ゲスト:大阪公立大学大学院 准教授 菅野拓さん
西村)今月は東日本大震災12年のシリーズをお送りしていきます。
きょうは、被災者支援の新しい仕組みとして注目されている「災害ケースマネジメント」について、大阪公立大学大学院 文学研究科 准教授 菅野拓さんに聞きます。
菅野)よろしくお願いいたします。
西村)災害ケースマネジメントというのはどんな仕組みですか。
菅野)被災者の個別の事情に応じて相談に乗り、支援をする仕組みです。
西村)支援を受けるためには、申請をしなければならないというイメージがあります。
菅野)もらえるお金や制度についてわからないことが多く、苦労する被災者は多いと思います。困っている人や申請をしたいけどできない人を探して支えてアプローチします。
西村)誰がアプローチをするのですか。
菅野)行政やNPO、社会福祉協議会などの支援者です。被災者の中には、なかなか困っていることを言い出せない人もいると思いますし、役所まで行くのも大変。過去の災害でも「ほかにもっと困っている人いるから」と困った状態のままでいる人たちがたくさんいました。
西村)災害ケースマネジメントは、何がきっかけで生まれたのでしょうか。
菅野)元々はアメリカで誕生したものです。大きな被害をもたらした2005年のカトリーナ、その後に起こったサンディというハリケーンがきっかけです。そのとき、被災者がアメリカのいろんな州に行ってしまって、どこに誰がいるかわからなくなってしまったんです。
西村)みなさん、住むことができなくなって、別の地域で暮らしはじめたのですね。
菅野)困ったままの状態で別の地域に行ってしまった人に支援の仕組みを伝えようと、災害ケースマネジメントが用いられました。
西村)現行の仕組みはどうなっていますか。
菅野)申請をしなければ何も始まらないというのが現行の仕組みです。申請先は自治体がほとんど。大きい災害の経験がある自治体は、どのくらいあると思いますか。
西村)ほとんどないのでは。職員は若い人も多いし、ほかの地域の人が応援に来ていることもあるでしょう。
菅野)そうなんです。大きい災害を経験したことがない自治体も多く、何をしたら良いのかわからないのは被災者と同じなんです。
西村)自治体で事前に勉強や訓練はしていないのですか。
菅野)本番と練習は違います。災害直後は何とかなっても、3日~1週間たつと被災者がどのような状況になるのか想像できない。自治体から被災者にアプローチすることがないまま、申請を待つことになるので、取り残される人が出てきてしまいます。しかも、たまたま住んでいた家が持家か借家かは関係なく、壊れ具合だけで支援を受けられるかが決まるんです。
西村)それは大阪北部地震のときもよく聞きました。東日本大震災の被災者の話でも必ず話題に上がります。「一家の家計を支えていた夫が亡くなった」「勤務先の建物が全壊して仕事ができない」「震災がきっかけで障害を負って働くことができない」などいろいろなパターンがありますよね。
菅野)今の法律では、そのような人々に対する支援制度があまりないんです。家が壊れたかどうかだけ。今も取り残されている被災者はたくさんいます。
西村)東日本大震災の被災者にもまだ支援を受けられていない人がいるのですか。具体的にどのような状況にあるのですか。
菅野)在宅被災者といわれています。被災したけど自宅は無事、あるいは少し壊れているけど補修ができずにいるとか。
西村)1階部分が津波で流されて、残った2階部分だけで生活している人もいますよね。2階部分も亀裂が入っていたり、浸水していたりするのに...。
菅野)お風呂やトイレがない家に住んでいる人もいます。支援制度から漏れて、取り残されてしまっているのです。
西村)そのような人たちは、なぜ支援を受けられなかった、あるいは申請できなかったのでしょうか。
菅野)支援制度を使うと仮設住宅に入れないなど制度も複雑。支援を受けても年金で暮らしている高齢者は貯蓄がなく修理できないという事例も。救おうとしてもどこにいるかわからない。そのような人たちが東日本大震災以降の災害でも取り残されてしまっているという現実があります。
西村)実際に東日本大震災で、災害ケースマネジメントを行った自治体はあったのですか。
菅野)先駆的と言われているのが仙台市です。仮設住宅に住んでいる人の生活再建を支援するといっても仕事を失った人や福島からの避難者もいる。仮設住宅を出ただけで生活再建ができるわけではありません。そのような人たちは個別や世帯ごとにさまざまな問題を複合的に抱えているという実態がわかってきた。直接会って何に困っているのかを聞いて、行政やNPO、社会福祉協議会などの支援者と一緒に考えて、計画を立てようと。災害制度だけではなく、平時の障害者や困窮者の支援制度などを使いながら生活再建を促していく取り組みをしました。これが日本版の災害ケースマネジメントの最初の事例。普段からそのような仕事をしている人と自治体がお互いノウハウを学び合いながら、支援に当たることができるので心強いです。これをきっかけに災害ケースマネジメントという言葉ができました。仙台市は、ほかの自治体に比べて仮設住宅がなくなるのが3年くらい早かったんです。それだけ生活再建が進んだということです。追い出しのようことはしていません。丁寧に支援を支援者側から届けていくことができれば、早く生活再建できるということがわかったのです。
西村)それは心のケアにもつながりそうですね。
菅野)自分の生活を取り戻すとき、専門家たちが伴走してくれる。これは心強いですよね。新しい生活の見通しが立てられるようになる。メンタルにも良いことだと思います。
西村)周りの人に話せない人も多い中で、専門家に話すと自分の心も整理されますし、具体的な方法も教えてもらえますね。災害ケースマネジメントを取り入れている自治体はほかにもあるのでしょうか。
菅野)はい。熊本地震では、熊本県下の市町村がこの仕組みを導入しています。西日本豪雨でもかなり取り入れられました。仙台市もほかの自治体に教えに行ったり、支援をしたNPOや社会福祉協議会も相互に教え合ったりして、災害のたびに広がっています。
西村)さまざまな立場やケースがあると思うのですが、支援金額はどのように決まるのですか。
菅野)全壊・半壊判定だけではカバーできない部分をほかの福祉制度を使って決めています。
西村)さまざまな支援制度を提案して、個別の再建計画を作っていくのですね。素晴らしい取り組みですね。でもこの災害ケースマネジメントを取り入れている自治体はまだ少ないのですか。
菅野)災害が起こるとやろういうことになるのですが、災害前からどのように備えれば良いのかわからないし、法律でも決められていない。事前に備える自治体は多くはないですね。
西村)この仕組みがこれからどのように広がっていくと良いと思いますか。
菅野)鳥取県や徳島県では、現在、体制を整備していこうとしています。国がもっと後押しした方が良いと思います。財源や法的な根拠もないので、自治体としては準備するにもお金がありません。
西村)自治体主導の制度となってしまうと、圧倒的に人手も足りないでしょう。南海トラフのような大きな地震が起こると自分たちのことだけで精一杯という人が増えると思います。備えていくには国が主導してやっていくべきですね。
菅野)普段から支援に当たっている人や災害経験のある人たちに応援してもらうためにも平時の準備が必要。いきなり顔も見えない、誰かよくわからない人が来て、応援しますと言われても戸惑うと思います。平時から連携をして体制を整備していくこと、制度や国の法律で後押しすることが必要です。
西村)国の制度として実現することになったら、具体的にはどのようなことが可能になるのでしょうか。
菅野)事前から体制を作っておくことができます。生活困窮者や介護保険の支援に従事する人も被災者の支援をすることになるので、一緒に訓練や研修を受けることができる。行政もそのようなプロに頼ることができるのは心強いのです。
西村)横のつながりが広がるのですね。
菅野)被災したら大変になる人は事前に予想できますよね。そのような人と避難場所や相談先について、事前に考えることができます。
西村)小さい子どもがいる人、身体が不自由な人など具体的に顔が浮かぶ人もいると思います。それはいいですね。
菅野)さらにもっと良いこともあります。全国で同じ方法をすることにより、応援ができるようになるんです。南海トラフ巨大地震のことを考えても、全国から応援がないとできませんよね。災害ケースマネジメントを取り入れると平時から備えることができます。
西村)全国から応援に来てもらうことができると支援の手も広がるし、助かる人も増えますね。罹災証明があってもなくても、どの地域で被災しても個別のケースに応じた支援を受けることができる災害ケースマネジメント。早く法制化ができると良いですね。
菅野)国では災害ケースマネジメントの手引きを作ろうとしていて、おそらく今年の年度末に公表されると思います。
西村)きょうは、大阪公立大学大学院 文学研究科 准教授 菅野拓さんに災害ケースマネジメントについてお聞きしました。