第1338回「タワーマンションと首都直下地震」
オンライン:工学院大学 建築学部教授 久田嘉章さん

西村)先日、東京都の防災会議が「首都直下地震」の被害想定を10年ぶりに見直しました。最大震度7の地震が都心を襲い、推定される死者は約6100人。避難者は300万人に迫ると試算されています。また急増するタワーマンションへの被害も予想されるなど、関西に住む私たちにとっても他人ごとではありません。
今回の被害想定の策定にも携わった、工学院大学 建築学部教授 久田嘉章さんにオンラインでお話しを伺います。

久田)よろしくお願いいたします。

西村)今後30年間の発生が70%とされる都心南部直下地震などのデータを試算しました。揺れ、火災による建物の被害は、約19万4400棟と約3割減少。それに伴い死者も前回から3割減り、約6100人になっています。10年ぶりに見直され、数が減っていますがなぜでしょうか。

久田)都会はリニューアルが進んで、新しい建物が増えているという点がひとつ。2000年には木造建築に厳しい基準が導入されました。阪神・淡路大震災で木造建築に被害が集中したからです。それから20年近く経ち耐震性のよい建物が増えてきています。

西村)この10年で耐震化が進んだのですね。郊外と街なかでは基準は異なるのですか。

久田)全国どこでも基準は同じです。建て替えが進んでいる地域とそうではない地域はわかれますが。

西村)今回、同時に示されたのが発生直後からの災害シナリオ。東京都内全域の1割が停電し、計画停電も予測されるため、電力の供給再開は1ヶ月後という話もあります。スマホや携帯電話の電源が切れて、家族と連絡がつかなくなります。断水は3日後も継続。排水管の修理などでマンションのトイレが使えない可能性もあります。ガスも安全点検の必要があり、供給開始まで1ヶ月かかるという試算も。わたしたちはどのようにこのシナリオを受け止めれば良いのでしょう。

久田)前回は、命を落とさないための対策が前面に出されていましたが、その後にどのように被害を減らすのかが重要です。自分が住んでいる場所、働いている環境、昼・夜に当てはめて、さまざまな対策をとってください。ポイントは平時には当たり前のことが全くできなくなってしまうということです。

西村)いつもできていることができなくなるということを想像して、備えを進めることが大切なのですね。

久田)電車が止まる、連絡ができなくなることも当たり前。命に関わることが起きたり、火災発生時などの非常時以外は警察署には連絡しないでください。必要な安否確認ができなくなります。

西村)阪神・淡路大震災の発生直後、神戸・灘区の親戚に電話をかけても繋がらなくて、公衆電話に並んで連絡を取ったことを思い出しました。通信障害があったり、スマートフォンの電源が切れたりしてしまうとインターネットでの情報収集ができません。家族と連絡が取れなくなると不安になりますね。

久田)災害伝言ダイヤルなどの連絡手段がありますし、メールを送ればいつかは届きます。すぐに連絡することはできないと思っておいてください。職場や自宅の対策をしっかりして、連絡が取れなくても何とかなる状態にしておいてください。

西村)待ち合わせ場所を決めておくと良いですね。自宅が安全なら自宅に帰れたら良いのですが。
 
久田)都心は最長で3日間は帰れないと思ってください。その場に留まるのが大前提。おそらく1日経つと状況がわかるので。状況がわからないうちに帰るのは非常に危険です。
 
西村)地震が起こったとき、職場にいるお父さん・お母さんは「3日間は帰れないかもしれない」ということを家族全員で共有しておけば、不安は解消されますね。
 
久田)学校も同じで、安全状況が確認できるまでは帰さない方針になっています。
 
西村)みんなが家に集まっていない状況で地震が起こることはあり得ること。いろいろなパターンを考えておくことが大切ですね。スマートフォンで情報収集をするだけではなく、ラジオを活用してもらえたらうれしいです。ラジオで正しい情報を知ることができたら安心につながると思います。家具の固定などの対策をして、次の段階で命を落とさないように考えていかなければなりませんね。
 
久田)家具の転倒防止はぜひやってほしいですね。しかし少し工夫が必要です。弱い天井につっかえ棒をつけてもダメ。L字金具などで留めるのが一番良いのですが、石膏ボードのような壁だと倒れることも。家具の上には重い物を乗せない、寝ている場所の頭の近くには落ちてくる物を置かない、などできるところから対策をしてみてください。消防庁のホームページにアドバイスが掲載されているので、それを見てすぐにでも対応してほしいです。
 
西村)家族で一緒に対策をしたいと思います。恐ろしい想像ばかりがふくらんでしまうのですが、わたしたちが今、自分の備えとしてやるべきことは何でしょうか。
 
久田)まずは自助。家が古いなら耐震診断する。ほとんどの自治体では補助が出ます。そして室内の安全対策が必要。津波が来たり、延焼火災が起きたりしたら、逃げなければなりませんが、高層マンションは構造的に延焼火災が起きないところが増えてきたので、基本的に「ほかの場所へ逃げるな」ということです。家に留まったほうがはるかに安全。1週間は備蓄が必要です。
 
西村)高層マンションに限らず1週間は備蓄が必要なのですね。
 
久田)都会で大規模災害が起きると3日間で食料が回ってくるとは思えません。各家庭で最低1週間分の備蓄が必要です。水・食料、トイレの対策をして自宅に留まり、できるだけ避難所には行かないこと。特にコロナの環境で、在宅避難が原則になりつつあります。家の耐震性、室内の対策によっても異なりますが。
 
西村)自分がどんな家に住んでいるのか、どんな場所で生活しているのかを改めて知るってことが大前提として大切。その中で、もうひとつリスクが指摘されているのが、高層マンション・タワーマンションです。東京では高さ45m以上の高層建築物がこの10年でなんと1000棟増えて、約3500棟になりました。高層マンションで心配なのがエレベーターの閉じ込めです。被害想定では、エレベーターの閉じ込めが約2万2000台。前回から3倍に増えています。改めて、タワーマンションは地震が起こるとどんなリスクがあるのでしょうか。
 
久田)建物は上の階ほど揺れが大きくなります。タワーマンションでは、震源が遠い地震でも、長周期地震動という周期の長い揺れがきて、下は大して揺れなくても、上が大きく揺れることも。エレベーターも止まり、通信もままならないとなると誰も助けにきてくれない。どこでも同じことなのですが、特にマンションの上の階は、自助と共助で対応するしかありません。ヒビが入ったり、いろんなドアが開かなくなったり、変形したりすることもありますが、構造的にはしっかり作られているので、間仕切りの壁は変形しても問題ない場合もあります。グシャっとつぶれることはありません。壁にヒビが入ったからとあわてて逃げると余震で怪我してしまうこともあります。
 
西村)家の中を安全にしておかないといけないですね。高層階はどれぐらい揺れるのでしょうか。
 
久田)条件によって変わりますが、1mぐらい揺れる可能性があります。
 
西村)かなり揺れるのですね。一戸建ての家よりも、タワーマンションの高層階の方が家具の固定をしっかりしておかないといけないのでしょうか。
 
久田)危険性を考えると気をつけないといけないですね。
 
西村)携帯電話を持たずに鍵と生ゴミだけ持って、マンションのエレベーターに乗ったときに地震に遭ってしまったらどうでしょう。閉じ込められてしまったらどれくらいで助けに来てもらえるのですか。
 
久田)状況によっても変わりますがマンションは優先順位がいちばん低いです。病院や市庁舎の方が、優先順位が高い。インターフォンを押して助けが来るのを待つしかありません。
 
西村)ベンチがあるエレベーターもありますよね。その中に水やトイレ用品が備えてある場合も。いざとなったらそこから取り出して使うこともできます。エレベーターによっても変わるので、チェックしておくとひとつの心の安心につながるかもしれません。
 
久田)なるべくエレベーターを使わない選択もあります。トイレに行ってからエレベーターに乗るのも大事です。
 
西村)高い建物のエレベーターに乗るとき、電車に乗る前、トイレに行くタイミングを見逃さないことも大切な備えになります。タワーマンション対策はほかにもありますか。
 
久田)一番怖いのは火災。火災が起きると逃げることしかできなくなってしまう。火災を出さないこと。火災になったらみんなで消火することが重要です。ほとんどの高層マンションには屋内消火栓が設置されています。使い方は書いてあるので確認しておいてください。ちょっとぐらいの火なら自分で消すことができます。まず火を出さないこと。次は隣同士で声を掛け合って安否確認をする。閉じ込められたらバールでこじ開ける。用具が近くにないとできないので、できれば上の階にも救出用や怪我したときの手当の用具を置いて訓練をしておいてほしいです。
 
西村)用具類の設置場所がわからないと困りますね。
 
久田)訓練しなければ忘れてしまいます。避難訓練だけではなく、助ける訓練、火を消す訓練をしっかりやってほしいです。避難は最後の手段になります。
 
西村)避難するだけではなく、火災が起きたときにどう対応すれば良いのか。人任せにしていてはダメですね。
 
久田)誰も来ないと思って自分たちで対応する。いざとなったら助け合いましょうという、普段からの付き合いも重要です。
 
西村)地震のときに火災が起こるきっかけはどんなことが多いのでしょうか。
 
久田)電気機器が多いです。観賞魚の水槽が落ちて、ヒーターがむき出しになって火が出ることも。耐震ブレーカーがついていると良いのですが。長周期の揺れの場合、コンロの使用時にガスが止まらないこともあるので、油がこぼれて火がつくケースもあります。
 
西村)ブレーカーを落とす、コンロの火を消す、コンセントを抜いて出かける、落下防止、家具の固定などまずは自宅の備えから。さらにマンション全体の備えも必要です。マンションに住んでいても一戸建てに住んでいてもコミュニケーションは大切。みんなで助け合うという気持ちを日頃から持って備えておかないといけないと思いました。
きょうは、タワーマンションと首都直下地震と題して、工学院大学 建築学部教授 久田嘉章さんにお話を伺いました。