第1289回「熱海で土石流~盛り土はどう影響したか」
取材報告:新川和賀子ディレクター

西村)7月3日、静岡県熱海市の伊豆山で起きた大規模な土石流では、すさまじい勢いで土砂が斜面を流れ落ち、住宅を巻き込んでいく映像が報道されました。現場では、今も安否不明者の捜索活動がつづき、住民が避難生活を送っています。山が崩れた場所には、盛り土があったことがわかっていますが、災害にどう影響したのでしょうか。
きょうは、専門家のインタビューを交えながら、新川和賀子ディレクターと一緒にお届けします。
 
新川)よろしくお願いします。
 
西村)今回の土石流はどのような場所で起きたのでしょうか。ここでメールをご紹介します。
「熱海の土石流の被害が心配です。ハザードマップでわかっていたことなのでしょうか/東大阪市 71歳の主婦」
 
新川)土石流は7月3日(土)の午前10:30ごろに発生しました。土石流が起きた熱海市伊豆山地区は、急な斜面に開発された市街地。地区のハザードマップで、「土石流警戒区域」として色付けされた地域とほぼ重なる形で土石流が発生しました。谷筋でもともと土石流の危険がある場所だったのです。伊豆山地区を流れる2級河川の逢初川の上流付近で発生して、幅約100mにわたって崩れ落ち、土砂が川に沿って土石流となり流れ落ちたとみられています。土砂は2km先の海岸付近まで流れ着きました。
 
西村)そのとき、雨はどれぐらい降っていたのでしょう。
 
新川)土石流が発生する2日前の7月1日ごろから梅雨前線が日本付近に停滞し、雨が降り始めました。現場に近い観測地点では、72時間の雨量が400mm以上となり、この地点での7月の観測史上最大の雨量となっていました。
 
西村)72時間ということは3日間。それほどの雨が降っていたのに避難はできなかったのでしょうか。
 
新川)熱海市には前日に、高齢者等避難(警戒レベル3)が出ていたのですが、避難指示は出ていませんでした。しかし、気象庁が発表する「土砂災害警戒情報」は出ていました。これは、大雨警戒レベル「レベル4」に相当する情報で、自治体が避難指示を出す目安になっているものです。
 
西村)でも避難指示は出ていなかったのですね。
 
新川)雨は長く降り続いていたものの、1時間に30mmを超える激しい雨は降っていませんでした。降ったり止んだりが3日間続いていた。短期的に集中的に降る豪雨ではなく、長雨で土の中に水が蓄積されたのではないかと見られています。熱海市の市長は、避難指示を出さなかった理由として、気象庁の雨量予報を見て「雨量のピークは越えたと発表されていたため」と話しています。
 
西村)ここでメールをご紹介します。
「雨は強く降っていたとはいえ、避難するまで考えが至らない程度なのに、大規模な土石流災害が発生。どのタイミングで避難すべきだったのかを考えて複雑な気持ちになりました/兵庫県川西市 ひつじ」
 
新川)避難情報を出す難しさが浮き彫りになりました。土石流発生の直前に、地元の消防団が避難を呼びかけていました。小規模な土砂崩れが既に付近で起きていたのです。住民が異変を察知したのも直前のことでした。
 
西村)今回の土石流被害では、盛り土の話がよく出ていますね。
 
新川)当初、静岡県は、流出した土砂10万㎥のうちの約半分が盛り土であったと発表していました。その後、県が詳細に分析した結果、土石流の量は5万6000㎥だったことが判明。そのうちの盛り土は約5万4000㎥と推計されていて、土石流の大部分が盛り土だったということになります。
盛り土のことも含め、今回の土石流の特徴を専門家に聞きました。京都大学防災研究所・斜面災害センター長 釜井俊孝さんのインタビューです。

 
音声・釜井さん)土石流の起点が盛り土になっていました。人工的に作られた地盤が崩壊することによって、周りの土砂を削り取りながら大きくなっていって、土石流として成長したのだと推測しています。

音声・新川)映像を見ていると、津波のように、第2波、第3波と何度も同じ場所で土石流が発生していましたね。
 
音声・釜井さん)土石流の性質です。土石流は1回で終わることはなく、複数回繰り返して起こります。間隔は異なりますが今回のように何回も起きるのはごく当たり前のこと。今回の土石流は主に泥流でしたが、もし大きな巨岩を含んでいたらさらに破壊力が増したと思います。あれだけ雨が降っていたのに、崩れたのはあの場所だけだったということは、そこにあった盛り土の質が悪かったということです。崩壊直後の動画では、水が噴き出ている様子が見られました。パイプ流という水の道があって、その隙間から大量の水が出る。盛り土の中には多量の水がたまっていたと考えられます。それが耐えきれなくなって一気に流れ出たのです。
 
西村)専門家から見ても、やはり盛り土が土石流を引き起こしたと考えられるのですね。
 
新川)崩れた場所は、専門的には「谷頭」といって川が始まる場所。地下水が湧き出ている場所にあたります。普段から水が吹き出ている場所にある盛り土がダムのように水をせき止めていました。そこに長い雨が降って、水がたまって、水圧に耐えきれなくなって崩れたのではないかということです。もちろん、長く降り続いた雨が土石流を引き起こしたのですが、静岡県の副知事は会見で、「盛り土の土砂が被害を甚大にした」と認めています。まだ盛り土が崩れ残っている部分もあり、クラック(ひび割れ)が入っていることが映像からも確認できるといいます。
 
西村)新たな土石流が発生する危険が残っているのですね。
 
新川)静岡県は、崩れた土砂を止める応急措置を急ぐとしています。
 
西村)盛り土は、自然にできたものではなく人の手で置かれたもの。なぜ大切なポイントに盛り土があったのでしょうか。
 
新川)崩落現場周辺の土地は、開発業者が取得して2007年に熱海市に盛り土の届けを出しています。業者の元幹部は、別の土地の工事で出た建設残土をここに運んだとメディアに説明しています。このこと自体は違反行為ではないのですが、静岡県の条例では、盛り土の高さは15m以内と決まっていますが、今回の盛り土は50mの高さにまで盛られていたことがわかっています。
 
西村)かなりオーバーしていますね。
 
新川)この付近では県の許可を得ずに、1ヘクタールを超える開発が行われ、盛り土に産業廃棄物が混入していることもわかり、静岡県や熱海市が複数回にわたって業者に是正指導をしていました。この土地は2011年に所有者が業者から個人の手にわたっていて、現在の所有者は盛り土があることを知らずに購入したとのことです。盛り土について、業者が是正指導を受けていたことも問題ですが、基準通りに盛り土をしていたとしても、災害へのリスクはあると考えられます。それは住宅地を作るためではない盛り土への規制がとても甘いことが関係しています。
 
西村)基準が違うのですね。
 
新川)再び京都大学防災研究所・斜面災害研究センター長 釜井俊孝さんのお話です。
 
音声・釜井さん)宅地の盛り土は、宅地造成等規制法という法律のもとつくられます。今回の盛り土は、おそらく地形開発の簡単な条例基準によって作られていました。条例は各自治体によって異なり、条例がないところもあります。
 
新川)宅地を作る場合は、土を盛った上に家を建てるので、土の中の水を排出するシステムが必要だったり、傾斜に制限があったりと厳しい規制があります。今回のように宅地ではない盛り土の場合は、土の高さや大きさが決まっていても強度は問われないなどルールが甘いということです。
 
西村)このような盛り土は全国各地にありますよね。これまでの大雨でも盛り土が崩れて被害が出たことはあるのですか。
 
新川)何度もあります。人的被害も出ています。最近では、2014年に横浜市で違法の盛り土が大雨で崩れて、近くの住民1人が亡くなっています。2017年の台風21号では、岸和田市で崩れた盛り土が川をせき止めて車に乗っていた人が亡くなっています。2018年の西日本豪雨のときは、京都市伏見区の大岩山で盛り土が崩れて、今回と同じように土石流となって山肌を流れ落ちていきました。山裾の住宅地のギリギリところまで押し寄せたのですが、池がダムのような役割を果たして、土砂が止まりました。山のふもとには住宅街が広がっていて、大きな人的被害が出ていてもおかしくなかった状況でした。
4月にこの番組で、宅地の盛り土が大地震の度に崩れて被害が出ているという話をしました。

 
西村)阪神・淡路大震災で、西宮市の仁川百合野町で大きな被害があったというお話でしたね。
 
新川)東日本大震災や北海道胆振東部地震でも宅地の盛り土が崩れて、大きな被害が出たというお話をしました。規制が厳しい宅地の盛り土でも老朽化などが原因で崩れています。今回のような宅地と関係ない建設残土はルールが甘く、高さや大きさが決められている程度で強度は問われていません。土が置いてあるだけなのです。今回の盛り土が含まれた土石流を受けて、国土交通省の赤羽大臣は「全国の盛り土を総点検する方向で考えていかなければいけない」と会見で述べています。京都大学の釜井教授も宅地以外の盛り土に関しても、条例ではなくより効力のある法律を作るべきだと話しています。
 
音声・釜井さん)残土処分法をつくるべきです。条例は罰則も軽く、規制効果が弱い。自分が出した土が最終的にどこにあるのかがわかるトレーサビリティの確保が必要です。
 
新川)せめて宅地の盛り土と同じぐらいのシステムを作って、まずは誰がどこに土を処分したのかがわかる仕組みが必要で、さらにその土を管理する法律を作るべきということです。これまでの雨では崩れなかった場所も最近の極端な豪雨で崩れるかもしれないので早急な対応が必要です。法律の整備には時間がかかるので、私たち自身も危険を認識しておくことが必要ですね。
 
西村)でも、どこに盛り土があるかはわからないですよね。
 
新川)盛り土があってもなくても、土砂が流れやすい地形はハザードマップで確認できます。水は低い土地へ流れます。土砂災害は谷筋で起きています。自治体のハザードマップや国土交通省のホームページで確認できるので、土砂災害や浸水の危険がある地域に住んでいる人は、早めの避難を検討してください。
 
西村)ハザードマップを確認することは大事なことだと改めて思います。新川和賀子ディレクターの報告でした。