電話:日本赤十字北海道看護大学教授 災害対策教育センター長 根本昌宏さん
千葉)コロナウイルスがまん延している今、災害が起きたら「避難所」はどうなるのか。感染拡大を防ぐためにどういった対策が必要で、私たちは何をすればいいのか。
今日は、日本赤十字北海道看護大学教授で、災害対策教育センター長の根本昌宏さんに電話でお話を聞きます。
千葉)根本さんは、災害時の避難所について研究されているということですが、具体的にどんなことを研究されているのですか?
根本)災害が起きますと避難所がたくさん立ち上がりますが、避難所の中で健康悪化が起きるというのが最近の災害の中でも生じています。ですので、災害が起きた後、避難所の環境についても、よりよいものにレベルアップする必要があるのではないかということで、避難所の環境改善について検証、研究を進めています。命を守るということは当然だと思いますが、それだけではなく避難所の中でも健康な体を維持していただくという考えで進めています。
千葉)災害で「避難所」ができる場合、感染予防対策として考えておかなくてはならないことは何ですか?
根本)コロナウイルス感染症の中で「3密」ということがさかんに言われていますが、この「3密」を避けるための行動。自治体の方々も最大限の努力をされるとは思いますが、それだけではなくて、住民ひとりひとり、避難された方ひとりひとりが、まずは3密にならないような努力をすることが大切です。
通常の生活と災害時で大きく異なることがございまして、それがライフラインの停止です。水とか電気とかが止まりますので、今だと手洗いによって感染を防いでいますが、災害時には断水が起きることも想定しなければいけません。
千葉)水で手が洗えなくなる。
根本)そうですね。ですから、アルコールの消毒液、今ちょっと手に入りにくいですが、もし手に入っている方は、非常袋の中にそういったものを入れる心がけをしていただければと思います。
亘)個人で避難所にアルコール消毒液を持っていくということですね。
根本)おっしゃる通りです。持って行っていただきたいものは災害だけでもさまざまあるのですが、感染症予防のために必要なものがあるということを分かっていただきたいです。
亘)アルコール消毒液が無い場合は、代わりになるようなものはあるのでしょうか?
根本)非常に難しいです。次亜塩素酸ナトリウム、ハイターのような製品を薄めて、器具などを消毒することはできますが、手指の消毒に使うことはできません。ですから、手を清潔に保つことができない場合、使い捨てのビニール手袋をお持ちいただいて、手が汚れていると思ったら、そこにかぶせるといった方法もひとつだと思います。
亘)手袋を避難袋の中に入れておくということですか?
根本)さまざまな用途で使えますので、ビニールのディスポーザブル、使い捨ての手袋は、ぜひ非常袋に入れておいていただきたいです。
千葉)そういったものは、自治体があらかじめ用意してくれないのですか?
根本)ディスポーザブルの手袋は、ほとんど無いと思います。用途は感染症でしかほとんど無いので、なかなか難しいかもしれません。自治体の方々もこのコロナの状態で、落ち着いたさまざまな対応がむずかしい状況にありますので、自分たちでできることをできるだけ増やしていただくというのが、コロナの中での防災の考え方になるのではないかと思います。
千葉)普段から準備している避難持ち出し袋の中に、消毒液、使い捨ての手袋を入れる。
根本)あと2つあります。それが、マスク、そして体温計です。
亘)体温計ですか。
根本)これも、自治体の方々はご準備いただけると思いますが、やはり使いまわしになりますので、清潔性を保つのが難しくなるかも知れません。ですので、マイ体温計をぜひご持参いただきたい。
あと、マスクについても手に入らない状況が続いていますので、キッチンぺーパーと輪ゴムで作れるマスクというのが、さまざまなところで公開されています。これを作るだけでも大きな違いになります。
千葉)インターネットで作り方が見られたりしますね。
根本)はい。これをあらかじめ作っておいても構いませんし、もしたいへんであれば、キッチンぺーパーを非常袋に入れておいてもいいと思います。
大切なことは、コロナウイルスの感染症があること、これは今、災害のレベルがひとつ上がっています。ですから、コロナが流行る前の状態の時よりも、防災の意識を高めなければいけないということを、ぜひご理解いただきたいと思います。
千葉)先ほど「3密」を避けなければいけないとおっしゃっていましたが、避難所の環境はまさに「3密」そのもののような気がするのですが、その点はどうですか?
根本)「3密」を避けるためには、もちろん自治体の方々が、避難所の中が過密にならないような人数制限をかけるとか、位置取りを考えるということが必要になってきます。ただし、自治体の方々だけにお願いするのは不可能だと、私は思っています。ここはもうシンプルに、今、さかんに言われている「ソーシャルディスタンシンング」という考え方、社会的な間隔ですね。これをまずは念頭に置いていただいた上で、自分たちで少し間隔を取るということに努める。
もうひとつは、例えば避難所に行くということを大前提にせずに、もし選択肢があるのであれば、「縁故避難」といわれる親戚のお宅に避難する。あとは、車中泊、車も避難施設として使えますので、安全に行う車中泊というものも、コロナまん延下での災害対策になると思います。
亘)縁故避難は今、県境を越えて移動することをやめてほしいということもあって、ちょっと難しいかもしれませんね。
根本)ここも想定内にしなければいけません。
まず大事なことは、洪水や津波の災害に関しては、「逃げるが勝ち」です。絶対に逃げなければいけません。お互いのリスクがありますので、そのリスクが高い方をとにかく優先的に解消していくということが、災害の行動の中で必要になってきます。
亘)高いリスクから優先的に解消していくということですね。
千葉)ということは、津波などの場合は府県境を越えるということもやむを得ないと考えていいのですね?
根本)当然です。まずは、逃げることが大切。それと、津波の場合は車で避難することで巻き添えになることがあります。ですので、この場合には着の身着のまま。自分であえて何かを取りに帰ろうとせずに、とにかく高台に逃げていただくということが最優先です。
千葉)避難所についてですが、トイレの環境が非常に厳しいということを取材でも聞きます。
そういったところから感染症は広がったりしないのですか?
根本)トイレ対策というのが、コロナ感染症下での非常に大きな部分です。トイレは、やはり共用になりますし、さらにドアノブ、手すり、蛇口、トイレの流すところなどさまざまな場所に皆さんが触れたり、そこに飛沫が飛んでいる可能性があります。ですから、トイレの共用ということをふまえて、まずは自分で防止する行動、あとはそこを汚さない行動ということを、ひとりひとりがやっていただかないと、ここも自治体の方々へのおまかせでは、安全な使用ができなくなると思います。
亘)先ほどおっしゃっていた車中泊であっても、トイレはどこかを使わないといけないいうことになりますよね。
根本)おっしゃる通りです。
車中泊については、一番簡単な考え方は、流行しているキャンピングカー。レジャーで使われていますが、キャンピングカーのみなさんは自己完結型が多く、トイレも自己完結していらっしゃいます。何を使うかというと、「携帯トイレ」といわれる便座のようなものがあって、そこにビニール袋をくっつけてその中で用を足していただく。こういったものは、用を足した後はきちんと凝固剤を使えば可燃物として処理できるので、そういったものを今、備えていただくことも大切だと思います。
千葉)車中泊の可能性を考えて、車の中に携帯トイレを家族で何日か使える分、備えておくということですか。
根本)これは、今のコロナの中においては、ぜひ考えておいていただきたいです。
一昨年の胆振東部地震では北海道は大停電になりましたが、停電が起きただけでも水が流れなくなって「トイレが使えないので避難所に行った」という方が数百人いらっしゃいました。
このコロナの環境下で避難所に行くのがたいへんだと思う場合には、自宅で水が流れなくても「トイレだけは使えるから在宅避難がひとつの選択肢だ」と思えるような対策をしていただけるとよいと思います。
亘)携帯トイレはどのくらい用意しておけばよいのですか?
根本)非常にむずかしい算出になりますが、ひとりがだいたい一日トイレ5回と算出します。
これを1週間として35枚。それが4人家族だと140枚という計算になります。
亘)1週間分と考えたらいいのですね。
根本)そうですね。まずは1週間を自分たちで乗り切れる術を考えていただけるといいのかなと思います。
千葉)やむを得ず避難所のトイレを使わなければいけない状況になった時に、例えば、便座を他の人と一緒に使うといった形で感染症になる可能性はあるのですか?
根本)便座を介した感染があったかというと、そのエビデンス、実証というのはございませんので、現時点で便座が危険だと言うことはできないと思います。
ただし、やはり接触機会を減らすというのがコロナの感染症の拡散を防ぐ大きな要因になるので、便座にあえて座らないとか、もしくは和式を使うとか、そういったこともひとつの考え方になってくると思います。
亘)水が出るようになった場合は、水道の蛇口などもウイルスがついている可能性はありますか?
根本)そうですね。みなさんが使うところというのは、やはり、自分もウイルスをつける可能性がありますし、他の人がつけている可能性もあると思います。共用部はまずその観点を持っていただいた上で、ではどのように自分たちが使えば安全かなという風に考えを変えていただくとよいかと思います。
亘)手は一生懸命洗いますが、ドアノブを触るタイミングが手を洗う前であったりとか...
ドアノブがポイントになるのではと思うのですが。
根本)可能であれば、ドアノブを消毒できるアルコールスプレーなどを用意されていると本当はよいのですが、消毒液が手に入りづらい状況にあります。ですので、先ほどお話しした、使い捨ての手袋をうまく使いこなしていただくのもよいかと思います。気になる場所を触る場合には手袋をしていただく。逆もあると思います。汚いところを触る時は素手でいくけど、ちょっと清潔にしたい場合は手袋をつけるというやり方もあると思います。
とにかく、手とか汚れた部分が顔、特に目・鼻・口につくことを避けたい。そのためにマスクをしているということもありますので、粘膜に汚い部分が触れないようにするにはどうしたらいいのかということを災害の時にも考えていただきたいと思います。
根本)あともうひとつの観点としては、熱がある方や咳が出ている方など少し症状があると感じている方は、積極的に運営管理者に声かけをしていただいて、発熱の方だけのトイレを整備するとか、そのような観点も避難所の中では必要になると思います。
亘)もしかしたら感染しているかもしれないという可能性のある方ということですね。
根本)そうですね。そういった方がそこで言葉を発することをためらうということが、その後、避難所の中の大規模な感染を起こすなんていうこともあり得ますので。
まず、自分の体は自分しかわかりませんから、おかしいなと思った時には、お声がけをいただくと大変ありがたいと思います。
亘)そういう方は、トイレだけではなくて居住スペースも、別の部屋にうつさないといけないのではないでしょうか?
根本)もちろんです。飛沫で感染するということがコロナの大きな特徴ですので、可能であれば、例えば大規模な体育館は無症状者の方、少し症状のある方は教室であるとか、違う部屋であるとか空間を分けるということが運営側の方としては必要になります。
亘)居住スペースは分けたけど、トイレは一緒とかいうことになりがちですよね。
根本)その通りです。そこを避けなければいけなくて、私たちは「ゾーニング」という言葉でよく言いますが、緑のエリアと赤のエリアにゾーンを分ける。赤のエリア=感染している方になりますが、そこでは全てを自己完結する必要があります。すなわち、トイレも食事も寝る場所も。これを私たちは、「TKB」、トイレ・キッチン・ベッドと呼んでいますが、トイレ・食事・ベッドを自己完結できるようにゾーンを組むということが重要です。
千葉)TKBの「キッチン」、食事もすごく気になりますが、これで感染してしまう可能性もあるのですよね?
根本)食事を作っている過程でいくと、基本的には加熱などが入るので、ある程度は大丈夫なのかなと、これもあくまでも推測になりますが。ただやはり、さまざまなものが共用になる可能性があります。例えば、バイキングのような形でトングが一緒になっているような時には、感染のリスクがあるということは、さまざまなところで報告がある通りですので、共用のものを避けつつ食事の提供を考えるというのがひとつです。ですので、炊き出しというのが、非常に難しくなるのではないかということが、今のところの推測です。
千葉)避難している時の大きな楽しみが食事だと思います。栄養のあるものやバランスとか大切ではないですか?
根本)もちろんです。在宅避難の方々にお話ししているのは、どうしても在宅避難だと炭水化物が多くなります。保存のきくもの、ご飯とかパンとかホットケーキとかラーメンとかですね、全部、炭水化物食になってしまうので、そうではなくてできるだけ、特にご高齢の方はタンパク質をとってほしいという話をしています。
高齢の方は「フレイル」と言いまして「虚弱」という表現をしますが、どんどん筋力が落ちてしまって避難している過程の中で立ち上がりができなくなって、要介護になってしまうということもあります。
ですので、食事からそういったことを予防することが大切で、そのためにはタンパク質を積極的にとっていただきたい。ただし、にわかに立ち上がった避難所でこれを提供できるようにする仕組みというのは、非常に難しいと思います。現状の災害、例えば、直近の台風19号災害においても、栄養素をしっかりと配慮できた超急性期の避難所というのは、ほぼ無かったかなと思います。
亘)タンパク質はどんなものから取るのがよいのでしょうか?
根本)さまざまなものから取っていただくのがまず大事です。代表的なものは、お肉、お魚、もうひとつが豆腐ですね。この3つがタンパク質の大きな部分でして、あとコレステロールが高くなければ卵。この4つの要素がタンパク質として積極的に取っていただきたいものです。
だたし、注意点があって腎臓病を患っている方はタンパク質の制限がかかっている場合があるので、主治医の方にきちんと相談していただきたいと思います。
千葉)きちんと栄養のあるものを食べることは、感染症についても何か役に立つのですか?
根本)もちろんです。一番簡単に言いますと、おいしいものを食べるだけで人の免疫力は上がると思います。それこそ、大阪でいきますと「笑い」が免疫を高めるということが実証されていますので、おいしいものを食べてにこやかになって免疫力を高めてコロナウイルスへの耐性をつけるということもひとつの術と考えています。
千葉)避難所というとどうしても重く苦しい、おいしいものも食べられないし、よく眠れないというイメージがありますが、それはコロナに対してもあまりよくないのですね?
根本)おっしゃる通りです。そこが私の研究の主題です。命を守るための避難所という解釈があまりに強すぎて、我慢、根性、忍耐、辛抱を強いてしまうのです。これが日本の避難所の特徴です。
これをできるだけ解消する。すなわち、避難しているからこそ普段よりもいい食事を食べられるなんていうのは、本当は大切な考えなのではないかと思います。
日本のこの独特の風習が避難所の環境を少し悪くさせているということもあるのではないかというのが私の印象です。
亘)やはり、行政に対してもそういうことを求めていかないといけないですね。
根本)実は今、さまざまな自治体で避難所の環境をよくしようという取り組みが進められ始めています。例えば、私たちの住んでいる北海道でいいますと、一昨年、胆振東部地震がありましたが、あの地震では直後から「避難所の中は全部ベッドにするぞ」という話で動いていました。
こういった取り組みが全国的にどんどん進むと、避難所の環境はよりよくなってくると思います。
このコロナの感染症がまん延しているからこそ、安全に、本当に少しですが安心して眠れるような環境を作れるようにご尽力いただきたいと思います。