第1375回「『春一番』にご注意」
オンライン:元・気象庁主任予報官 気象予報士 永澤義嗣さん

西村)例年2月~3月に吹く春一番。春の訪れを告げる風物詩のように感じますが、実は季節外れの強い南風が吹くため、災害などに注意する必要もあるのです。防災の観点から見た春一番について、元・気象庁主任予報官・気象予報士の永澤義嗣さんに聞きます。
 
永澤)よろしくお願いいたします。
 
西村)永澤さんは気象庁で主任予報官を務めていたとのこと。気象予報士と気象予報官は違うのですか。
 
永澤)気象予報士は、民間の気象会社で予報を作るために必要な国家資格です。気象庁で予報や警報を作る仕事をするのが気象予報官です。気象予報官は、気象予報士の資格は不要で、気象庁独自の研修制度があり、予防技術を身につけた人が仕事をしています。
 
西村)気象予報官は何人くらいいるのですか。
 
永澤)気象予報官として働いている人は約650人。以前に比べると少しずつ減ってきていようです。
 
西村)どんなお仕事をしているのですか。
 
永澤)気象の解析をして、警報・注意報など災害に関わる情報や予報を作成します。
 
西村)わたしたちが普段なにげなく見ている天気予報は、膨大な量のデータを解析してつくられているのですね。春一番についてですが、気象庁が定めた定義のもと予報官が決めているのですか。
 
永澤)基準に合えば、春一番が吹いたという知らせを出します。桜の開花も観測事実で発表するので似ています。季節が反対の木枯らし1号も同様です。
 
西村)春一番とはどんな風ですか。
 
永澤)気象台が設けている定義は、立春から春分の前日までに初めて吹く「南よりの強い風」のことです。南よりの風とは、南東・真南・南西の風です。そよそよと弱い風ではなく、少し強めの風のこと。近畿地方では、毎秒8m以上という基準になっています。
地域によって基準は異なります。

 
西村)春一番というと、キャンディーズの歌にもあります。強い風が吹いて災害につながるなんて考えたこともなかったです。先日、今年最初の春一番が2月19日に九州北部と四国で観測されました。19日の午前3時ごろ、福岡県・久留米市の文化施設の門扉が倒れて、近くにいた新聞配達員の男性が足を挟まれて左足を骨折するというニュースがありました。未明の時間に春一番が吹いたことや重い門扉が倒れてしまったことに驚きました。重さは約300kmもあって、今月中旬に約40年ぶりにリニューアルされた新しい門扉だったそうです。
 
永澤)春一番は強い風になることがあり、思わぬ災害につながることがあります。防災という観点から見ると春一番には気をつけなければなりません。
 
西村)具体的にどのような危険があるのでしょうか。
 
永澤)強い風によって、物が飛ばされたり、壊されたり、風の影響を受けやすい施設は気をつける必要があります。海上では波が高くなります。風による災害にも気をつけましょう。春一番には、強い風を吹かせる原因があって、多くの場合、日本海で低気圧が発達することによって起こります。風・雨・雪をともなうことも。南風の領域の西の端のところに寒冷前線があって、後ろ側から冬の冷たい風が押し寄せてきています。春一番の暖かい風と冬の冷たい風の境目が寒冷前線になっていて、その付近では雷や竜巻が発生するので気をつける必要があります。
 
西村)春一番は吹かないときもあるのですか。
 
永澤)基準に合致するような風が観測されない年もあります。そういうときには発表がないので、春分の日までに発表がなかったら今年は春一番が吹かなかったということ。近畿地方では、春一番が観測される年は約半分ぐらいです。地域によると思いますが、発表される可能性は5分5分です。
 
西村)春一番が吹いたらそのまま温かくなって春が訪れるのですか。
 
永澤)徐々に春になっていくわけではなくて、春が来たと思えば、冬に逆戻りするという大きな変動がある年も。いろいろなパターンがあります。春一番が吹いたからといって、春が順調に来るわけではありません。春一番が早く吹いたからといって、春が早く来るとも限らない。冬から春に向かうときの季節を感じさせる現象のひとつです。
 
西村)唐突に春がやってきて、冬の寒さに戻ると体調も崩しやすくなりそうですね。
 
永澤)2月~3月の初旬は気温が低いのが普通。そんな中、突如4~5月並みの気温になると体調を崩す可能性もあります。予報を見て服装を考えるなど対応をとってほしいですね。
 
西村)予報官に必要な役割はなんですか。
 
永澤)予報官は、気象台でこれから起こりそうな気象状況について常に見張っています。春一番や日本海で低気圧が発達するなどと予想されるときは、災害につながる可能性があります。一定基準以上の強い風が吹く、竜巻の可能性があるなど国民に情報を出す必要があります。注意報・警報など適切なタイミングで、警戒の呼びかけを国民に対して提供していくことが予報官の大事な役割です。
 
西村)そのような情報を受け取って、防災に役立てていくことが大切なのですね。
 
永澤)予報官は気象台の職場で情報を作って提供する立場ですが、それを受け取って対策に生かしてもらわないと意味がありません。防災とは、警報を発表する側だけのことではなく、それを受け取って理解して、行動に移してもらうことが大事。情報の発表をする側と受け止める側がうまく連携しなければ、防災の効果がなく被害が発生してしまいます。発表する側は、予想される危険度を適切なトーンで伝える必要があります。脅かしすぎてもいけないし、その反対でもいけない。情報のキャッチボールがうまくいくと災害を最小限にとどめることができます。
 
西村)最近、防災に関する情報が多いように感じます。
 
永澤)気象庁は国の役所で国民のためを考えて、さまざまな情報を出そうとしています。技術的にも進歩してきているので、さまざまな情報を出せるようになってきていますが、種類が増えて複雑になってきています。もう少しわかりやすく、本当に必要な情報を適切なタイミングで国民に届けていかなければなりません。一つの方策として最近は警報・防災情報のレベル化が進められていて、気象だけではなく、地震・火山についても共通。自治体が発表する避難情報や避難指示が色分けして表示されます。テレビやインターネットの画面で色分けして表示されるので、情報がどれぐらいの危険度のものかが一目でわかる工夫もされています。
 
西村)よりわかりやすく伝えられるように工夫されているのですね。わたしたちもきちんとその情報と向き合って、家族や友人と話し合うことで必要な情報を読み解く力をつけていくことが大切ですね。
 
永澤)気象庁の職場で長く仕事をしてきました。警報や予報を世の中に送り出す仕事をしてきましたが、国民一人一人にどのように届いて、受け止められて、生かされているのかがわからないところがありました。世の中に情報を送り出すだけでは、なかなか防災効果が上がらない。気象庁は、できるだけ利用者目線で情報を作って、使ってもらえる情報を送り出そうと努力をするようになったので、昔からくらべると変わってきたと思います。国民は、さまざまな手段でたくさんの情報を手に入れることができるようになりました。数十年前の気象台の予報官が入手できていたデータより、今は遥かに多くのデータを一般の国民が入手できるようになっています。本当に自分に必要な情報を見つけて、自分の行動に生かすことが大事。まずどんなデータがあるのか知って、使い方については自己流で構わないので、情報の使い方を習得してください。発表側と受け手側と意思疎通=リスクコミュニケーションが必要です。発表する側のメッセージをうまくキャッチして、自分の行動に生かしてほしいですね。
 
西村)予測技術が進んで、さまざまな予測ができる今だからこそ、情報をうまくキャッチして、防災や自分たちを守る行動に役立てていきたいと思います。
きょうは、防災の観点から見た春一番について元・気象庁主任予報官・気象予報士の永澤義嗣さんにお話を伺いました。