第1227回「長引く自粛生活で生じる心の問題」
電話:筑波大学 准教授 高橋晶さん

千葉)新型コロナウイルスの感染拡大にともなって4月7日に政府が出した緊急事態宣言は、当初5月6日までの1ヵ月の予定でしたが、今月31日まで延長されることになりました。
新川)自粛生活がつづく中、強い不安やストレスを感じているというという方も多いと思います。
千葉)きょうは、災害精神医学がご専門の筑波大学准教授の高橋晶さんに電話でお話を聞きます。高橋さんはこれまで、災害が起きた時の心のケアに携わってこられたとのことですが、災害時の心の問題と、今回のコロナウイルスで起きる心の問題は、共通点がありますか?
  
高橋)その点はすごく大事なところだと思っています。今まで阪神・淡路大震災や東日本大震災など、日本はかなり多くの災害がありましたけれども、例えば今回、それぞれのご家庭がひとつの、最小単位の避難所だと考えると、まさに避難所で起きているようなことが各家庭で起きているということがあると思うんですね。
その意味からすると、まさに今、各家庭で外になかなか出られない状況の中で、さまざまなストレスがかかってきていて、対人的な問題も含めて、非常に似通っている部分があるのではと思っています。

 
千葉)家が小さな避難所、避難所の中で起きることが家庭の中で起きているということが考えられるわけですね?
 
高橋)そうですね。避難所というのは、プライバシーがなかったり、普段と違う環境の中でかなりのストレスを抱えながら生きていかないといけないというところ。
例えば、最近ですと、家庭内でちょっと攻撃的になったり暴力的になったりしてしまうようなこともあると聞きますが、ストレスのはけ口がどうしても弱い方にいってしまうということも含めると、すごく似通っているところがあるのではと思っています。

 
千葉)具体的に聞いていきますが、新型コロナウイルスの収束が見えない中で、今、人々の心にはどんな影響が出ているのでしょうか?
 
高橋)これは1月とか2月からずっと継続している問題ですが、最初は日本全体としてちょっと楽観的なところがあったと思うんですね。クルーズ船の対応をしている時は、日本にはなかなか広がらないんじゃないかというところがあったんですが、それから急速に世界中に広がって、日本にも急速に広がって、シナリオが前よりどんどん悪くなっているということが、非常に大きく影響している思います。
最初から「これはとんでもないことだ」と思っていたら、もう少し最初からみんな気を引き締めてやっていたところがあるのですが、だんだん悪いニュースが来て、どんどん悪い状況になっていくというのが、精神的にはすごくストレスがかかりやすいと思うんですね。
見立て、予測が最初と比べるとズレてきてしまったということがあります。
その結果、やはり人間の心理として恐怖がより大きくなると。
ダメージ、不安が累積して重なってきている状況だと思います。

  
千葉)どんどん落ち込んでいくという気分になりますもんね。
 
高橋)そうですね。例えばいろんな不安があって、「感染しちゃうんじゃないか」とか、「ひょっとしたら自分がうつしてしまうんじゃないか」とか、あとは経済の問題とか、さまざまな不安だらけの現状です。
普段ですと、不安を感じるというのは、人間が生きる意味ではすごく大事な機能なんですね。
不安を持ちながら、新たな恐怖に立ち向かっていくという人間の心のメカニズムがあるのですが、今はアラームが鳴り続けている。そういう非常につらい状況なんだと思います。

 
新川)不安を感じること自体は、正常な反応なんですね?
 
高橋)そうですね。不安を感じて、「これは危ない」と思うから、人間は動物としてこれだけ長く生きてこられているという意味では、すごく大事な機能、正常な反応だと思います。
 
千葉)でも、ずっと続いているとやっぱりイライラしてきますもんね。
 
高橋)そうですね、朝起きて1回アラームが鳴ってというのならピクッと起きますが、全然予想していない時に心のアラームが鳴ってしまったりしたら、やっぱりちょっと恐いと思うんです。
そういう状態がずっとあると、また、予期不安という「あの不安が襲ってくるかもしれない」という漠然とした不安が常につきまとうようになることですが、そういったことに常に向かい合わないといけない。
「また不安になっちゃうんじゃないか」とか、そういったことに常に向かい合わないといけない。とてもつらいと思います。

 
新川)そんな中で、外にも出られなくてずっと家の中にいるというのは、やはりストレスが溜まりますよね。
 
高橋)そうですね。今までは、人と会って、人とお話してストレスを解消しましょうというのが主なコミュニケーションのやり方だったんですが、それが、今はむしろ、人と身体的には接触しないでとか、距離をあけましょうとか、今までの考えとは全く違うコミュニケーション方法を求められています。
外に出るな、会うな、みたいなことですね。
なかなか、そういった言われたことのないことに、急速に人は適応できないと思うんです。なので辛くなる。
ただ、人間というのはいろんな環境に適応していく能力はあるので、徐々には適応できることがあると思っています。

 
千葉)じゃあ、今、私がストレスを感じたりイライラしていることは、別におかしなことではないんですか?
 
高橋)全くおかしいことではないですね。
「異常な事態における正常な反応」という言い方をするのですが、あくまで今が異常な状態ですよね。
感染症がまん延するという異常な事態なので、そこで出てくる、本当に普通の正常な反応で、病気とかそういうことでは全くないということです。

 
千葉)でも、こういった精神的な不安感やダメージが、どんな問題を引き起こすことになるのですか?
 
高橋)どんな人でも不安になると、恐怖に打ち勝とうとして、場合によっては攻撃ということが出てきてしまう。例えば、自分より弱い対象に攻撃することによって、自分の中の不安を解消することもあるでしょう。。最初のころは結構、怒りとかイライラなんかが表に出ると思います。
そこで家庭内でぶつかり合うということも出てきてしまいますし、今ですと自粛を強く要請するということで、本当に我慢している方もいっぱいいるので、我慢している方からすると、ちょっと自由な行動を見るとそれに対して攻撃的になってしまう、なんていうことにもつながってきていると思います。

 
千葉)インターネット上でよく「自粛警察」なんて言われています。他の人の行動を監視する...
 
高橋)それも本当にそういった行動のひとつになると思います。
一生懸命、自粛されている方からすると、自分が我慢しているのにどうしてそんなことをするんだというのは、やっぱり、怒りに変わるわけです。
今、インターネットだと特に匿名で、そういった方を攻撃することもありますし、あとは張り紙をそういった場所に置いたり...。する側は正しいことをしていると悪気はないとは思うのですが、ただやはりみんながみんなを監視するようなことも出てきます。そういった心理も理解できる部分はありますが、やはり、みんなギリギリのところでやっているところで、出来る限りお互いがお互いを建設的なよりよい対応していけばいいのですが、どうしても、今、そういった形で問題が出てきてしまっています。

 
千葉)そういったものは、自分自身の不安感から生まれ出ているものなんですね?
 
高橋)そうですね。不安感や、ある意味、絶望感とか、抑うつとか、いろんなものが自分の中に出てきて、それをうまく解消できない時には、外に解消法を求めるということが、一般的にはあると思います。
 
新川)あと気になるのが、ずっと家にいることで、お酒の量が増えている方が多いのではと思います。
千葉)それは私も、はっきりと増えています。
新川)このあたりは、心の問題と関係してくるのでしょうか。
 
高橋)お酒というのは、普段、お仕事が終わってちょっとリラックスして夕食から飲むということがありますが、例えばそれが今、昼からあるべき仕事がなくなっちゃたりとかすると、することがないなという時に飲んでしまうことがあり、習慣化することがあります。
あとはイライラしたり眠れない時に、いちばん手軽に手に入るものとしてお酒があります。
飲んでいる時は気分がちょっと楽になると思うんですね。
ただお酒もすぐ醒めますから、そうするとまた不安なところに戻ってきてしまう。
そうするとまた飲みたくなるというくり返しで、眠れない方なんかでもお酒の量が増えて、朝起きるとだるいんですよね。それによって、うつっぽくなってしまう人も実際にいます。

 
千葉)あきらかに今、アルコールの量が増えているなと思っているんですが、やっぱりそれも不安感からですね。
 
高橋)そうですね。不安感をみんな一生懸命、自分なりに解消しようと思って、がんばっている姿勢の表れなんだと思うんですけどね。
ただやはり、お酒の場合は依存になる。一杯が二杯、二杯が三杯という風に酔える量が増えていってしまうところがあるので、ちょっと怖いところもあります。
東日本大震災の時も、同じように、普段お酒を飲まない方々の、そして普段からお酒を飲む人のお酒の量が増えてしまったということも実際にあったと聞いています。

 
新川)適度に解消する方法があればいいなと思いますが、今、挙げていただいたような心の問題というのは、どうやって解消や予防をしたらいいのかというところが一番気になります。
千葉)そうですね、教えてもらえますか?
 
高橋)はい。これ、答えは決してひとつではないと思うのですが、私が考えている中ですと、ひとつはどのように今の状況を受け止めるかということ。
例えば、今のコロナの問題を短距離走だと思うと息切れしてしまう。
これはもう長距離走、マラソンだという風にちょっと心の中でシフトチェンジをして、これは長めに付き合わなきゃいけないという風にちょっとこころのポジションを変えないと、ずっと短距離走のスピードで長距離を走っているとバテてしまうと思うんですね。

  
千葉)マラソンもしんどいですけどね・・・
 
高橋)そうですね...。
例えばこれ、先が見えるようなことがわかっていると、ある程度人って耐えられるんです。
いつ終わるかわからないものに対して、ずっと向き合っていると疲れちゃうので、ちょっと自分の心を変えて、むしろ休みながらでもとにかく最後にゴールまでたどり着くように、「長距離走だ」という風にやっていく。
今、目の前のことを頑張りすぎると疲れてしまうので、「ちょっと休みながら」ということは必要だと思います。

  
千葉)マラソンといってもずっと走り続けるんじゃなくて、ところどころ休みながら、歩きながら、自分のペースで歩いていけばいいというマラソンなんですね。
 
高橋)おっしゃる通りだと思います。
 
新川)その休みながらの方法ですが、実際に日々どうやって過ごすとストレスが解消されるのか...例えば私はスーパー銭湯に行くことが好きなんですが、今は閉鎖されてしまっている。
普段やっているストレス解消方法ができないということがありますが、例えばどんなことをして過ごすと、心の安静が保てるのでしょうか。
 
高橋)ひとつは、普段、自分がやっていたものに近いことを行うということ。
先ほどのスーパー銭湯だったら、おそらくそこの雰囲気だったり、お湯につかってあたたかかったり...。
不安や緊張によって、体が冷えてしまったり、体の動きが硬くなったりしますが、温泉に行くと、少しゆったりした気持ちになりますよね。体も心もほぐれる。
そういったものが自分に合っているのであれば、近いこと、例えば、ストレッチとか、乾布摩擦みたいに自分の皮膚を刺激してあげるとか、そういったこともあるでしょう。
あとは、いろんな情報、悲惨なニュースが今、朝から晩までずっと流れていて、それをずっと聞き続けることもできるのですが、逆に「一日のうち、このニュースだけ聞いて、あとは極力聞かないようにする」という風に、怖い刺激を入れないということも一つあると思います。
要するに、食べ物とか飲み物でもそうですけど、ずっと取り続けていると、お腹とか心もいっぱいになってしまう。刺激的なニュースが多いので、それを聞いていると、どうしても心がすり減ってきてしまうんですね。
心も消耗品だと思って、メンテナンスをうまくしてあげるということも大事です。

 
新川)意識して情報から離れる時間をつくるということですか?
 
高橋)そうですね、それは多分、自分自身で選ぶことができると思うんです。
この時間にそれを聞くということもできるし、あえて今は聞かないということも自分で選べるんです。
例えば、東日本大震災の時もほとんどの番組が津波の情報をやっていましたが、ひとつのチャンネルだけアニメを流していた。それを見ているとちょっとだけほっとして落ち着くなあということがあったり...。
選ぼうと思えば自分で選べると思います。情報を選ぶ主体は自分ということです。

 
高橋)あとは、体を保つということ。
心を保つというのは、体を保つということとすごく近い。
心を鍛えようとか整えようと思ってもなかなか難しいので、例えば、体を保つという意味で、栄養と睡眠と、あとストレッチとかそういったものを使う。
人間には、心の中にレジリエンスという強いバネがあります。
それを使って、心を保つということができるのではないかと思います。

 
千葉)栄養と睡眠と適度な運動...普段、体にいいと言われていることをすればいいんですね。
  
高橋)そうですね。普段より、より戦略的に、例えば眠ることにしても、普段より早めに寝てしまうとか、ちょっと朝型にしてみるとか。
あとは、体を作っているタンパク質などの栄養をしっかり取るように心がけるとか。
また、運動できないと便秘気味になるので、きちんと食物繊維などを意識的に取るとか、そういうこともできると思います。

 
新川)家でどう過ごしたらよいのか...何かおすすめの過ごし方ってありますか?
  
高橋)おそらくずっと緊張している状態というのは、すごくつらい。
やはり心に栄養、サプリということからすると、自分自身にごほうびタイムとか、サプライズとか他の方に対しても行うのはどうでしょう。今、通信販売などでいろんなサービスがありますので、自分にごほうびを買ってあげたりすることも大事です。他の方に対しても、そうです。
あとは昔、やっていたこと。例えば、小さいころ笛をやっていたけど久々にやってみようかなとか、そういうことでもいいと思います。昔、バイオリンやっていたなとか、絵なんかも好きだったな、ちょっと描いてみようとか。ちょっと楽しいなというのがあるといいと思います。

 
新川)そういった創作活動をすると、ちょっと没頭できそうですよね。
 
高橋)そうですね。おそらくその間は、嫌なことをちょっと忘れていると思います。
「マインドフルネス」と言って、茶道とか華道、写経とかもそうかもしれませんが、そこに集中している時はそのことばかりを考えているので、不安なことがちょっと消えるんですよね。不安がその間どこかにいっているんですね。
1日のうち、5分でも10分でも自分の中で不安がない時間をつくる、自分自身をうまく律することができるという時間ができると思います。
粘土とか買ってきて少し土に触れる。
どうしてもインターネットでキーボードばかり叩いていると実際の手の感覚(ぬくもりとか冷たさとか)を忘れてしまうようなこともあるので...

 
新川)有機物に触れる、みたいなことですかね?
  
高橋)そうですね。土をこねたりすると、なんか、生きている感覚が少しつかめるようなこともあるのではないかなと思います。
 
千葉)なんか、ごほうびタイムとかサプライズとかいう言葉を聞くと、少し明るくなれる気がしますが...
心の問題が深刻になってしまいそうな人に対して、まわりが気づいてあげられることとか、できることはありますか?
 
高橋)やはり、まわりの方のサポートはすごく大きいと思います。
普段、仲良くしている方であれば、その人が具合が悪いのが多分すぐにわかると思うんですね。
例えば行動面、お酒やタバコが増えているようなことがあったら、「ちょっと減らした方が...」と言ってあげるとか。
あと、普段早起きの人が、朝起きられなくなったりした方なんかがいたり、普段だったらこんな事で文句を言わないような人が怒っているとすると、やはり何らかのストレスがかかっているので、そういった時にはちょっと声かけをする。「何かあったの?」みたいに言うと、「実は...」と伝えてもらえることもあると思います。

 
千葉)声をかけたらケンカになっちゃったりして、怖いということはありませんか?大丈夫ですか?
 
高橋)おそらく元々、いい関係性がある同士なら大丈夫だと思うんですね。
もちろん、イライラしているので、ガーっと大声でいろいろと言ってしまうこともありますが、ある程度ガス抜きをさせてあげることも大事なのかなという気がします。

 
千葉)やっぱりコミュニケーションとった方がいいんですね。
 
高橋)そうですね。日本だとよく自殺の問題とかもありますが、やはり孤独になってしまうところからそういう方向に進むと言われているので、なんとかお互いを「孤独にしない、させない」というところは大きいです。
どうしても、孤独になってしまうと、極端な思考になってしまうことがあるので、そうならないようにサポートすることは大事だと思います。

 
新川)自殺というショッキングな言葉が出ましたが、災害の時にも将来を悲観して...ということがありました。今回のコロナの問題でも、長い時間がかかってくるとそういったことも、今後、心配されますか?
 
高橋)そうですね。やはり、過去のバブルがはじけた時とか、大きな災害の後というのは、どうしても経済の問題とか、いろんなもの、いろんな人を失うという喪失から、多くの人が非常に傷つきます。
ひとつの問題だけならまだしも、二つ、三つ、四つといくつもの問題が一気にふりかかってくると、どんな方でも心が折れてしまうということはあります。
そういったところからすると、これからコロナに関連して何か問題が起こってくるというのは、心配に思っているところはあります。

 
新川)今、自治体なども心のケアの相談窓口を設けています。そういったものも活用すべきですよね。
 
高橋)そうですね。最近ですと、それぞれ都道府県や市町村でそういったサービスをしています。
相談してみるということは、大事な援助希求と言いますか、自分が援助を求めるということは決して恥ずかしいことではないので、しっかり援助を求めてほしいと思います。

 
千葉)やっぱり助けを求めていくということが大切なんですね。
 
高橋)そうですね。日本は、災害と共に生きてきた国民であるというのは、歴史が物語っています。
その中でなんとかお互い支え合いながら、ここまでがんばって生きてきているというところはあるので、上手に助けを求めることができるといいんじゃないかなと思っています。

 
千葉)この感染症は長引いていますが、収束はしていくんですよね?
  
高橋)いつか必ず収束するというのは、今までの歴史が教えてくれていると思います。
意外と長引くことはありますが、それでも必ずいつかは収束する。
以前フランスの首相が「これはウイルスとの戦争だ」と言っていましたが、最近ですと、イタリアの首相は「ウイルスとの共存の時代がきた」という風に言っています。
完全に新型コロナウイルスがゼロになるというのは、まだまだ先の話かもしれませんが、うまく生活と対応・適応しながらやっていくことは十分できると思っています。

  
新川)いつか、マラソンもゴールがあると思って、私たちは過ごさないといけないですね。
  
高橋)そうですね。普段のニュースを見ていると、もうダメなんじゃないかという風に絶望的になるんですが、それでもいつかは大丈夫になると、希望を持つということも大事だと思います。