オンライン:静岡大学教育学部 教授 池田恵子さん
西村)避難所では、生理用品が備えられていないなど女性が困ることがたくさんあります。地域の防災組織や町内会では、男性が役職に就くケースが多く、災害時に女性の意見が反映されにくいという指摘もあります。
きょうは、防災とジェンダーの関係について研究を続けている静岡大学教育学部 教授 池田恵子さんに現状と課題について聞きます。
池田)よろしくお願いいたします。
西村)池田さんが災害の男女格差問題に取り組んだきっかけは何ですか。
池田)わたしは、1990年代にバングラデシュで青年海外協力隊として活動していました。そのときに大きなサイクロン(台風)が来て、高潮災害で13万人が亡くなりました。その後、日本政府が避難所建設の支援を行うために、避難についての調査を実施。その調査で、死亡率に男女差があったことがわかったのです。20~40代で女性が男性の5倍も多く亡くなっていました。当時は、女の子には教育がいらない、女性は外を出歩かず家の中で家事・育児をしていれば良い、といような考えがあったんです。警報が出されても理解できない、避難経路もわからない、村役場にすら行ったことがない、という女性が多くいた時代でした。そのような事情で多くの女性が亡くなったことを知って。社会の中の男性と女性の立場や役割を見直していかなければ、防災は役に立たないということに気づいたことがきっかけです。
西村)阪神・淡路大震災でも女性が多く亡くなったというデータがあります。生き残った後、どう過ごしていくかが大切ですが、災害時の男女の格差は具体的にどんなものがあるのですか。
池田)避難所生活において、環境やプライバシーの面で女性の方が大変な場面は多くあります。更衣室の有無、トイレは男女別になっているかなど。女性が人前で着替えをしたり、授乳したりするのは大変。救援物資も男性と女性では、日常生活で必要なものが異なります。お母さんは、赤ちゃん用の粉ミルクや哺乳瓶、オムツがないと困ります。眠れない、不安などの健康上の問題を訴えるのは女性の方が多い。女性は、支援物資で下着などが届かないと、婦人科系の病気にかかってしまうことも。性暴力の問題もあります。ひどい場合は強姦事件もあります。
西村)あまり大きく報道されていませんがそのようなことがあるのですね。
池田)災害時に暴力が増えるとは思いませんが、普段ある犯罪は全てあると思います。地震や洪水が起こったからといって、世の中から性暴力がなくなるわけではない。普段より訴えることは難しくなり、大変な思いをしている人もいます。
西村)「みんな大変だから私だけが言うのはちょっと...」と考える人が多いですよね。男女格差を解消していきたいですね。避難所を出た後の暮らしでも格差はありますか。
池田)災害時の支援は世帯主主義と言って、義援金、支援金は世帯主の名前で支給されることが多いです。日本の場合は、世帯主ほとんど男性なので、お父さんの名前で支給されます。そうすると、ドメスティックバイオレンス(夫婦間の暴力)などの夫婦問題が起こっても、名義人は世帯主である夫なので、女性が出て行かざるを得ないということも起こります。
西村)出て行くとなると、また暮らす場所を探さなければなりません。
池田)共働きの家族は珍しくない時代ですが、女性の方が災害時に先に失業・解雇されて、復職や職探しが難しいという実態も。女性は非正規雇用が多いので解雇されやすい。その辺りにも男女差があると思います。
西村)我が家も子ども手当をもらっているのですが、世帯主である夫名義の口座に振り込まれます。お金の使い道は夫と相談していますが、相談できなくなってしまったとき、不仲になってしまったときは困りますよね。それが理由でなかなか離婚を切り出せないという夫婦の話も聞いたことがあります。なぜ現状は、防災に女性の声が入りにくいのでしょうか。
池田)防災の現場は行政も自治会・町内会も圧倒的に男性が多いです。内閣府男女共同参画局の調査では、6割以上の市町村で、防災担当の部署に女性が1人もいないという結果が出ています。男性目線で災害対策を考え、実際に災害が起こった後も、派遣されてくるのは男の人ばかり。防災活動をしたい女性はなかなか入っていけません。
西村)なぜ女性の防災担当者がいないのでしょうか。
池田)災害時は、泊まり込み業務もあり女性には負担が大きい。何日も家に帰れないこともよくあります。子育てや介護がある女性に配慮していること自体がわたしは決めつけではないかと思っていて。男性でも子育てや介護をしている職員はたくさんいると思います。配慮をしているつもりで、実は女性を排除することになってしまっています。
西村)わたしは、最近、自治会の活動に参加し始めたのですが、会長は年上の男性で、女性の運営委員も少ないです。会合が夕方や夜に行われているのも女性が参加しにくい原因ではないかと感じます。自治体の現場でも同じなのですね。
池田)いろんな人が参加できるようにするなら、会合の時間や場所を考慮する必要があります。女性が男性の中に入って発言しにくいなら、最初に女性だけが集まるような場を作るとか。そのような工夫をしないと担い手は増えていかないですよね。
西村)実際に、女性の視点が入ってうまくいった事例はありますか。
池田)防災活動や避難所運営を手伝いたいという女性はどんどん増えています。災害時の料理、子どもの世話について考えたり、地域の自治会の男性と肩を並べて防災訓練の企画をしたり。生理用品、各メーカーの粉ミルク、赤ちゃん用のオムツ、高齢者用のオムツなどを女性の視点で揃えて防災倉庫を充実させた地域も。そんな活動をしている地域はどんどん増えています。
西村)女性の視点や声が反映されると、弱い立場にあると言われている人たちの声も届きやすくなるのですね。
池田)女性が防災・支援に関わると、女性だけにメリットがあるのではありません。赤ちゃんや高齢者、障がいのある人のお世話は圧倒的に女性が担っていることが多い。そのこと自体いいことなのかと悩むところはありますが。ケアが必要な人たちのことをわかっているのはやはり女性。女性が声を出せない状況は、家族、地域全体が困る。被害が拡大していってしまうリスクを高めてしまいます。
西村)先日、町内会の清掃活動に参加したとき、おしゃべり好きのおばちゃんがいろんな情報を教えてくれました。コミュニケーションが得意で声をかけやすいのは、女性の方が多いのかもしれません。
池田)被災者はいろんな悩みを抱えています。男性ばかり、一定の年代ばかりという状況は声をかけにくいと思います。いろんな人がいるからこそ、支援がつながっていくと思います。
西村)日々のコミュニケーションを普段から心がけていきたいですね。もっと女性の視点や声が反映されて、防災の現場に広がればと思うのですが、なかなか進んでいかないのが現状なのでしょうか。
池田)東日本大震災以前は、このような発想すらなかった。この10年で社会はかなり変わってきたとは思います。でも避難所のリーダーに女性を抜擢する、行政の防災課の課長さんを女性にするなどの発想にはまだ至っていません。これからの時代、高齢化も進んでいくので、さまざまな立場の人へ配慮した災害対策を考えていかないと被害を食い止めることはできません。配慮する対象が広がっていけばいくほど、相手も多様になっていかなければ間に合わない。配慮の対象として女性を考えるのではなく、担い手として一緒にやっていくとう段階に入っていくべき。防災活動をしたい女性はたくさんいるのでもったいないと思います。
西村)2016年の熊本地震のときに、避難所運営の中心に女性がいたことで、被災者の不安や困りごとを解決できたという事例をニュースで見ました。益城町の避難所運営の女性リーダーが避難所内の区画整理を手がけたというお話です。防災に関する勉強会を重ねて、地域活動にも取り組んでいたそうです。避難通路と非常口、出入口付近には高齢者と要配慮者のスペースを作り、体育館とは別の教室を乳幼児がいる世帯専用・女性専用のスペースにしたそう。ここで女性は、安心して授乳をしたり、着替えをしたり、子どもを遊ばせたりすることができたのです。さまざまな立場の担い手がいるからこそ、みなさんの困りごと・不安の解消、話し相手ができるのだと思います。
池田)今は日本各地で女性防災リーダー養成講座や女性目線の防災講座がさかんです。でも学びたい女性と自治会・町内会の男性はなかなかつながっていかないのが現状。そうなるとマッチングが必要で、それは行政の役目だと思います。
西村)人と人をつなぐ方がいるからこそ、輪が広がるのですね。
きょうは、「防災に女性の視点を」というテーマで、静岡大学教育学部 教授 池田恵子さんにお話を伺いました。