電話:京都大学防災研究所 地震予知研究センター 教授 橋本学さん
西村)1月22日の未明、日向灘を震源とするマグニチュード6.6の地震が発生。大分市や宮崎県延岡市などで最大震度5強を観測しました。震源の深さは45kmと推定されています。津波は発生しませんでしたが、転倒するなどして、10人以上がけがをしました。この地震で気になったのは、震源地の日向灘が南海トラフ巨大地震の想定震源域の中にあったことです。今後30年以内に70~80%の確率で発生するとされている南海トラフ地震とは関係があるのでしょうか。
きょうは、専門家とオンラインでつないでお話を聞いていきます。京都大学 防災研究所 地震予知研究センター教授 橋本学さんです。
橋本)よろしくお願いいたします。
西村)今回の地震は、九州から中部地方の広い範囲で揺れを観測しました。どんなメカニズムで起きた地震だったのでしょうか。
橋本)この地震は、日向灘から沈み込むフィリピン海プレートの中で、引っ張る力を解消する形で発生した正断層の地震です。
西村)プレートの内部で起こったのですね。日向灘は過去にも地震が発生している場所ですよね。
橋本)活動が活発なところです。
西村)海で起きた地震でしたが津波は起こらなかったですよね。
橋本)プレートのかなり深いところで起きた地震なので、海底に地殻変動が現れないんです。海底で地殻変動が発生しているかもしれないですが、大したことはないので津波は発生しなかったということです。
西村)海溝型の地震でしたがブロック塀が倒れたり水道管が破裂したりと、直下型地震のときのような被害が多かったように感じられました。なぜでしょうか。
橋本)海溝型地震でも地震の揺れが強ければ当然起きること。海溝型でも土砂崩れや揺れの被害は起きます。2003年の十勝沖地震や東日本大震災も同じ。東日本大震災は津波ばかり注目されますが、仙台では宅地被害、福島では土砂崩れなどが起きています。
西村)今回の震源地は、南海トラフ巨大地震の想定震源域でしたが、プレート境界で発生するとされる南海トラフ巨大地震とは異なるという見解を気象庁が示しています。橋本さんは、今回の地震と南海トラフ地震との関連はあると思いますか。
橋本)100%ないといえる知識も情報もないですが、多分ほとんど関係ないと思います。
西村)なぜでしょうか。
橋本)これは基本的にプレート内で起きた地震であって、規模もマグニチュード6.6でそれほど大きくなかった。周囲のひずみの変化も局所的。なので、南海トラフの震源域に与える影響は無視できるぐらいだと思います。関係があるかないかを証明するのは、非常に難しいことです。
西村)関係があるなら急いで備えなければと思いますが、備えはいつでも必要ですよね。
橋本)地震はいつ来るかわかりません。いつでも来いという体制を作っておいてほしいです。建物の耐震性を上げるなど地道な活動するしかないと思います。
西村)部屋の家具固定なども必要ですね。
「南海トラフ地震臨時情報」というものがあります。今回の地震がマグニチュード6.8以上だった場合、気象庁から「南海トラフ地震臨時情報(調査中)」が発表されていたということです。今回の日向灘の地震はマグニチュード6.6だったので発表されませんでしたが、「南海トラフ地震臨時情報」とは、どういうものですか。
橋本)気象庁が異常なひずみの変化を検出したら、気象庁長官が「地震予知情報」を発表して、それを内閣総理大臣が受けて「警戒宣言」を出します。そうなると新幹線をとめて、病院や学校も全部シャットダウンして地震に備える体制になります。東日本大震災の後、南海トラフ地震も巨大地震の可能性があるということで、マグニチュード9の地震に対する被害想定をしました。そのときに東海地震の警戒宣言のシステムを南海トラフの被害想定全域に適用できないかという議論があったのです。私も予測可能性の評価という委員会に参加したのですが、確実な情報は出せないという結論になりました。
西村)なぜですか。
橋本)それは、破壊現象である地震活動は複雑で、何か一つの現象が起きたら必ず地震が起きるという関係性を見つけられないからです。
いろんな場合があるので、確実な情報は出せない。我々研究者の役目は終わったかなと思ったのですが、防災関係者や政治家が何か情報を出してほしいということで、警戒宣言とは別に注意報のような情報として、この臨時情報というのが設けられたのです。
西村)そのような経緯で「南海トラフ地震臨時情報」が設けられたのですね。これは3年前から運用が始まっていますね。
橋本)はい。気象庁で毎月専門家の会議があって、データを見て「異常なし」というメッセージを出しています。マグニチュード6.8以上の地震が起きた場合、委員会が活動を始めるのですが、この活動を始めたという情報が「臨時情報(調査中)」になります。
西村)活動を始めるというのは、対策会議を開くということですか。
橋本)正確には「評価検討委員会」といいます。地震関連のデータを見て評価して、地震の活動が南海トラフの巨大地震の発生に繋がる可能性があるかを評価します。平常と異なるという判断がされると「巨大地震警戒」と「巨大地震注意」にグレードアップされ、この2つの情報が出ると自治体などがすべて動き始めることになります。
西村)「巨大地震警戒」は、マグニチュード8.0以上の地震が発生したと評価した場合、「巨大地震注意」はマグニチュード7.0以上の地震が発生したと評価した場合ということですね。
橋本)今回の地震がプレート境界面上でマグニチュード7.0であれば、「巨大地震注意」の状況になっていたと思います。今回はマグニチュード6.6でプレート内なので、評価検討委員会を開く必要性はないということに。今回の地震が6.8だった場合は、委員会が開かれたと思います。
西村)「南海トラフ地震臨時情報(調査中)」という情報が、私たちに届くのですね。
橋本)はい。届いて検討した結果、これは南海トラフとは関係ないから、「調査終了」という4つ目のカテゴリーになって終了という形になったのではないかと。
西村)調査終了の知らせが届いて、「巨大地震警戒」「巨大地震注意」のいずれにも当てはまらないと報告が来る。この流れが「南海トラフ地震臨時情報」なんですね。3年前から運用が始まっていますが、これまで一度も発表がされたことがなかったので私たちメディア側もまだよく理解していませんでした。今のお話を聞いてわかりました。
橋本)ところが大事なことがあります。裏を返せば突発的に地震が起きる可能性が高いということです。
西村)突発的に起きるというのは、どのような状況ですか、
橋本)臨時情報も何も出ずに、マグニチュード8や9の地震が起きるということです。
西村)南海トラフ地震が実際に起きてしまうということですね...。
橋本)臨時情報の中に「巨大地震警戒」というものがありますが、これはマグニチュード8の地震が起きている状況です。過去の南海トラフの地震活動の歴史を見ると、短い間隔で南海地震と東海地震が発生している時例があります。それを考えて、「巨大地震警戒」が設けられています。マグニチュード8が起きた震源域は、大きな被害が出ているはずで、まだ地震が起きていない側も津波注意報・警報が出ているはず。そういう状況で「巨大地震警戒」という情報が流れるということです。非常に想像しづらく、対策もしづらいところはあるんですけど。
西村)南海トラフ地震が東西どちらかで起きた場合に、残りの地域でも時間差で地震が起こるケースが多いといわれているから、「南海トラフ地震臨時情報」が出る。でもそうではないことが起きるかもしれないと。
橋本)多分その確率の方が高いのではないかと思っています。
西村)いつどこで起こるかわからないから、このような情報を頼りにするのも大事ですが、私たちが常に備えておかないといけないということですね。
橋本)事前に情報が出ることなく、地震が発生する可能性は十分あるということを認識しておいてほしいです。事前に予告があるだろうという受身な体勢でいると一番危険だと思います。
西村)心に留めておきたいと思います。
「南海トラフ地震臨時情報」が出される条件についてですが、プレート境界で通常と異なる「ゆっくりすべり」が発生している可能性がある場合、とありますが、この「ゆっくりすべり」とはどんな現象ですか。
橋本)これも地震の一種。地震は瞬間的にパキッと岩石がずれるのですが、「ゆっくりすべり」は、数日か数年かけてゆっくりとプレート境界がずれるという現象。地震動はほとんど発生しません。
西村)私たちは揺れを感じないということですか。
橋本)感じないです。専門家しか気づかない現象です。
西村)大きな揺れを感じたら避難するものと思っていますが、そうではないこともあるのですね。「ゆっくりすべり」が起きると、揺れを感じないのに、「南海トラフ地震臨時情報」が出されることもありますよね。そうすると、揺れが起こっていないから「この情報は間違いでは?」「避難しなくてもいい」と思ってしまう人もいるのではないでしょうか。
橋本)実はそういうことを想定して、シミュレーションのワークショップをやったことがあります。一般の人や防災関係者、企業などに参加してもらったのですが、みなさんどうしたらいいかわからなかった。基本的な身の回りのチェックや家族の連絡先の確認、企業はそのそれぞれの持ち場のシステムの確認、意識確認はしましたが、とにかく揺れてないから対策が難しいということを実感しました。
西村)「ゆっくりすべり」が起きてから大きな揺れが起こることもあるのですか。
橋本)今、正確なデータは出てこないのですが、シミュレーションモデルではそういうことが起きることもあるといわれています。「ゆっくりすべり」が止まって何も起こらなかったというケースも。確実なことは何も言えない状況です。地震は、破壊現象なのでしかたないところがあります。
西村)今までの事例だけで判断してはいけないということを改めて感じました。最後に橋本さん、「南海トラフ地震臨時情報」が発表されたとき、私たちはこの情報をどのように受け取って行動したら良いですか。
橋本)難しいですね。できることは、身の回りの確認や家族の連絡先の確認。自分でできることは自分で考えてやるしかありません。
西村)いざとなったらパニックになると思うので、やはり日頃からシミュレーションしておくことが大事ですね。
橋本)特に津波の被災の可能性が高い地域は、避難場所、避難ルートの確認は最低限必要。土砂災害の危険性がある地域は、夜寝る場所を変えるとか。さまざまな想定をして考えておくべきだと思います。
西村)「南海トラフ地震臨時情報」が出されないまま、大きな地震が来る可能性もあるという話でした。最近、各地で地震が起きていますが、南海トラフ地震の想定域ではない地域のみなさんも備えなければいけない、ということでしょうか。
橋本)当然です。我々の大きな反省点は阪神・淡路大震災の前に、日本中が東海地震に集中していたことです。今、南海地震ばかり注目されていますが、それぞれの地域に危険な活断層があるので警戒は怠ってはいけないと思います。
西村)南海トラフの被害が想定されている地域ではないから大丈夫だろう、ではないのですね。常日頃から、身近な人たち、大切な人たちと地震の話や災害の備えに関する話を自然な形でできると良いですよね。
きょうは、京都大学 防災研究所地震予知研究センター 教授の橋本学さんにお話を伺いました。