オンライン:熊本県立大学 特別教授 島谷幸宏さん
西村)相次ぐ台風や豪雨被害に対して、今、「流域治水」という考え方が注目されています。これは堤防などで川の水を制御するだけでなく、あえて溢れさせる場所を地域で作り、被害を抑えようという取り組みです。気候変動により雨の降り方が変化する中、流域治水の必要性を訴える熊本県立大学 特別教授 島谷幸宏さんにお話を聞きます。
島谷)よろしくお願いします。
西村)領域治水とは、どういうものですか。
島谷)これまでの治水は、川に集まった水をどう処理するかというもの。気候変動の影響で洪水の量が増え、堤防やダムだけでは治水ができなくなってきたので、2年前に国土交通省が新たな政策として、流域全体で治水を行う流域治水という政策を発表しました。地域全体で治水をするという試みです。
西村)国土交通省は、今までダム作りを進めている印象があったので、大きな方向転換に驚きました。
島谷)10年以上前に、滋賀県が流域治水をはじめました。
西村)滋賀県はどのようなきっかけではじめたのでしょうか。
島谷)当時の知事が中心になり、流域全体で新しい治水を提唱して、行政の政策として進められたことがきっかけです。そのような地方政策を国でもやろうと、2年前に流域治水に方向転換がされたのです。
西村)流域治水のポイントは、降った雨や出てくる水の量を減らす「流出の抑制」。これはどのような対策をしているのでしょうか。
島谷)雨が降ると、山や田、街や道路などそれぞれの場所から水が出てくるので、それぞれの場所で、水の流出を減らす対策をします。田んぼでは、畔の余裕がある空間を使って水をためる「田んぼダム」という方法があります。住宅では、通常は降った雨が樋を伝わって下水道や側溝に流れて、下流に水が流れていくのですが、その水を庭に導いて、浸透させたり貯めたりしながらゆっくり流すという「雨庭」という方法もあります。それぞれの土地に対して、流出を減らす対策を研究・実施しています。
西村)田んぼダムという言葉は、はじめて聞きました。日本のどの地域で実施されているのでしょうか。
島谷)もともと洪水時の雨量がそこまで多くはない新潟県や東北で実施していた方法です。西日本では、500mm以上の雨が降るので、西日本での田んぼダム対策が研究されています。
西村)西日本では、田んぼダムを進めている自治体は少ないのですか。
島谷)今年、水害の多い佐賀県、福岡県、熊本県で一斉にはじまりした。
西村)今回の台風14号でも大きな被害がありました。田んぼダムは、降ってきた雨をどのように貯めるのでしょうか。
島谷)田んぼに雨が降ると、溝から降った雨がほぼ同時に出ていってしまいます。溝の広さは、田んぼの面積によって異なるのですが、約30~40cmの幅があります。その出口から水が出ないように、溝を小さくしたり、V字型のスリットを入れたりして、一気に水が出ないようにします。
西村)田んぼに手を加えないといけないと思うのですが、それは誰がやるのですか。
島谷)農家や農業組合がやっています。
西村)田んぼの所有者の承諾が得られないと田んぼダムは広まらないということですね。もしわたしが農家だったら、米に影響があるのでは?と心配になります。
島谷)先日、福岡・久留米の農家に、田んぼダムの工事を見に行ったんです。補助金をもらって、石板を入れる業者を自ら発注していました。話を聞いたところ、稲は1mぐらいの高さになるので悪影響はないとのこと。降った雨は早く引くので、田んぼに水がたまっている時間は1~2日。稲の種類や成長によっては、影響が出るかもしれませんが、今のところ大きな問題はないと言っていました。熊本でも稲に対する被害は今のところは聞いていません。
西村)補助金は、どこから出るのですか。
島谷)農林水産省から補助金が出ます。個人がもらえるお金ではなく、団体・農業組合などにおりて、そこから使う仕組み。雨を貯めるためには、畔を春先にキレイに整備する事が必要。出口に板を入れる作業も必要です。
西村)「大変そうだからやめておこう...」という、反対派の意見はありましたか。
島谷)維持管理が大変、作業が増える、出口にゴミが引っかかる、稲に被害が出る...など心配する人はいるようです。熊本県では、2年前の球磨川の水害を期に田んぼダムを導入したのですが、なかなか広まらないので、説明会のための予算を取ろうとしています。農業関係の人たちの理解をどう得ていくかが課題。田んぼダムをやることによってプラスになることがなければ、広まらないと思っています。
西村)話し合って分かり合わないと進まないですよね。農林水産省からの補助金も大きなポイントですね。氾濫した場合の被害はどのように減らすのでしょうか。
島谷)江戸時代までは河川が氾濫したあとの対策を考えながら治水が行われていたんです。例えば住宅の周りの道路を少し高くして、田んぼは浸かっても、家は浸からないようにしたり、周りに木をたくさん植えて、水が増えてきたときの流れを遅くしたり。堤防を不連続な形にして、一部の水を田んぼに溢れさせて住宅地を守る「霞堤」という方法もあります。そのような方法をもう1度見直しながら、今の時代にふさわしい治水をしようと検討されています。
西村)霞堤というのは、周辺の田畑に雨水を流していくのですね。
島谷)堤防に切れ目が入っていて、そこから水があふれ出します。その水を田んぼの中に引き込んで逆流させるんです。洪水の水は上流からすごい勢いで流れてきて被害が出るのですが、逆流させて、下流の方からゆっくり氾濫させると下流の被害を軽減させることができます。農作物にほとんど被害はでません。昔は、そこに土を落として肥沃な土地を作るということも併せて、霞堤を作っていました。
西村)下流の人や田畑を守るために、上流の人が犠牲になるのでは?納得いかないという声も上がりそう。
島谷)元々は、農地に洪水を上手に導いて、土地を豊かにするためにも作られていました。堤防に切れ目があると、支流から水が入ってきたときの水はけがよくなるなどのプラスの面もありました。ただ、国土が都市化してくると、少しでも溢れると住宅に被害が出る。氾濫する場所の土地利用をコントロールして、なるべく住まないようにするなど、上手に地球温暖化、気候変動の時代に備えた治水に変えていくことが必要です。昔の方法を学びながら、みんなが平等になる世界をどのようにつくるのかが流域治水のポイントです。
西村)霞堤の対策は、どこかで成功しているのでしょうか。
島谷)滋賀県の霞堤では、今年の洪水でも水が溢れて、効果を発揮したと専門家の間で言われています。都市部にはほとんど霞堤は残っていません。
西村)都市部の対策はどのようにしたら良いのでしょう。
島谷)都市部は流出抑制。氾濫したときの流出を減らすことが一番です。都市化前と後では、約3倍洪水流量が増えると言われています。なぜかというと、家や道路が全部コンクリートで覆われていて、降った雨の行き場がどこにもないからです。それを少しでも元に戻すことで、洪水がすごく減ります。都市部では「グリーンインフラっ」といって、なるべく緑を増やして、土の中に水を浸透させ、洪水を減らす方法が潮流となっています。
西村)大阪市でも地下に大きな貯水施設を作るなど、さまざまな対策が行われているところです。都市部と地方では対策も変わってくる。住人の思いもしっかりと聞いて、話し合って対策を進めていくことが大事だと思います。
島谷)気候変動の影響で洪水が増えてきています。みなさん、ぜひ、住んでいる地域のハザードマップを確認しておいてください。
西村)きょうは、流域治水について、熊本県立大学 特別教授 島谷幸宏さんにお話を伺いました。