第1301回「相次ぐ盛り土の崩落~近畿でも被害」
取材報告:新川和賀子ディレクター

西村)静岡県熱海市で大規模な土石流が発生してから、きょうでちょうど3ヵ月となりました。26人が亡くなり、1人が今も行方不明です。9月28日(火)には、被害を受けた地区の住民や遺族70人が、土地の所有者などを相手取って損害賠償を求める訴訟を起こしました。この災害では、不適切な盛り土が崩れたことが被害を拡大させたと専門家らが指摘しています。こうした盛り土の崩落は、近畿地方でも起きています。取材した新川和賀子ディレクターの報告です。

新川)熱海の土石流では、盛り土の崩落が大きく報道されました。これを受けて国は、都道府県と連携して全国の盛り土の総点検を始めるなど、対策に乗り出しています。近畿でも大雨で盛り土が崩落して被害が出たケースがいくつかあります。

西村)つい最近もありましたよね。

新川)8月に降り続いた大雨の影響で、滋賀県大津市の国道161号に大量の土砂が流れ込みました。崩れたのは、道路に面した私有地の盛り土でした。国道の本線にあった土砂は撤去されて通行止めが解除されたものの、道路の一部では、発生から1ヶ月半経った今も土砂が完全には撤去できておらず、復旧作業が続いています。

西村)1ヶ月半たってもまだ復旧作業が続いているのですね。

新川)熱海と同じように訴訟に発展している事例もあります。4年前の2017年10月、台風21号による大雨で大阪府岸和田市で盛り土が崩落した災害がありました。岸和田市の山間部・大沢町で山が崩れて、その土砂がふもとを流れる川(牛滝川)をせき止めてしまったのです。ダムのようになって行き場をなくした川の水が川沿いの道路へ流れて冠水し、走行中の車が水没して1人が亡くなりました。

西村)テレビのニュースで見ましたが、ものすごい勢いの水が滝のように流れていました。改めて映像を見直したのですが本当に恐ろしいですよね。これも盛り土が原因だったのですね。

新川)このとき、川をせき止めた土砂は、山の上部にあった盛り土が大規模に崩れたものでした。浸水被害を受けた住民や企業が、盛り土があった場所の土地の所有者らに合わせて2億円の損害賠償を求める訴えを去年10月に起こしました。今回、私はこの岸和田のケースを取材しました。訴訟の原告を含めて、被害を受けた集落の住民のみなさんが「大沢守る会」を結成。盛り土の崩落が起きた場所が川の対岸から見える場所に案内してもらいました。

音声・男性)あそこちょっとえぐれていますよね。

音声・新川)崩れてきた部分だけ、何もなくなっていますね。

音声・女性)一気に木も全部バーッときたから。あっちからここまで来たんやから。あれしか崩れてない。


西村)「あれ」とは何ですか。

新川)盛り土のことを指しています。川の対岸から崩れた場所を見たのですが、そこだけ山肌が見えていて、通れるようになっていました。土砂崩れの後に国の研究機関が行った現地調査では、崩れた盛り土は幅70m、長さ200mで、土砂の量は約5万m3。川は道路からのぞき込むほど下の方にあるのに、対岸の道路にまで土砂がきました。話を聞いた2人によると道路は4mの高さまで冠水。今も道路沿いの大きな木が数本枯れたまま立っていて、災害の大きさを物語っていました。

西村)土砂崩れが起きたときは、どれぐらいの雨が降っていたのですか。

新川)岸和田市から近い熊取町のアメダスでは、土砂崩れが起きた時までの降り始めからの総雨量が200mmを超える(※注)記録的な大雨でした。この大雨が土砂崩れのきっかけになったことは間違いありません。ただ、このとき、盛り土の崩落箇所以外で大きく崩れた場所はないとのことです。

西村)1ヶ所のみ崩落したのですね。

新川)大雨による大規模な土砂災害起きたとき、山のあちこちに爪でひっかいたような跡がみられます。私は2011年の紀伊半島豪雨や2014年の兵庫県丹波の土砂災害の現場に、発生から数ヶ月以上経ってから訪れたことがありますが、山のあちこちに土砂崩れの痕跡が見られました。岸和田の現場は、盛り土が崩れた場所だけがえぐれた状況。この崩落箇所を調査した国の研究機関の報告書には、「流出していたのは盛り土のみ」という記載が写真付きで載っていました。

西村)盛り土があったこと、そこにものすごい量の雨が降ったこと、この2つの理由から土砂災害が起こってしまったのですね。

新川)そう考えられます。もうひとつ、現場に行って驚いたのが土砂崩れ現場と浸水した集落との位置関係。土砂によってせき止められた川は、集落のすぐ横を通っていますが、土砂崩れが起きたのは、集落よりも300mほど下流でした。つまり、土砂で川がせき止められたことによって、川の水が集落の方へ逆流してきて浸水したのです。当時の様子を「大沢守る会」の上野百美さんが話してくれました。

音声・上野さん)崩れたときは全く気づいていなくて、テレビを見ていました。台風が来る前だったので。近所の人が「もう水がそこまで来てるから逃げなあかんよ!」と言いにきてくれて。カッパ着て長靴履いて外へ出たら、考えられないところに水があるんですよ。もう慌てて。上にも橋があるので、下がダメなら上の橋から逃げようと思ったら、近所の人が「もう上の橋もつかってるから逃げられないよ」と言うのでまた家に戻って。そしたら消防の人が「まだ行ける!早く逃げなさい!」って言うから、とりあえず上の橋を渡って逃げたんです。

西村)まさか下から逆流してくるなんて想像できないですよね。本当に声かけがあってよかったですね。

新川)崩落箇所近くの集落の住民は全員が避難することができました。ただ、勤務先から自宅に帰る途中で道路を車で走っていたとみられる女性が車の水没により亡くなっています。

西村)住民が損害賠償を請求する訴訟に発展しているということですが、どんな被害が出たのでしょうか。

新川)非常に深刻な被害が出ています。裁判を起こしているのは集落の住民3人と工場などがある企業3社。今回、原告の北川健一さんにお話を聞きました。北川さんは所有している土地でさまざまな果物を栽培していました。原告の中では私が一番被害が少ないんですけど...と遠慮しながら被害の様子を教えてくれました。

音声・新川)ここはもう完全に水に浸かって...

音声・北川さん)水に浸かっただけではなく、ヘドロが10cmたまりました。木もたくさん枯れてしまって。あそこでコーヒー作って、ここでパパイヤやバナナを作っていたんです。

音声・新川)何もなくなっていますね...


新川)北川さんの果物畑の真横には繊維会社があり、この会社では2つの工場が水没して、コンピューター制御の機械が使えなくなり、1億円以上の損害が発生したそう。ほかにも近くの家具製作会社でも機材が水に浸かったり、出荷前の商品が全滅したりして、今も仕事に影響が出ている状況です。

西村)盛り土の土地の所有者はどんな人でどんな会社なのですか。

新川)土地の所有者は地元の岸和田の人。盛り土をした業者はその所有者の関連会社で、地元の建設業者です。

西村)その人たちは何と言っているのでしょうか。

新川)被告側の代理人弁護士に話を聞いたところ、「係争中のためコメントできない」とのこと。

西村)裁判の結果に影響を及ぼすからでしょうか。

新川)そう考えられます。訴訟が起こされる前、被害を受けた人たちは、盛り土の土地の所有者に対して調停を申し立てていたのですが、解決せず訴訟にまで発展しているんです。

西村)多くの被害が出ているこの盛り土は、どういったものだったのでしょう。

新川)この場所では、2013年から土地の所有者や関連企業が建設現場で出た残土を持ち込んで盛り土をしていました。盛り土は、農地を作るという名目で行政に届けを出しています。

西村)農地になっているのですか。

新川)崩れる前までに農地になるような様子はなく、地元住民によると、農地に適さない奥まった場所でもあります。

西村)この盛り土は適切に行われていたのでしょうか。

新川)行政の届け出とは異なる内容で森林の伐採が行われるなどの行為があったため、大阪府や岸和田市が土地の所有者や工事業者に対して、何度も指導や協議を行っていたんです。大阪府に問い合わせたところ、2年弱の間に現地調査が8回、土地所有者との協議が12回、指導が8回あったとのこと。岸和田市でも複数の担当部署が現場確認や呼び出しの指導などを延べ数10回にわたって行っています。

西村)数十回ですか。

新川)行政側も盛り土工事に問題があると認識していた表れだと私は感じます。大阪府が盛り土を確認した翌年の2014年には、台風による豪雨で盛り土が崩れて川に流れ込んでいたことが確認されています。大規模な盛り土の崩落が起きる前に、一度崩落が起きていたんです。

西村)既に起きていたんですね。

新川)このときは住民から水路が濁っていて、土砂がたまっていると岸和田市に連絡が入り、市から盛り土の土地の所有者らに対処を促すということがあったそうです。

西村)なぜ大阪府や岸和田市が何度も指導していたのに、盛り土の崩落が防げなかったのでしょうか。

新川)盛り土を一律に規制する法律がないということも関係していると思います。

西村)だから厳しく取り締まることができなかったのですね。

新川)盛り土が行われるときには、目的によって農地法や森林法など適用される法律が異なります。これらの法律は、あくまで農地として適切に扱われているかどうか、森林の環境が破壊されていないかといった観点。盛り土が防災上、安全かどうかを規制する法律ではありません。盛り土を規制するルールとしては、都道府県や市町村が独自に設けている条例がありますが、自治体によって基準がバラバラでそもそも条例がない自治体もあります。岸和田のケースでは、業者が盛り土を運び始めた2013年には、大阪府にも岸和田市にも盛り土を規制する条例がありませんでした。
ところが大阪府豊能町で建設残土の盛り土が大規模に崩落する事故が起きたことから、大阪府では土砂埋め立ての規制条例が急ピッチで作られて、2015年の7月1日に施行されました。


西村)岸和田で大規模に崩れたのが2017年でしたよね。

新川)その前に施行されているのですが、盛り土は、土砂条例の経過措置期間内に埋め立てが終わったため、条例が適用されることはなかった。条例は遡って適用されることはないので、今のルールに照らし合わせて危険かどうかもわからないし、調査もされない。たとえ危なくてもこの条例では取り締まることはできないんです。そして実際に2017年10月に大規模に盛り土が崩れて被害が出てしまいました。

西村)住民の方にとっては、埋め立てが終わっても、今危ないのなら調査してほしいと思いますし、明確なルールがない中、盛り土があるなんて怖いですよね。

新川)岸和田市大沢町で大規模な崩落が起きてから間もなく4年経ちますが、今も崩落が起きた付近の道路は累計雨量が100mmに達すると通行止めになるんです。

西村)累計なんですね。

新川)1時間に100mmではなく、降り始めから100mmに達したら通行止めになるので、住民も困ると話しています。行政側もこの場所が他より危険だとわかっているから厳しい通行規制をするのではないかと。実際に道路を管理する大阪府に聞いたとろ、「崩落斜面の現状が安全と言える状況か否かは明確ではないことから、暫定的な通行規制基準を設定して運用している」とのこと。

西村)はっきりしてほしいですよね。

新川)住民のみなさんは、崩落した場所に残っている盛り土以外にも危険があるというふうに訴えています。「大沢守る会」の上野百美さんと北川健一さんのお話です。

音声・上野さん)崩落の後に残っている土もあるし、今の状態が安全か調べてほしいとずっと言っていて。反対側にも盛り土があって崩れる可能性があるんです。そこにも小さな川が流れていて、同じようになるかもしれない。今の状態が安全なのかすぐにでも調査してほしいです。

音声・北川さん)少なくとも、どの程度の危険があるかどうかを調査してもらわないと。


西村)調査してもらわないと雨が降る度、不安ですよね。

新川)崩落した場所の近くにも同じ所有者の別の盛り土があります。「大沢守る会」のみなさんは、調査をしてほしいと以前から岸和田市に求めています。その甲斐あって調査に一旦予算がついたのですが、調査は一向に行われず今年度はその予算も消えてしまいました。9月末に再度、市役所を訪れて調査をしてほしいと依頼しています。
この件に関して岸和田市危機管理課に問い合わせると、「この盛り土は私有地のため、調査を実施するには所有者の合意が必要で、
合意が得られないため、調査できていない」とのことです。


西村)なぜ所有者は合意しないのでしょう。

新川)合意が得られない理由については、岸和田市からの回答に記載がないためわかりません。大阪府は、崩落した場所や付近の盛り土について、新たな土砂搬入がないか定期的に現場監視を行うとともに、岸和田市と連携して所有者に対して安全対策実施の要請を行っているとのこと。

西村)今のルールでは、規制が緩くて不十分と感じますし、住民のみなさんも不安ですよね。盛り土対策を進めるには今後どうすれば良いのでしょう。

新川)盛り土を一律に規制する法律は必要だと思います。大阪府も条例による指導だけでは限界があるので、今年7月に国に対して、建設残土の処理に関する法律を制定してほしいと要望書を提出しています。毎年のように各地で豪雨災害が起きているので、対策は急務だと思います。そんな中で、大沢町の住民は、「天災だから仕方がない」と責任放棄されては困ると訴えています。「大沢守る会」の上野百美さんです。

音声・上野さん)いろんな災害が温暖化の影響で起きているのも事実。土を積むのは、安全な形でしていたらいいけど、安全面で問題ないかと言ったらそうじゃないから崩れる。台風が来たから、雨が降ったからとか、そっちの責任ばかり。こういうことがいつ起こってもおかしくない状態になっていると気付いているのに改善されない。

新川)岸和田市に盛り土の崩落の原因について聞くと、「100年に一度の豪雨が要因として大きいと考えられる」と回答しており、盛り土の健全度などには触れていません。これまでの経験でははかれないような豪雨は実際に増えています。盛り土が崩れる外的な要因は増しています。ただ、今まで大きな問題にならなかったために見て見ぬふり、放置されてきた問題が一気に表面化したと言えると思います。自然災害だからしかたがない、ではすまない。人間が作り出したリスクは解決していかなければならないと思います。

 
西村)これは全国で起こっていること。またいつ豪雨や地震で盛り土が崩れるかわからないですよね。適切に処理されなかった盛り土をきっかけにまた悲しい被害が起こらないように、一刻も早く強制力のある重い罪になる法律を作って、解決していかなければならないと改めて思いました。
新川和賀子ディレクターの報告でした。
 
(※注)放送時にお伝えしたデータに誤りがありました。訂正します。