第1458回「災害時のSNS偽情報」
オンライン:法政大学 教授 藤代裕之さん

西村)能登半島地震では、発生直後から、SNS上に被災状況や寄付を巡る偽情報と疑われる投稿が相次ぎました。偽の救助要請を投稿し、警察の業務を妨害した偽計業務妨害容疑での逮捕者も出ています。わたしたちは、災害時の偽情報にどう向き合えばいいのでしょうか。
きょうは、ソーシャルメディアに詳しい法政大学 教授 藤代裕之さんに聞きます。
 
藤代)よろしくお願いいたします。
 
西村)能登半島地震で、偽の救助要請が多く出回ったのはなぜですか。
 
藤代)2016年の熊本地震、2018年の西日本豪雨では、「助けてほしい」「身動きが取れない」などのSNS上の救助要請は、ほとんど本物でした。しかし能登半島地震では偽投稿が多く出回りました。理由は、X(旧ツイッター)の経営方針が変り、閲覧回数に応じて広告収入が得られる仕組みを導入したからです。地震や災害時の救助要請は、みんなが「助けたい」という思いがあり、注目が高まります。みんなの注目を利用して、お金を稼ごうという目的で、偽情報が多く投稿されたようです。
 
西村)能登半島地震では、どんな偽投稿がありましたか。
 
藤代)熊本地震や西日本豪雨で、本物だと思われる投稿には、細かい番地まで書かれていました。マンション名や部屋番号まで。あわてているときに、細かい情報まで投稿できるということは、本物だろうと推測できた。しかし今回、「石川県川長市宮野区1-5-24。助けてください。能登地震SOS」という投稿があったのですが、これは偽物でした。石川県に川長市という市は存在しません。
 
西村)離れたところに住んでいるわたしたちは、テレビ・ラジオで大変な状況を見聞きして、「何かできることはないか」とリツイートしてしまうのですね。
 
藤代)石川県の人ならそんな市が存在しないことはわかるのですが。インターネットは、遠くの人でも情報を得ることができます。災害時は遠くの人が心配して、よくわからないままに偽情報を広げてしまうのです。
 
西村)熊本地震や西日本豪雨のときは、救助要請は本物だったという記憶があるから、今回もリツイートしてしまった人が多かったのでしょうね。
 
藤代)みんな「助けたい」「何とか力になりたい」と思っている。そのような善意をお金に変える仕組みがあることを覚えておいてください。
 
西村)日本人が投稿した偽情報が多いのでしょうか。
 
藤代)偽情報のアカウントをいくつかたどってみると、海外の発信者が多いことがわかりました。パキスタンなど、アラビア語や英語を使った海外の投稿者が見受けられました。外国の言葉を使っているからといって、海外の投稿者とは限らないですが。例えば、東日本大震災のときの津波動画を利用して、「能登に津波が来ている」という投稿しているアカウントもありました。
 
西村)日本語の綴り方に違和感がなかったり、大変な状況でパニックになっていたりしたら、偽情報だとわからないかもしれませんね。
 
藤代)投稿も短いのでわからないと思います。あわてていると、誤字・脱字もある。見る方も投稿する方も冷静さを欠いている状態なので、偽情報に気づかずに拡散してしまうことはあると思います。
 
西村)2023年にXが閲覧回数に応じて広告収入を得られる仕組みを導入してから、海外のアカウントでも日本の災害を取り上げたデマが多く出回るようになったのでしょうか。
 
藤代)旧ツイッターは、「#救助」などハッシュタグをつけて、救助要請を呼びかけたり、偽情報を削除するチームを作っていたりと、プラットフォーム側も努力をしていました。しかしイーロン・マスクがXに名前を変えて、偽情報対策のチームを解雇し、広告収入のシステムを導入...というように経営方針を変えました。Xは民間企業です。例えるなら、「よく行く店のオーナーが変わって、メニューが変わった」ようなものです。
 
西村)わかりやすいです。
 
藤代)状況が変わったんです。「昔のようにきちんとやってもらう」のか、「わたしたちが考え方を変えて、ほどほどに付き合う」のか。このふたつの選択肢でさまざまな議論が起きています。
 
西村)ファクトチェックをする機関がないのなら、災害時のSNS情報は信用しない方がいいのでしょうか。
 
藤代)災害時の情報インフラとして、SNS、特にXは機能してないと思います。救助などパブリックな情報を得るのは、やめた方がいいです。
 
西村)実際に逮捕者が出ているのに、デマ情報はなくならないのでしょうか。
 
藤代)国内でいくら対策をしても、海外から発信されたら意味がないですし、利用者の「助けたい」「何とかしたい」という善意を抑えるのは難しいです。災害時、警察や消防は、限られた人員で対応しています。「SNSで助かった人がいる」という過去の記憶や「社会的にSNSを使った方が良い」という要望があるので、警察や消防も情報を無視できません。この無視できない状況によって、災害時の貴重なリソースが使われてしまっていることを真剣に考えた方がいい。偽情報がなかったら、もしかしたら人が助かったかもしれないのです。
 
西村)自分が良かれと思ってリツイートした情報が偽情報だったら。そのせいで、警察や消防が動いてしまったら。助かったかもしれない命を助ける機会をわたしのリツイートが奪ってしまっているかもしれないと思うと、ものすごく怖いですね。
 
藤代)今回の逮捕事案では、偽の投稿を見た人が知り合いの人に電話をして、その知り合いの人が、市に連絡して、市から警察に連絡しています。善意の伝言ゲームをやっています。これは本当にやめてもらいたい。警察の電話につながると、「今助けて欲しい」という人の電話が話し中になってしまうかもしれないのです。そのような善意の拡散はやめましょう。
 
西村)生成AIで作った偽映像を見てびっくりすることもあります。
 
藤代)どんどんAIが賢くなってきていて、本物と見間違えるような映像・画像・音声が作られています。
 
西村)生成AIを使った偽投稿はどんなものがありますか。
 
藤代)静岡で洪水があったときに、生成AIで作った洪水画像が拡散されたことがありました。これについては、投稿者自身が「試してみたかった」と投稿しています。このような愉快犯やお金を儲けたい人は減りません。重罪になるわけではなく、法律でも止めることは難しい状況です。
 
西村)自分が被災したときもSNSで救助要請はしない方がいいですか。
 
藤代)SNSは、パブリックな情報を多くの人に伝達することにおいては機能不全。友達や家族に連絡するときに使うMessengerアプリは使っていいと思います。誰かを介する伝言のような形は、迷惑がかかるのでやめましょう。信頼できる人からの情報をどのように消防や警察官に伝えるのか。連絡の方法を日頃から考えること。近所の人と災害時の連絡方法を一度確認しておきましょう。Xの中の遠くの誰かの救助要請より、隣の人を助ける方が災害時には頼りになります。消防や警察もみんなで助け合ってくれれば、本当に助けなければならない人を助けることできます。
 
西村)顔や名前や性格を知っている近所の人や友達の話を一番に信用する。知らない人の情報は、リツイートしないことですね。SNSと改めて向き合っていかないといけませんね。これから台風シーズンが続きます。
 
藤代)災害時は、「友達は大丈夫かな」と不安になると思います。そういうときは、個別にやり取りしましょう。遠い場所の心配は、迷惑になることがあります。やり取りは、半径5km以内にいる人だけにしましょう。知らない場所の救助要請をリツイートしたり、信用したり、対応したり...そのような善意は別のところに使ってください。近所付き合いのネットワークを作りましょう。SNSは面白い話を聞いたり、推し活に使ったりするのは有益。SNSが全部駄目ではありません。災害時にどのようにSNSを使うのか、SNSだけではないリアルなコミュニケーションについて、家族や友達と話しておきましょう。
 
西村)きょうは、法政大学 教授 藤代裕之さんにお話を伺いました。