オンライン:静岡大学防災総合センター 教授 牛山素行さん
西村)今月3日、熱海で起きた土石流では、気象庁から「土砂災害警戒情報」が発表されていました。しかし、自治体からは「高齢者等避難」(レベル3)は出されていましたが、「避難指示」(レベル4)は出されていませんでした。豪雨災害が起きるたびに避難の難しさが浮き彫りになります。私たちが適切に避難するためには、どのように情報を活用して判断すれば良いのでしょうか。
きょうは、避難行動に詳しい静岡大学防災総合センター教授 牛山素行さんにオンラインでお話を伺います。
牛山)よろしくお願いいたします。
西村)牛山さんは土石流発生から3日後に現地を訪れて調査されたのこと。どんなようすでしたか。
牛山)現地の立ち入りは厳しく規制されていて土石流を見ることはできないのですが、なかなか進まない捜索状況を目の当たりにして、大変なことが起こってしまったと思いました。
西村)自治体は、なぜ土石流が起きる前に適切な避難情報を出せなかったのでしょうか。
牛山)今回は、難しい状況だったと思います。土砂災害警戒情報は、自治体が避難指示を出す判断の目安となる情報の一つ。内閣のガイドラインでも土砂災害警戒情報が出たら、避難指示を出さねばならないと決まっているわけではありません。さまざまな状況を考慮して、最終的には自治体が判断するもの。熱海では、過去5年間、毎年1回は土砂災害警戒情報が出ています。でも人が亡くなるような被害は起きていなかった。国土交通省の調査によると、土砂災害警戒情報が出ても実際に被害が出る割合は5%弱。ほとんどの場合は、人的被害はもちろん、小さな被害も起きていませんでした。よって、土砂災害警戒情報が出たから、避難指示を出すという判断に至るには難しい状況だったと思います。今回、特に難しかったのは、雨が短時間で強く降ったのではなく、約2日前から長い期間にわたって強弱を繰り返しながら降り続いたということ。熱海市だけが特別な状況下になっていたわけではなく、静岡県の広域が似たような状況だったので、それぞれの自治体ごとに判断がわかれました。
避難に関する情報というのは、避難指示だけではありません。今年のガイドライン改定で、避難勧告と避難指示が一本化されましたね。「高齢者等避難」(レベル3)は、決してお年寄りのためだけの情報ではありません。お年寄りなど避難に時間のかかる人は何らかの行動をしてください、それ以外の危険性のあるところにいる全ての人もそろそろ普段通りの行動は見直してください、という意味があります。
レベル3が出ている間、緊張感を持ち続けるべきなのかというのも難しいところ。土石流が起こる前にどのような情報を出すべきだったのか、それに対して私たちがどう行動すべきだったのか。今回は難しい事例でした。
西村)レベル3は、高齢者のためだけの情報ではなく、普段通りの行動を見直す大事なタイミングということですね。やはり早めの避難が大切なのだと実感しました。「高齢者等避難」(レベル3)の段階で、指定避難場所は開設されているのでしょうか。
牛山)場合によります。避難場所を開設していないのに、避難の呼びかけをするのはおかしいという意見もありますが、おかしくありません。時間的余裕があれば、避難場所を開設してから避難情報を出すことが望ましいですが、重要なのは避難所を用意することではなく、危険なときに避難情報を速やかに出すこと。避難所も開いてないのに、避難情報を出されても困ると思うかもしれませんが、避難する場合に目指すべき場所は、行政に指定された避難場所でなくても構いません。日頃から私たち自身が自分にとって行きやすい場所、移動しやすい場所かつ安全性を確保できる場所を探しておくこと、どう行動するかを考えておくことが重要です。
西村)どのようなポイントに気を付けて避難場所を選ぶと良いのでしょうか。
牛山)まずはハザードマップ等で、生活圏でどのような災害が起こり得るのかを確認すること。ただし、ハザードマップは決して完全なものではありません。地形的に土砂災害が起こり得るところは、人が住んでいる地域なら、土砂災害警戒区域等の色が塗られています。でも人が住んでいないところは、地形的に危険性が高い場所でも、危険箇所になっていないことが多いのです。一番注意してほしいのは、山の中の道路。崖の近くや谷筋でも、家がなければ危険箇所になっていません。それは安全だからではなく、家がないから色が塗られていないだけなのです。車で避難して駐車スペースなどで過ごそうとする場合、すぐそばに斜面や谷筋があるというケースもあり、注意が必要です。
洪水の場合は、大きな河川を中心に浸水想定区域が指定されています。小さい河川の周りは色が塗られていないことが多い。川の大小に関わらず、川の近くは洪水の危険性があります。相対的に危険性の低いところはどこかを判断して、どう行動すべきかを日頃から考えておくことが重要です。
西村)土砂災害の危険性に関して、家がある場所以外はハザードマップに反映されていないこともあるということに驚きました。
洪水に関しても、川の近くには決して近付かないということが大切なのですね。
熱海の土石流の映像を見ると、車に乗っている人が一旦止まった土石流を見て、その土石流が流れ落ちる下の方向に逃げて、土石流に追いかけられるようすが映っていましたね。このように避難が遅れて土石流に遭遇してしまったらどう逃げたら良いのでしょうか。
牛山)今回の映像は非常に衝撃的でした。映像から土石流はとても速度が速いということがわかります。時速40kmくらいはあったと思います。土石流の速度は時速数十kmと言われているので、これは特別に速いというわけではありません。人が歩いたり走ったりする速さではなく、車が走る速さなので、土石流が流れる方向に逃げたらすぐに追いつかれてしまいます。土石流は水と同じで少しでも低いところへ流れます、今回も地形的に低いところを目指して流れていっています。谷に沿った方向に逃げるのではなく、谷に対して直角方向に、少しでも高いところに移動してください。
「崖から水が出る」「腐った土の匂いがする」など土石流には、前兆現象があるとよく言われます。今回も小規模な土砂崩れがありましたが、このような前兆現象を頼りにしてはいけません。今回は、速い速度で約2kmの距離を流れ落ちていますが、逆算すると土石流が動き始めてから前兆現象を見て逃げても、秒単位の時間しか残されていません。前兆現象というと、それを見てから腰を上げて準備をし始めて行動起こせば良いと思うかもしれませんが、そんな余裕は全くありません。前兆現象を見てしまったら、もう覚悟を決めるタイミング。よって前兆現象を頼るのではなく、気象情報などさまざまな情報を活用して少しでも早めの行動を取ることが大切です。「土石流を見たら横に逃げろ」というのは、防災知識として頭に残りやすいかもしれない。でも横へ逃げるときは一か八かのタイミングです。それで助かるとは思わないでほしいです。
西村)大切なことを教えていただきました。リスナーのみなさん心に留めておきましょう。早めの避難が大事ですね。改めてここでもう一度、どのような情報をもとに避難のタイミングを判断すれば良いのでしょうか。
牛山)まずは身の回りの危険性を理解すること。土砂災害の危険性がある場所なのか、洪水の危険性がある場所なのか。避難情報が出たら、危険性の高いところにいる人は、安全確保のための行動を取ること。避難情報が必ずしも出るわけではないので、危険な場所にいる場合、こまめに気象情報をチェックしてください。「土砂災害警戒情報」は市町村単位で出るものなので範囲が広い。より範囲を絞るのなら、気象庁が出している「キキクル」(危険度分布)が参考になります。土砂災害や洪水の項目があり、土砂災害の険性が高まっている場所や溢れそうな川などが示されています。濃い紫色になっているところは危険性が高まっているので、近くにいる場合は避難行動をとってください。
西村)「キキクル」と検索すると気象庁のマップが出てきます。大雨が降っているときに、どの地域に土砂災害のリスクが高まっているかなどを確認することができます。自治体のハザードマップや国土交通省の「重ねるハザードマップ」もチェックしておきましょう。天気予報で大雨の情報を聞いたときは、早めの避難が大事です。広域避難として、親戚の家に行く、実家に帰るなども方法の一つとして考えておくのも良いですね。
きょうは、静岡大学防災総合センター教授 牛山素行さんにお話を伺いました。