取材報告:新川和賀子ディレクター
西村)大地震の揺れから命を守るためにとっておく対策として、建物の耐震化が知られていますが、建物自体が強くても、建物が建っている地盤が弱いと地すべりなどを起こして、道路や住宅地が大きく壊れることがあります。阪神・淡路大震災では、西宮市の仁川百合野町で大規模な地滑りが発生して34人が亡くなりました。こうした地盤災害をふせぐための対策は進んでいるのでしょうか。
新川和賀子ディレクターの報告です。
新川)大地震の時の地盤の崩落は、阪神・淡路大震災だけではなく、東日本大震災、熊本地震、北海道胆振東部地震などでも起きていて、主に斜面を盛り土で造成してつくられた住宅地で起きています。
西村)「盛り土」というと熱海の土石流のことが頭に浮かびますが、それとは違うのですか?
新川)熱海の場合は、建設残土を山の上に盛り土をして置いていたというものです。きょうお話しするのは、家を建てるために土を盛って平らにして、しっかりと固めるという土木工事の盛り土です。
西村)必要な盛り土ということですね。
新川)こういった場所は、いわゆるニュータウンや新興住宅地が多いです。郊外の丘陵地を開発して作られる住宅地は、谷や斜面を平らにして家を建てる必要があります。そのため、谷を土で埋めたり、もともとの斜面の上に盛り土をしたりして、地面を平らにして住宅地を造成しています。こうした盛り土の造成地で、大地震の時に甚大な被害が発生していることから、国は近年、対策の強化に乗り出しています。国土交通省は、一定の規模以上のものを「大規模盛土造成地」と位置づけていて、全国に約5万1000か所あることがわかっています。
西村)そんなにあるんですか...。
新川)これらが全て危険というわけではないのですが、耐震性が不十分な場合は、大地震の時に崩れる危険があります。そこで、国土交通省の呼びかけのもと、地方自治体が安全性の調査を進めています。しかし、調査は手間や費用がかかるため、なかなか進まないのが現状。この事業は15年前から始まっているのですが、大規模盛土造成地がある市町村のうち、安全性の調査に取り組んでいるのは1割に満たないのです。さらに、調査の結果、危険性がわかって大地震で被害が出る前に対策工事を行うことができたのは、全国でたった2カ所。どちらも関西で、この2カ所の住宅地を今回、取材しました。
1カ所目は、全国で初めて、2016~2017年に盛り土造成地の事前対策工事が行われた大阪府・岬町です。南海電鉄多奈川駅を降りてすぐの多奈川朝日地区という住宅地で、海から数百メートルのところにあります。ここは、岬町役場によると、70年以上前の戦時中に、近くに軍需工場ができたことで人口が急に増えたために、短期間で丘陵地を切り開いて作られた住宅地。行ってみると、古い擁壁の上にところ狭しと家が並んでいて、四方八方に小さな坂がありました。古い擁壁の一部に、崩落を防止する対策工事が行われた様子が見られました。あまり見たことのない光景だったので一見してすぐにわかりました。多奈川朝日自治区の区長をつとめる、榊原勝秋さんに案内してもらいました。音声をお聞きください。
音声・新川)ここは坂が多いですね。工事をした法面ブロックの前にいるのですが。白いバッテンの形をした立派な蓋みたいなものがありますね。
音声・榊原さん)大きな鉄の塊。宇宙船を張り付けたみたいでしょう。
音声・新川)金属のアンカーが横20mぐらいの範囲に10個あります。2段になっているので全部で20個あります。
西村)聞いても風景を浮かべるのが難しいですね。
新川)擁壁の上から、金属製の太い棒状のものを地盤の深いところまで突き刺して、上からガチっと蓋をするようなイメージ。超巨大な押しピンのようでした。
西村)なるほど。イメージできました。
新川)調査の結果、大地震で崩れる危険がある擁壁が地区の中に3カ所あり、対策工事が行われました。この3カ所は、沢筋(もともと川だった場所)を盛り土で埋めて造成した場所だったそう。
西村)岬町はなぜ対策工事ができたのですか。
新川)住民が、住宅を支えている擁壁の異変に気づいたことがキッカケです。気づいたのは区長の榊原さんです。お話をお聞きください。
音声・榊原さん)法面の真ん中が落ちて、反対に凹んできていて。ぐーっと弓反りに。だんだんとひどくなっているような気がしたんです。上に建物が建ってるから落ちてきたらどないなるんかなと考えたこともありました。こんな時に地震起きたらえらいことやと思って。これはいかんということで要望書を出したわけよ。
西村)気づいて声をあげることは、大切ですね。
新川)古い擁壁なのでブロックの亀裂やひび割れは以前からあって、すき間を埋める応急処理は行われていました。ただ、榊原さんが気づいたのは、擁壁全体が沈んでいる、反っているという大きな異変です。町に要望して、詳細なボーリング調査などが行われた結果、危険性がわかり、対策工事につながりました。擁壁の上に住む住民は住んだまま工事を行うことができて、1年弱で終了しました。
西村)大規模な工事で費用もかなりかかったのでは。
新川)工事だけで約4千万円かかっています。その内、国の補助金が約900万円出ました。残りは所有者などが負担することになりますが、岬町の場合は、工事が行われた擁壁が町有地だったのですべて税金で賄われました。岬町は小さな自治体なので、こうした大規模な調査や工事費の予算の捻出は大変だと担当者から聞いたのですが、工事に対して大きな反対意見はなく、比較的スムーズに進みました。
次は、工事に至るまで難航したケースをお伝えします。全国で2カ所行われた事前対策工事のもうひとつの例です。兵庫県西宮市の花の峯地区という住宅地。JR福知山線・生瀬駅から徒歩10分程、長い坂をのぼった先の高台にある場所です。西宮市の中では北部に位置する山裾の住宅地で、1970年代前半に造成されました。西宮市の北部なので、阪神・淡路大震災の時には、揺れの大きかった南部ほど大きな被害は出なかった場所です。西宮市では、市内に100カ所ある大規模盛土造成地の調査を2010年度に行ったのですが、花の峯地区内の一部区画が震度6強の地震で地すべりを起こす危険があることがわかりました。当時、この事業の担当課長をしていて、現在は西宮市宅地防災専門役の吹田浩一さんのお話をお聞きください。
音声・吹田さん)すべての箇所を現地確認してもらったところ、花の峯地区の斜面が膨らんでいるという報告があり、詳細な調査が必要になりました。現地に行ってみたら、表面にブロック状の植木を階段状に置いていたのですが、それが下にだらんと垂れていたんです。下から水を抜く穴が開いていたのですが、そこから地下水がぴゅーっと吹いていました。昔の谷から30数メートルの上のところから地下水が吹いている状態。地盤工学専門の先生にも見てもらったところ、すぐに調査した方が良いということで調査に入りました。
新川)目視でわかるぐらいの異常だったそうです。地下水が多いと盛り土は崩れやすくなります。西宮市が盛土造成地の調査を進めていた同じ時期に、地元自治会からも斜面の安全性について調査してほしいという声が市に届いていたそう。地元の方も異変に気づいていました。
花の峯地区には、約180軒の住宅があります。盛り土造成地がもし大地震で崩れると、その上に建つ16軒の住宅が崩落する危険があるという調査結果が出ました。今回、当事者となった住民にも話を聞くことができたのですが、大地震で家が建っている場所が崩れ落ちるかもしれないなんて「寝耳に水」、土地の資産価値にも関わってくるし、大変困惑したといいます。西宮市は住民に危険性とともに対策工事の必要性を説明したのですが、なかなか実現しなかったそうです。
西村)なぜでしょう。
新川)この場所が私有地で、住民が工事費用の一部を負担する必要があったからです。地権者の住民は15人いたのですが、それぞれに事情があり、意見がまとまらずになかなか前に進まなかったそうです。西宮市宅地防災専門役の吹田さんのお話をお聞きください。
音声・吹田さん)ハードルとなったのは工事費の負担。基本的には個人負担がベースになります。金銭的に困難という人がかなりいて、着工のメドがたたなかった。昭和50年前後に分譲で購入した人は現在70~80歳。老々介護していて、日々の医療費にも困っている人に数百万の負担をお願いするなんて...そんな話をするだけでつらいです。
西村)それはつらいですよね。数百万ってどれくらいなのでしょうか。
新川)住民ひとりあたりの負担額は、だいたい150万円で、多い人で500万円にのぼりました。ほぼ全員が高齢者です。そんな大金捻出できないという人から、安全になるなら次の世代に家を引き継ぐためにやってほしいという人もいて、意見はまとまりませんでした。斜面全体の工事なので、うちはやるけど、こっちの家はやらないなんてことはできません。さらに、もしお金が出せたとしても対策工事のハードルはそれだけではないといいます。吹田さんのお話をお聞きください。
音声・吹田さん)そうしたら、工事は誰がするのかと。本来は、国の補助金は個人がやったものに対する金額助成になります。2億円近い土木工事を個人がすすめることは難しく、専門業者に頼まないといけません。設計費用でさえ数百万はかかります。実際に工事を発注したとして、その施行管理や安全確認は誰がするのか。とても個人ができるレベルの話ではなかったんです。
西村)何から手をつけたらよいのかもわかりませんよね。
新川)この盛り土造成地の上には、住宅だけではなく西宮市が所有する道路が通っていたので、最終的には、西宮市が国の補助金以外の費用をほぼ全額負担する形で、住民は費用を負担することなく対策工事を行うことができました。工事費は総額1憶9千万円。税金を使って行う事業なので、議会の承認を得る必要があります。中には、「なぜ、個人の財産である住宅地の工事を個人負担ゼロで行うのか」という意見もあったそうです。西宮市の場合、阪神・淡路大震災の時に、地すべりや斜面の崩落が多数発生して、48カ所で復旧工事が行われたのですが、その時も全て市や県の予算で工事を行い、住民に負担を求めることはありませんでした。そのことも花の峯地区の対策工事を住民負担なしで進めることができた大きな要因のひとつになりました。2013年に住民説明会を行ってから、2018年に工事を完了するまで5年の月日がかかりました。今では、住民も市が対策工事を行ってくれたことに大変感謝していると話していました。
西村)ねばり強く続けてきてよかったですね。工事が終わって、斜面は安全になったのですか。
新川)幅100メートル、高さ20メートルの斜面の間に鉄筋を約750本打ち込んで、地下水を排出するための水抜きパイプを50本ほど設置して表面をコンクリートの法面で覆う工事が行われました。工事の翌年に行った調査で地下水が下がっていることが確認されました。対策工事で設置したパイプや法面などの施設は、市が維持管理していくということです。
西村)西宮市では、他の地域でも盛り土造成地の対策は進んでいるのですか。
新川)西宮市は、阪神・淡路大震災で盛り土造成地が多数被害を受けました。復旧にともなって対策工事が行われていたこともあって、今回の盛土造成地の安全性調査で工事が必要だったのは花の峯地区1カ所だけ。この工事が終わったことによって、西宮市の対策事業は完了したということです。
西村)実際に被害を受けてからではなく、大地震が来る前に対策をして、命を守りたいですよね。ただ、住民にとっては、ずっと住んでいる家がいきなり「危険な住宅地です」と言われても、困る部分もあるのでは。
新川)自治体が開発を許可して建てられた住宅地が「危ない」と言われても困る部分も少なからずあると思います。盛土を造成して住宅を建てる場合は、法律で安全性を厳しく規制していますが、法律が厳しくなったのは2006年のこと。戦後の高度経済成長期は、今よりかなりゆるい規制のもとで、多くの場所で住宅地の開発が行われていました。もちろん、全てが危険というわけではありませんが、その時のツケが今、やってきていて、当時の開発業者は責任を問われることなく住民につきつけられているのです。
西村)早く安全性の調査が進んでほしいですが、全国ではまだまだ対策は進んでいないのですよね。今後、他の自治体でも対策は進んでいくのでしょうか。
新川)むずかしい部分はありますが進めるべきことだといいます。西宮市宅地防災専門役の吹田浩一さんは、ご自身の震災の経験も踏まえてこのように話しています。
音声・吹田さん)今のままではむずかしいでしょうね。個人の費用負担を求めずに進めるというのは、どこの自治体も財政が厳しくてむずかしいと思います。昭和40年代ごろに住宅を購入した方は高齢者で、費用負担がむずかしい。そのような高齢者が住んでいる場所に限って対策が必要なケースが多いのです。自治体がそこまでの費用負担に腹をくくれるかどうかによって対策を進められるかどうかが大きく分かれていくと思います。私は地震の被害を少しでも減らすことができるなら減らしたいという思いがずっとあります。西宮で生まれ育って、震災で知人を多く亡くしています。人口40万人の都市で1100人が亡くなるのは異常なこと。建物が倒壊するのは、やはり地盤が原因なんです。
西村)実際に多くの人が亡くなったことを目の当たりにされているからこそ、対策の大切さを感じていらっしゃるのですね。でも個人負担も大変、自治体も財政難となるとやはり国のバックアップが必要では。
新川)対策工事の必要がないケースでも、安全性の調査だけでも大きな費用が自治体にのしかかってきます。国土交通省は、自治体からも意見を聞いていて、優先して対策すべき大規模盛り土造成地に限って条件をつけて、調査や工事にかかる費用の補助率を一部アップしています。通常は、費用の1/3や1/4が国の補助ですが、一部の条件では1/2まで補助しています。
西村)それは大きな一歩ですね。住んでいる人が異変に気づくというのも大切だと思いました。
新川)最初にご紹介した岬町の住宅地は、対策工事前は、国が定義している「大規模盛土造成地」とされていなかった場所だったんです。住民が声をあげていなければ、対策工事は行われていなかったかもしれません。北海道胆振東部地震でも、盛り土造成地であることを地元自治体が把握できておらず、大地震で被害が出てはじめてわかったというケースがありました。やはり一番、異変に気づきやすいのはいつもそこにいる住民。住民側から声を上げていくことも、対策や支援の拡充には重要だと感じました。
西村)日頃の散歩などでも気を付けて見ていきたいと思いました。新川和賀子ディレクターの報告でした。