感じているようすでした。
西村)五十嵐さんはいつ頃まで現地にいたのですか。
五十嵐)3月末まで現地で支援をしていました。その頃まで継続的に疲労感を感じている人が多かったです。職場で寝泊まりしたり、避難所から通勤したりしている人、自宅の片付けで1日も休んでいないという人もいました。
西村)心も体も休まる時間がないというのは大変だと思います。みなさんどんなお仕事をしているのですか。
五十嵐)部署によって異なりますが、道路・水道の復旧、避難所の運営、支援物資の受け入れなどです。通常業務の延長でしている人のほかに、市民への対応など、普段はしない仕事をしている人もいて、ストレスフルな状況でした。
西村)専門的な知識がない業務を応援に行くとなると、ストレスが溜まると思います。
五十嵐)住民との対面業務は特にストレスがかかります。市民のやり場のない怒りの矛先になってしまうからです。市民の心無い一言に心が折れてしまう職員もいます。罹災証明の判定は市民の死活問題。そのことで、同じ地域で被災している職員に対して、苛烈な言葉をかける人も多いですよ。
西村)受け止める自治体職員も被災していて、大変な状況が続いていますよね。
五十嵐)職員の仮設住宅の入居は後回しに。まずは市民優先になってしまうようです。生活基盤がない中で、被災したその日からずっと働き尽くめの人もいるようです。
西村)輪島市は朝市が火災で焼けてしまったり、未だに瓦礫が撤去されていなかったり、断水も続いていて大変な状況が続いています。そんな中、自治体職員の疲れも溜まっていると思います。睡眠が十分にとれなければ、体調はどうなってしまうのでしょうか。
五十嵐)健康は2つに分類できます。1つは、「眠れない」「つらい出来事を思い出す」などのメンタルヘルス不調や精神疾患。心身ともに疲れてしまって、燃え尽き症候群、適応障害、うつ病のような症状になってしまう人もいます。身体疾患については、災害高血圧といって、血圧がすごく高くなる症状があります。240という数値が実際測定されたこともあります。これは、今すぐに降圧薬を飲まなければならない数値。高血圧、高血糖になると、脳卒中や心筋梗塞などの重篤な病気を発症してしまうことも。災害時は、生活や食事のリズムが乱れて、さまざまな病気のリスクが高まります。
西村)なぜこのような状況に陥ってしまうのでしょうか。
五十嵐)自治体職員は、使命感や地域に対する愛着がすごく強い人が多いんです。被災した直後から働かなければならない状況でどんなに大変でも、行政サービスは中断することができません。わたしたち市民は助かっている一方で、職員には大きな負担がかかっています。
西村)今、どんな対策が必要だと思いますか。
五十嵐)今は、災害から時間が経ち、少しずつ日常業務に戻る段階。一方で、まだまだ忙しい部署もあり、残業時間が100~200時間を超える人もいます。復旧・復興活動は数ヶ月~年単位で続くので、業務を分散する、組織外から応援をもらうなどして、負担が偏らないようにすることが大事。組織としてもサポートすることが必要です。
西村)専門的な知識も必要なので、応援に入ってもらうのも大変そうですね。
五十嵐)専門的な業務以外にも日常業務など必ず何かしらありますし、外注もできると思います。何とかしようという姿勢や話し合いはすごく重要。まずはどこに業務が偏っているのかを可視化、共有化しながら進めていくことが大切です。
西村)休ませた方がいい人に対する気配りや対策が必要ですね。
五十嵐)持病がある人などいろんな事情を抱えている人も。中長期的な復旧・復興活動の中で、持続的に働くことができる体制を作っていくことが大切です。
西村)人の力は足りているのでしょうか。
五十嵐)元々、行政職員は潤沢な人数がいるわけではありません。特に災害時は休む人も多いので、基本的には人手不足だと思います。
西村)産業医以外にも職員自身で健康チェックはするのですか。
五十嵐)わたしたちが1~3月に現地に入ったときは、職員の健康を振り返ってもらうシステムをつくっていました。カウンセラーや産業医など専門的なサポート体制も整えているので、うまく相談してほしいですね。
西村)自治体職員は地域への愛情が強い人が多いということは、頑張りすぎてしまう人も多いのではないでしょうか。
五十嵐)「弱音を吐けない」「助けが出せない」という人が多い印象です。被災したことを周りに言い出せない人もいます。まずは自分がつらい状況だということを吐き出すだけでも良いです。外部の相談窓口をうまく活用してほしいですね。昼休憩すら取れていない人もいるので、職場で声掛けをして休憩を取ること。常に緊張状態で働き続けるのではなく、ちょっとした休みを取るだけでも変わります。本当に疲れている人はしっかりと休ませる。働き続けると生産性が下がってきます。見かけは働いているのに、パフォーマンスを発揮できないと悪循環になってしまう。上限を作って休める雰囲気を作るだけでも良いと思います。
西村)自治体職員が働きやすくするには、どんな仕組みを作っていけば良いと思いますか。
五十嵐)行政職員も支援者である一方で被災者。地域一丸となっていく雰囲気を作ることは重要。「自分たちが休んでいる場合ではない」という考え方がまだあるようです。「自分たちも休んで良い」という考えをまずは持ってほしいです。
西村)自治体ごとに休みに関する規定はあるのでしょうか。
五十嵐)平時から災害時の健康管理の方針、長時間残業に関する労働対策を決めている都道府県は非常に少ないです。事前にBCP(事業継続計画)を盛り込んでいるところも数%程度しかありません。職員の健康管理、対策まで具体的に落とし込んでおくことが、災害への備えとして重要です。
西村)大切な対策ですね。ぜひ全国で実行していただきたいです。
きょうは、産業医科大学 災害産業保健センターの講師で産業医の五十嵐侑さんにお話を伺いました。