オンライン:京都大学 防災研究所 教授 矢守克也さん
西村)地震や台風による豪雨など自然災害が多い災害大国日本。災害への備えや早めの避難が推奨されながらも、残念ながら犠牲になる人は後を絶ちません。そして、災害で犠牲になりやすいのは高齢者。足腰が弱く避難が遅れる、備えが足りないなど、理由はさまざまです。
きょうは、高齢者を災害から守るための取り組み「避難スイッチ」を提唱している京都大学 防災研究所 教授の矢守克也さんに高齢者を災害から守る方法についてお聞きします。
矢守)よろしくお願いします。
西村)大きな災害では、なぜ高齢者が犠牲になってしまうのでしょうか。なんとかして守ることはできないのでしょうか。
矢守)高齢者、要支援者、避難困難者は、避難が困難である以前に、避難訓練に参加することが困難です。体が弱っている高齢者にとって、高台の小学校まで20分歩いて避難することは、大げさに言うと、月旅行するくらい大変なこと。このような人たちにこそ、避難訓練に参加してほしい。参加しやすい工夫する必要があります。
西村)避難訓練の場所や内容など考えるべきことがたくさんありますね。矢守さんの専門は防災心理学。大きな災害のときに、畑や川を見に行って豪雨の犠牲になる高齢者が多いですよね。これは心理学的な理由はあるのでしょうか。
矢守)「危ないとわかっているのに、なぜ見に行ってしまうのだろう」と思いますが、高齢者はその土地での暮らしが長いので、いろいろな思い入れがあります。1年間かけて毎日、畑や田んぼを耕してきたのに、災害によって、一瞬で苦労が水の泡になってしまう。田んぼや用水路を見に行きたくなるし、ちょっとでも水につからない工夫をしたいと思うでしょう。漁師さんにとっては、船が財産という人も。単に遊び半分や怖いもの見たさで田んぼや海を見に行くわけではない、ということも理解しないといけないと思います。
西村)少しでも被害を防ぎたいという気持ちもわかります。
矢守)安全なうちに事前に対応することが一番ですが、誰だって自分の子どもが危機にさらされたら、危険を顧みずに見に行ってしまいますよね。そのような気持ちも理解してあげないと対策も立てられない。
西村)怒るのではなく、「気持ちもわかるけど、今行ったら危ないから家にいようね」と早め早めに声掛けをすることが大切ですね。
矢守)「それだけ大事なら事前に準備や対策をしよう」と早めに声を掛けてあげることは有効です。
西村)そんな中で、矢守さんが推奨している「避難スイッチ」とは、どういうものなのでしょうか。
矢守)快適な自宅から離れてしんどそうな避難所に行くことは、高齢者に限らず、誰にとってもしたくないこと。でも避難しなければならないときがあります。重い腰を上げるための仕掛けを事前に施しておかなければなりません。自分にとっての避難のきっかけや情報を「避難スイッチ」として決めておくことを推奨しています。
西村)若い人は、ラジオやテレビからの情報や防災無線を聞いてすぐ避難行動ができますが、高齢者は、さっと動くことが難しい人もいますよね。
矢守)「危ないとわかっているのに、なぜ逃げないのだろう」と思いますが、高齢者特有の事情も理解しなければなりません。「足腰が弱っていて、自宅には手すりがあるから移動できるけど、避難所では難しい」「自宅には、毎日3回飲む薬をセットしているからきちんと薬を飲めるけど、避難所では大丈夫かな...」とか。自宅だからなんとかやっていくことができている高齢者も多いのです。
西村)祖母は99歳で、ほとんどベッドで寝たきりの生活をしています。避難所に移動するとなると、坂の多い地域なので大変です。住み慣れた家を離れて、小学校の体育館の硬い地面で寝ると思うと...。そんなおじいちゃん、おばあちゃんの避難スイッチを押すには、どうしたら良いのでしょう。
矢守)避難スイッチは、入念に二重三重に工夫しておかないと、特に高齢者の腰を上げることは難しいです。最低で3つくらい種類の異なるスイッチを用意しておきましょう。
1つ目は情報。テレビやラジオ、インターネットから得られる気象情報や避難情報です。
2つ目は雨の音、風の音、臭いなど自分の体感でキャッチできる身の回りの異変。
3つ目は声かけをし合うこと。これは、自分のスイッチでもあり、自分が他の人のスイッチになるという意味で大事なこと。隣に一人暮らししている高齢者がいたら、自分たちが避難をするときに「一緒に逃げよう」と声をかけてあげましょう。
「情報」「身の回りの異変」「人間同士の声かけ」この3つで人は動くことができると思います。1つだけだとなかなか人は動かないと思います。
西村)トリプルの避難スイッチ、大切ですね。停電してしまうとテレビやスマートフォンを操作することができないので、電池をストックしておいてラジオを聞けるようにしておくことも大切。目や耳が不自由な高齢者など、体の感覚が鈍っている人もいることを忘れてはいけません。
矢守)感覚の衰えは誰にでもあること。それを補うためにも「周囲の人からの声かけ」は大事です。
西村)私たちができるのは「周囲の人からの声かけ」。自分の家族には連絡したり、家に行ったりすることができますが、近所の人の場合、日ごろから関係を築けていない人や、人付き合いが苦手な人もいます。家から出ることが億劫でこもりがちの人も。そんな人も1人残らず救うには、どうしたら良いのでしょうか。
矢守)危険が迫っているというときにどうするかはなかなか難しい問題。危険が迫っているときは、日ごろのお付き合いは無視して、玄関をドンドンとたたいてあげると思います。近所付き合いがなくても、おばあちゃんなら、週に1度、デイサービスの施設に出かけているとか、病院に薬を取りに行っているとか、外の世界との繋がりを持っている人も多いと思います。
西村)わたしは、整骨院に通っているのですが、毎週同じ時間に顔を合わせるおじいちゃんやおばあちゃんがいます。
矢守)これは、防災業界でも非常に重視されている問題。高齢者は、何らかの福祉サービスや健康を維持するための活動やネットワークを持っています。そのネットワークから防災にもアプローチをすること。デイサービスに来ているおばあちゃんを災害時の避難所である学校や福祉避難所に連れていってあげるなど、福祉の担当者がお試しで避難をさせてあげると、その人に対する目線も増えます。福祉避難所に1度でも行ったら、施設にもおばあちゃんの存在が目に見えてきます。そのような形で、日ごろから少しずつ近所やネットワークで高齢者に対する目を増やして避難の準備をしていくことが大事です。
西村)このような活動は実践しているのでしょうか。
矢守)さまざまな地域で実践しています。防災は消防の仕事というイメージがあるかもしれませんが、防災イコール福祉。実際に被害にあう人は、高齢者や障害者、つまり日ごろから何らかの福祉的サービスを受けている人が多い。日ごろからそのような人々に対してどれだけ周りがサポートできるか。日ごろの福祉サービスの中で、実際に避難場所に行く機会を作っておく。福祉と防災が重なり合う活動をすることがこれからすごく大事になります。
西村)日ごろから慣れ親しんだ人たちと一緒に避難する練習をすることが、高齢者にとっても安心に繋がりそうですね。
矢守)高齢者は、どれだけ元気な状態をキープできるかが大事。元気なら本人も楽しいし、周りもハッピーです。これは、防災上でも大事なことなんです。1人でも多くの人が自分で歩くことができるというのは、お金をかけて作る災害情報システムや堤防などに匹敵するぐらいの防災力を持っています。歩けない人がいると、その人の命を守るためにいろいろな努力必要になりますよね。ご本人だって不安です。でも歩けさえすれば自分で避難できます。防災イコール福祉をさらに一歩進めると、防災イコール健康とも言えます。健康を維持するために社会みんなで頑張ることが、そのまま防災力をキープすることに繋がると思います。
西村)このお話をしっかりリスナーの皆さんと一緒に考え、そして私も家族と一緒に考えて実践していきたいと思います。
きょうは、京都大学 防災研究所 教授の矢守克也さんにお話を聞きました。