オンライン:筑波大学 助教 釜江陽一さん
西村)今月11日から日本列島では大雨が降り続き、各地で記録的な雨量となりました。梅雨が明けていつもなら晴れの日が続くこの8月に、なぜこのような大雨が続いたのでしょうか。
きょうは、筑波大学助教で気象学が専門の釜江陽一さんとオンラインでつないでお話を聞いていきます
釜江)よろしくお願いいたします。
西村)今月11日から日本列島の広い範囲で雨が降り続きました。途中、雨が止んだ日もありましたが、西日本では10日間以上ぐずついた天気が続きました。関西でも雨が続いて、甲子園で行われている高校野球は7度も順延になりました。なぜ真夏にこのような雨の日が長く続いたのでしょうか。
釜江)今年は日本列島の上空に前線が停滞し、雨が続きました。本来8月は、日本列島は太平洋高気圧に覆われて暑い晴れの日が続きます。しかし今年は、日本の北側にあるオホーツク海高気圧が、8月半ばとしては異例の強い勢力を保っていて、列島を覆うはずの太平洋高気圧も南に下がっていました。北と南の2つの高気圧の間に前線が挟まれる形になり、高気圧がいつまでも止まっている影響で前線が固定され、西日本から東日本にかけて梅雨のような気圧配置が続きました。
西村)長く雨が降り続いただけではなくて、雨の量も相当なものでしたよね。特に九州北部では記録的な大雨となり、佐賀県嬉野市では11日から降り始めた雨が4日間で1000ミリを超えました。これは8月1ヶ月分に降る雨の3倍以上の量が降ったことになります。なぜこれほどの豪雨になったのでしょうか。
釜江)今年は日本列島の上空を流れている偏西風と呼ばれる西風が大きく蛇行していました。偏西風が日本の西側の朝鮮半島付近で大きく南に蛇行して、その後北上するようなルートをとっていたのです。このように蛇行すると、南からの暖かく湿った空気が西日本へと運ばれやすくなり、雨が強まります。稀な条件が重なったために、日本列島の上空には大量の水蒸気が帯状に流れ込む現象が起きました。これを気象学では「大気の川」と呼んでいます。
西村)「大気の川」は初めて聞きました。これは昔からあった言葉ですか。
釜江)「大気の川」という言葉は、ヨーロッパやアメリカで1990年ごろから使われた言葉です。ここ数年、日本列島を襲っている大雨にも、この「大気の川」が影響していることが知られるようになりました。
西村)「大気の川」とはどんな川ですか。
釜江)人工衛星の観測データを解析すると、今回、雨が降り始めてから約1週間、中国南東部や東シナ海付近から西日本、東日本を通って、日本の東の海まで水蒸気の帯ができていたことがわかりました。この長さは東西にわたって約2000kmに及んでいます。
西村)かなり大きな川ですね。
釜江)水蒸気が大量に流れ込むと、積乱雲となり、地域によっては線状降水帯と呼ばれる強い降水の帯ができます。今回同時多発的に各地で線状降水帯が発生して豪雨がもたらされました。
西村)天の川のように私たちの頭上に川ができているイメージですね。
釜江)私たちの頭上には、ある程度の水蒸気が存在しています。南の暖かく湿った空気が大量に流れ込むと、まるで私たちの頭上を川が流れているように大量の水分が運ばれてきてしまう。それが大雨になって日本を襲います。
西村)どれぐらいの水分量だったのですか。
釜江)今回、日本を襲った「大気の川」には、2018年の西日本豪雨のときと同じくらいの水蒸気が流れ込んでいました。具体的には、世界で最も大きい川であるアマゾン川の水量の1~2倍にも相当する水蒸気が日本列島上空に流れ込んできたことになります。
西村)線状降水帯は西日本でよく発生している気がします。
釜江)線状降水帯は、大量の水蒸気がないとできません。太平洋高気圧の西のヘリを回り込むように流れ込んでくる水蒸気は西日本で多くなります。それが日本列島の山々にぶつかるので、西日本を中心に線状降水帯が発生することが多いのですが、東日本・北日本で線状降水帯が発生することもあります。
西村)地形などの影響で、雨の被害に遭いやすい場所はありますか。
釜江)特に九州の西側、熊本・長崎・佐賀は、南西側から大量の水蒸気が北東方向へと流れ込むので、水蒸気が九州の山々にぶつかり、大雨が降りやすくなります。
西村)ここ数年毎年のように、7月・8月に豪雨災害が発生しています。これはなぜだと思いますか。
釜江)ここ数十年の全国の観測地点の降水量を10日間ほど集計すると、雨量トップ3がすべてこの3年間の中に集中しています。7月・8月に豪雨災害が増えている原因はまだはっきりわかっていないのですが、一つは、地球温暖化の影響が考えられます。地球温暖化が進むと空気中の水蒸気の量が増えて、「大気の川」と呼ばれる水蒸気の流れが発生しやすくなり、大雨をもたらしている可能性があります。
西村)地球温暖化の影響もあるのですね。来年以降も同じようなことが起きる可能性あるのでしょうか。
釜江)今回のように8月に前線が停滞して、大雨が降ることは非常に稀だとは思いますが、来年以降も引き続き注意する必要があると思います。
西村)日本だけではなく、世界でも豪雨災害が起きています。先月、ヨーロッパでは大洪水が起きて、ドイツやベルギーなどで200人以上が亡くなりました。そして中国でも先月中旬に1000年に1度とされる記録的な豪雨で、地下鉄が冠水するなどして死者が300人を超えています。世界的に異常な気象が起きているのでしょうか。
釜江)日本だけでなく世界各地で大雨災害が起きています。大雨は、上空を流れる偏西風の蛇行が原因として挙げられます。偏西風の蛇行は世界のどこかで起こると、波状効果として他の地域でも起こります。日本で豪雨災害が起きている時に、世界の他の地域でも洪水などの災害が起こることは考えられます。
西村)偏西風が蛇行したら、なぜ大雨が起きるのでしょうか
釜江)偏西風は南の暖かい空気と、北の冷たい空気、その間を隔てるところに吹き込むものです。南や北に蛇行すると、暖かい空気と冷たい空気が混ざり合って、低気圧や積乱雲が発生しやすくなります。よって偏西風が蛇行すると今回の大雨のような現象が起こります。
西村)偏西風が蛇行する原因はわかっているのでしょうか。
釜江)偏西風は私たちが何もしなくても自然と蛇行したり、元に戻ったりを繰り返します。地球温暖化が進んでいくと、偏西風の蛇行に加えて、空気中の水蒸気量が増えることで、今回のような記録的な大雨が増えてしまうのです。
西村)地球温暖化の影響もあって、豪雨が起こってしまうのですね。9月に入っても同じような条件で、また豪雨が起きる可能性はあるのでしょうか。
釜江)9月は、日本や東アジアでは、前線による大雨よりは、南の海からくる台風による豪雨に注意が必要です。8月・9月は、日本列島には非常に発達した台風が近づく傾向にあるので、これからの時期、天気予報には常に注意が必要です。
西村)地球温暖化は台風の勢力にも影響を与えるのでしょうか。
釜江)それは世界中の研究者が研究を進めているのですが、それによると、地球温暖化が進むと台風の総数は少し減るようです。しかし地球温暖化が進むと、海が温まってエネルギーの元が増えるので、数は減っても、より強い勢力の台風が発生すると言われています。日本列島にも非常に発達した台風が上陸することが多くなるかもしれません。
西村)外にいるときに、空の様子で豪雨になることはわかりますか。
釜江)私たちが見える空の範囲は限られているので、天気予報や衛星画像を確認するのが一番だと思います。夏は、夕立やゲリラ豪雨と呼ばれる強い雨が降ることがあります。暗い雲が急に広がったり、気温が下がって冷たい風が強く吹いてきたりしたときは、強い積乱雲が近づいている証拠。そんなときは、間もなく強い雨が降ってくるので屋内に避難しましょう。
西村)暗い雲が広がってきたり、冷たい風が吹いてきたりしたら要注意ですね。これから続く豪雨に私たちはどのように備えていけば良いのでしょうか。
釜江)今回の大雨でも非常に広い範囲で土砂災害が起きています。洪水や土砂災害の危険がある地域は、ハザードマップであらかじめ知ることができ、インターネット等でいつでも確認することができます。みなさんのお住まいの地域で、災害の危険が高い場所を確認して、豪雨のような強い現象が起きたときには、どんなルートをとって、どこの避難所に避難すればよいのかを一通り頭の中でリハーサルをしておきましょう。そうすることで少しでも被害を減らすことができると思います。
西村)コロナでおうち時間が増えている今、改めてハザードマップを確認しておきましょう。自分1人だけではなく、家族や実家に住んでいる親など大切な人たちと話をして避難ルートを確認しておくことも大切ですね。みなさん、これからも台風の季節が続くので、気をつけていきましょう。
きょうは、筑波大学助教 釜井陽一さんにお話を伺いました。