電話:元・帝国ホテル総料理長 田中健一郎さん
西村)みなさんは、災害用備蓄食品はどんなものを、どれくらい用意していますか。普段から多めに食材や加工品をストックしておいて、食べたら買い足す「ローリングストック」を実践している人もいると思います。
我が家も、レトルトカレー、パスタソース、焼き鳥の缶詰などを備蓄しています。そのまま食べても美味しいのですが、グルメな子どもたちにも美味しいと言ってもらえるにはどうしたら良いのでしょうか。
そこできょうは、ひと手間加えるだけで備蓄用食品が美味しい料理に早変わりする「災害備蓄レシピ」を考案した元・帝国ホテル総料理長 田中健一郎さんにお話を伺います。田中さん、よろしくお願いいたします。
田中)よろしくお願いします。
西村)田中さんは長年帝国ホテルで総料理長を務め、去年、ホテルを退職したフランス料理のエキスパート。災害には、いつ頃、どんなきっかけで関わるようになったのですか。
田中)2004年の新潟県中越地震のときに、ホテルの料理長たちと何かできないかという話になりまして。食事で少しでも元気になってもらいたいという想いで、チームを組んで被災地に行って料理を作ったことがきっかけです。
西村)被災地の料理といえば、豚汁やカレーなどの炊き出しをイメージします。プロの料理人が集まって作るメニューはどんなものだったのですか。
田中)被災地で一段落した頃、少しでも食べる楽しさや美味しさに興味を持てるようになったときに、帝国ホテルをはじめ、主要ホテルの料理長が現場に行って、フランス料理を作りました。
西村)被災地でフランス料理ですか! どんな被災地に行ったのですか。
田中)新潟県中越地震、東日本大震災、熊本地震のほか大雨災害の被災地にも行きました。「一般社団法人 料理ボランティアの会」を発足し、「できる人が、できることを、できるだけ」の3D精神で活動しています。無理ぜずに継続することが大事だと考え、現在に至っています。
西村)被災地のみなさんは、フランス料理を食べてどんな表情をしていましたか。
田中)仮設住宅で調理を作っていたら、今まで輪に加われなかったおじいちゃんやおばあちゃんが出てきてくれたこともありました。お子さんたちが喜んでくれたのはもちろん、お母さんたちが本当に喜んでくれました。
西村)どんなポイントで喜んでいましたか。
田中)被災地では、目の前のことで精一杯。食べるものは、おにぎりや菓子パン、即席麺。そんな中、我々が作った温かい美味しい料理を食べて「久しぶりに食べるということは、楽しくて、うれしくて、幸せなことだと感じた」と感謝の言葉をたくさんいただきました。
西村)明日の暮らしに不安を感じているみなさんにとっては、幸せな時間になったでしょうね。
田中)我々の方が逆に元気をもらっていました。そんな経験を続けています。
西村)そんな中、田中さんが災害備蓄食品に注目したきっかけは?
田中)賞味期限の問題や管理の問題で、全国で年間約25万食の災害備蓄品が廃棄されています。そこで経済産業省から相談に乗ってほしいという話がありました。
「子ども食堂」の活動を始めようと思っていた矢先。災害備蓄品を子どもたちに美味しく食べてもらうメニューを開発することを思いつき、試行錯誤を続け、いくつかレシピが出来ました。
西村)我が家の災害備蓄品は、レトルトカレー、パスタソース、うどんの乾麺、パスタ、焼き鳥の缶詰、鯖缶、フルーツ缶...いろいろあるのですが、なかなかアレンジするところまではいかなくて。気がついたら賞味期限が切れていて廃棄することも。子どもたちに缶詰をそのまま食させても「美味しくない」と言われてしまいます(笑)。簡単に美味しく栄養バランスの良い食事を作ることができないかと考えてきた中で、田中シェフ考案の災害備蓄レシピが救世主になりました。賞味期限間近の缶詰でも簡単に美味しく作ることができるのは助かりますね。ワクワクしながら実際に作ってみました。
田中)ポイントは3つあります。備蓄品はほとんどが大人の向けの味付けなので味の濃さに気をつけること。誰でも簡単に作ることができること。そして一番大事なのは、子どもに喜んで食べてもらえること。
この3つを押さえておくことが重要です。
西村)確かに子どもが喜ぶ料理は、大人も美味しいと思うものがほとんどですよね。災害備蓄食品は、大人向けで味が濃いということも考慮された子どもも喜ぶレシピ。いくつかある中から2つのメニューを紹介したいと思います。
まず一つは、「アルファ化米の五目ご飯オムライス」です。
田中)アルファ化米は備蓄品中には必ず入っていると思います。お湯を入れて15分ぐらい蒸して、そのまま食べられます。アルファ化米は普通のお米に比べて、パサパサして舌触りが良くない。ピラフにすることによって、この欠点をカバーすることができます。
西村)知りませんでした。
田中)レストランのオムライスはチキンピラフが多いですよね。チキンピラフのかわりに、焼き鳥の缶詰を粗目に刻んで、中のつけ汁も捨てずに茹でたアルファ化米と混ぜます。軽くフライパンで炒めるときも油は入れなくて大丈夫。焼き鳥のタレには油分が含まれているからピラフのようになります。ケチャップを入れたり、少し胡椒を振ったりしても美味しいです。バターを少し加えてみても良いですね。フライパンで火にかけなくても、ボールで全部混ぜ合わせてお皿に盛って、電子レンジで温めても十分。
西村)このレシピは、災害時に作る想定ではなく、電気やガス、水道などが通っている平常時に作ることを想定しているのですか。
田中)平常時も災害時も作ることができます。
西村)カセットコンロがあれば、停電していても作ることができますね。
田中)アルファ化米の器の中に、刻んだ焼き鳥とケチャップを入れて味付けをしても大丈夫です。
西村)アルファ化米の袋は、結構丈夫ですものね。洗い物も少なくて済みます。簡単で子どもたちと一緒に作ることができました。
田中)それが大きなポイント。お子さんたちと一緒に料理を作ることでコミュニケーションが生まれます。
西村)卵をかき混ぜるなど簡単な作業が多かったので、子どもたちも楽しんで作ってくれました。オムライスは、ワクワクするメニュー。ケチャップで絵を書いて楽しんでいました。
田中)それは楽しいと思います。
西村)これはぜひ、日常のメニューに加えたいと思いました。簡単なのに美味しいというのが良いですよね。焼き鳥の缶詰のタレが良い仕事をしてくれます。
田中)ほとんど味付けしなくても焼き鳥のタレで十分旨味が出ます。
西村)ニンジン、ゴボウ、こんにゃくが入った五目ご飯のアルファ化米を使うことによって、栄養面のバランスも取れます。アルファ化米は最近いろんな種類が出ているので、五目ご飯もストックしておくと良いですね。
続いては「牛肉の大和煮缶詰のポテトグラタン」です。
田中)これは「アッシェ・パルマンティエ」というフランス料理の家庭料理からヒントを得たレシピです。本来は、コンビーフを刻んで入れるのですが、大和煮の牛肉の缶詰を刻んで使います。タレは捨てずに取っておきます。ジャガイモは茹でてください。粉状のマッシュポテトを使っても良いです。粉状のマッシュポテトに規定通りの量の水か牛乳を入れて、大和煮を入れて合わせて、溶けるチーズを振ってオーブンで色がつくまで焼き上げます。
西村)簡単ですね。混ぜる工程は子どもたちも進んでやってくれました。ジャガイモは、ちょっと濡らしてラップでくるんでレンジでチンしました。ジャガイモを潰していく作業も楽しかったみたいです。大和煮の缶詰のタレを使うので簡単。ピザ用チーズは、冷蔵庫の隅に眠っていることも多いですしね。
きょうは、2つのメニューを紹介しましたが、子どもに美味しく食べてもらうコツは何でしょうか。
田中)お母さんやお父さんと一緒に料理を作るということが大事。最近は、ひとりで食事をする小学生・中学生や、外食に慣れて味の濃いものを美味しいと感じる子どもが増えています。お母さんと一緒に会話しながら作ってほしいですね。
「どう?」と味の感想を聞くと「美味しい」ではなく、「やば!」「かわいい」と言う子どももいます。料理を「かわいい」というのは、わたしには理解できないんですけど。味の前に視覚から入っているんですね。
西村)盛りつけなどの見た目ですね。
田中)料理は、美しければ、可愛ければそれに越したことはないのですが、五感を使って味わうことが大事。まず鼻で匂いを嗅ぐ、舌で味わう、触れてみる、音で聞く、そのように五感を使って言葉で料理を表現する訓練をさせましょう。
「このプリンは、ツルンとしているね」など。ただ「美味しい」ではなく「舌触りがいい」など五感を使った表現を上手く子どもから引き出すこと。そのような訓練をすると、料理を通じて、コミュニケーション能力が身に付きます。
西村)田中さんは、災害備蓄食品を使ったレシピを通じて、どんなことを伝えていきたいですか。
田中)毎日、日本国民ひとりがお茶碗1杯のご飯を捨てています。それだけ食べ物を無駄にしているんです。SDGsも含めて、食べ物に対する感謝の気持ちをもっと持っていただきたいと思います。
西村)災害時の食事は本当に大切。美味しく食べられて、みんなの笑顔に繋がる備えをしていきたいと思います。また災害備蓄食品を無駄にすることなく、美味しく食べることを日常で楽しむことが大切だと今回、改めて気づきました。
きょうは、貴重なお話どうもありがとうございました。災害備蓄レシピを考案した元・帝国ホテル総料理長 田中健一郎さんにお話を伺いました。