第1444回「人はなぜ逃げないの?災害時の心理学」
オンライン:常葉大学 教授 河本尋子さん

西村)職場や外出先で非常ベルが鳴ったらみなさんはどうしますか。すぐに安全な場所に避難できますか。人間には、非常事態が迫っていても「たいしたことじゃない」と思い込む、心の安定機能「正常性バイアス」が備わっています。「正常性バイアス」は、不安や心配を減らす役割がありますが災害時の逃げ遅れにつながる恐れもあります。
きょうは、災害時の心の動きについて常葉大学 社会環境学部 教授 河本尋子さんにお話を伺います。
 
河本)よろしくお願いします。
 
西村)「正常性バイアス」とはどんな心理ですか。
 
河本)「正常性バイアス」は、日常生活において、どんな人の心にもある働きです。「きっと大丈夫だろう」と思うことは日常生活の中でもよくあると思います。そう思うことによって、心の安定を保っているのです。
 
西村)「正常性バイアス」は、年代関係なく、子どもから年配の人までみんなが持っているものなのですね。
 
河本)いろんな経験をすると、「これまで大丈夫だったから、今度も大丈夫だろう」と考える人もいると思います。
 
西村)それは性格によっても変わりますか。
 
河本)個人差はあると思いますが、どんな人にも見られる特徴です。
 
西村)日常生活の中で「正常性バイアス」が機能していると考えられるシーンはありますか。
 
河本)普段道を歩いているときに、「車が突っ込んでくる」と思いながら歩いていたら、怖くて歩けないですよね。「車が突っ込んでくることはないだろう」と思うことで、道を歩くことができます。わたし自身が経験したことなのですが、ずっと手の指が痛いと思っていたことがあって。でも「このくらいの痛みはい今までもあったから大丈夫」と思っていたら、実は骨が折れていたのです。「大丈夫」と思うことが心の安定を保つ側面はありますが、災害時には命に関わる危険につながることもあるのです。
 
西村)被災者のインタビューで、「これぐらいの雨なら大丈夫だと思っていた」という話をよく聞きます。「正常性バイアス」が働いて、マイナスの結果につながることもある例ですよね。これまでの災害で「正常性バイアス」が問題になったことはありましたか。
 
河本)東日本大震災のときにも「正常性バイアス」の影響が見られました。被災者に当時のようすをインタビューしたことがあったのですが、ある人は、自分の目で津波が来るのを見て、自転車で逃げる途中に、渋滞中の車に乗っている人たちに「大きい津波が来るから早く逃げて」と声を掛けたそう。でも相手は聞く耳を持ってくれなかったということでした。それは「正常性バイアス」からくるものだと言えると思います。
 
西村)それは危ないですね。
 
河本)自分自身が経験してきたことと、「津波が来るから危ない」と言われたことが矛盾して、「そんなことない」と思ってしまうのだと思います。
 
西村)声をかけた人は津波を目撃したからこそ逃げることができた。目の前に変化がないと逃げにくいのですね。「正常性バイアス」からは、逃れられないのでしょうか。
 
河本)内陸からは海のようすが見えないので、危険が迫っていることを実感できません。これまでの経験から、「まだ大丈夫」と考えてしまいます。
 
西村)「正常性バイアス」が働きやすい災害はありますか。
 
河本)揺れが急に始まる地震とは違い、津波や豪雨災害のような災害は、だんだんと状況が変化して危険が迫ってくるので目の前で起こっていることがわかりにくいです。
 
西村)豪雨災害では、足元や川の水位がじわじわと上がってきます。一気に景色が変わるわけではないですよね。想像以上に早く水があふれてくることもありますよね。
 
河本)そうなると危険です。
 
西村)変化が見えないと周りの人が「大丈夫」と言っていたら、「大丈夫かな」と思ってしまう気持ちもわかります。では災害時に「正常性バイアス」に惑わされないようにするにはどうしたら良いのでしょうか。
 
河本)まず一つはそのような心の働きがあるということを知ること。「大丈夫」と思ってしまったときに、知っていると、これは「正常性バイアス」かな?と考えることができます。
 
西村)パニックになっていると冷静に考えられないのではないですか。
 
河本)知っていないと気づくことも難しいので、きちんと認識しておくことは大事です。
 
西村)周りの人にも声掛けすることも大事ですね。
 
河本)周りの方と注意をし合うコミュニケーションは重要だと思います。
 
西村)ご近所づきあいのコミュニケーションは大事ですね。「正常性バイアス」の他にも災害時に気をつけておきたいことはありますか。
 
河本)「正常性バイアス」とセットで気をつける必要があるのが「同調性バイアス」。周りに「大丈夫」という人たちがたくさんいると、それに同調したり、「みんなと一緒に行動すれば大丈夫」と思ったりしてしまいます。それが「逃げない」という選択をする方向に働いてしまうと、「正常性バイアス」と同様に避難が遅れる原因になります。
 
西村)過去の災害でも「同調性バイアス」が働いたエピソードはありますか。
 
河本)東日本大震災のときも「これまでなかったから大丈夫」と言い合って同調してしまった例があったようです。
 
西村)その土地にずっと住んでいるおじいちゃんやおばあちゃんにそう言われると、「そうなんだ」と思ってしまうかもしれません。自分自身で「これは正常性バイアスが働いているのではないか」と考える、そして、みんなに勇気を持って伝えることは、命を守るために大事なことですね。
 
河本)とても大事なことだと思います。
 
西村)みんなが逃げていなければ、周りの人たちと違う行動は取りにくいし、「逃げましょう!」なんてなかなか言えないですよね。でも逆に考えると、みんなが一斉に逃げたら、「わたしも逃げなければ!」と思うかもしれませんね。
   
河本)「みんなが避難しているから、わたしも一緒に避難しよう」と思えたら、それは「同調性バイアス」が良い方向に働いているとういうことになりますね
 
西村)東日本大震災のときに岩手県で「釜石の奇跡」と言われている出来事があります。津波が迫る中、小中学生が1.6キロ先の高台に避難したことで、多くの命が助かりました。率先して避難する人が多いとみんな逃げることができるのですね。
 
河本)「釜石の奇跡」は、地元で長年防災教育をしていた研究者の努力の結果だと思いますが、「みんなが避難するからわたしも...」と思えたことは、とても重要なことだと思います。
 
西村)地域のみなさんや周りの人たちと声を掛け合って避難することは、改めて大切だと思いました。
 
河本)災害が起こるとき危険が迫っているときに、「きっと大丈夫」と思ってしまう心の働きの存在をまず知ってください。何か起こったときは、自分が率先して逃げることができるようにしてほしいです。
 
西村)勇気を出して、避難行動に移すことが大切ですね。
きょうは、災害時の心の動きについて、常葉大学 社会環境学部 教授 河本尋子さんにお話を伺いました。