ゲスト:国際災害レスキューナース 辻直美さん
西村)元日に発生した能登半島地震では、電力などのライフラインが途絶える中、厳しい寒さが被災者を苦しめました。29年前の1月17日には、阪神・淡路大震災が発生し、東日本大震災が発生したのは3月11日でした。冬場に大きな地震が発生すると揺れや津波から逃れられたとしても、寒さが原因で命を落としてしまうことがあります。
きょうは、冬の災害時に命を守る「寒さへの備え」と健康を維持するための避難所での過ごし方について、国際災害レスキューナースの辻直美さんにお話を伺いきます。
辻)よろしくお願いいたします。
西村)能登半島地震では、避難所での寒さが問題になっていますね。
辻)寒さ対策のテクニックや知識を得ることが必要です。暑さはどうにもならないことがありますが、寒さは、あるものを組み合わせて暖を取ることができます。
西村)知識の備えも大事ですね。寒い時期は、健康被害へのリスクも高くなりますか。
辻)近年、低体温症が問題になっています。低体温症は命に関わる重い病気。でも回避できる方法はあります。
西村)特に注意が必要なのはどんな人ですか。
辻)高齢者です。寒さに鈍感になりがちなので、体が冷えているということに自覚がなくなります。
西村)なぜ鈍感になるのですか。
辻)代謝が悪くなるからです。血流が悪い人は手先が冷えています。たくさん着込んでも、今度は温かくなったことがわからなくて、脱水症状になることもあります。
西村)気をつけてあげないといけないですね。
辻)声掛けが大事です。「寒くない?」「暑くない?」と聞いてあげましょう。
西村)低体温症の症状について詳しく教えてください。
辻)体の表面ではなく、内臓など身体の深部の体温が35度以下になる症状です。身体に触れるとすごく冷たいです。じわじわと体温が下がるので、本人はあまり自覚がないことが多いです。
西村)家族でなければ手を触れたりする機会はないかもしれません。見た目でわかる症状はありますか。
辻)シバリングと言って、悪寒で歯がガチガチと震える症状が現れます。体が冷えたときは、筋肉を思いっきり震わせて熱を発生させようとするからです。そうなるとすぐに対応しなければなりません。ボーっとする、吐き気・めまいがする人も。
西村)脳にはどんな症状が現れますか。
辻)思考が明確ではなくなり、受け答えがゆっくりになります。同時に痛覚や暑い・寒いも鈍感になります。周りの人がつねったり、叩いたり、さすったりして声をかけないと判断ができないこともあります。
西村)1人で在宅避難している人や1人で避難所にいる人は、自覚がないまま進行してしまうこともありますね。
辻)症状が進むと死に至ることもあります。防災はモノを買うことだけではなく、基本はまずコミュニケーション。ええ感じの人になりましょう。ええ感じの人って心に残りますよね。そんな人が、返事がないとか、見かけないことがあると気になって助けに行くでしょう。挨拶しても返事を返してくれない人はダメです。家庭でも同じこと。家族間でも外でも声をかける・かけられることで自分の存在をわかってもらうことは防災の基本です。
西村)声かけてもらったらきちんと受け止めて、笑顔で返すことも大事ですね。
辻)ええ感じの人になると助かる率が上がります。挨拶や声かけは家族間、自分自身にも大事。自分自身に対しても無理していないか声をかけましょう。
西村)災害時は無理しがち。「わたしよりもっと大変な人がいるから」と我慢してしまう人も多いですよね。
辻)無理すると結局、人に迷惑がかかります。7~8割ぐらいで頑張ればいい。無理をしないことです。
西村)高齢者には、声掛けが必要。自覚がある人は周りにヘルプを出す。
辻)「みんなも寒いよね?」ではなくて、「わたし寒いです!」って言ってください。
西村)その一言が命を救うのですね。震えている人には毛布をかけたら良いですか。
辻)まずは、温めること。毛布で覆うのも良いですがアルミのレスキューシートも便利です。でも元々冷えている人はレスキューシートをかけただけでは温まらないんです。
西村)平常時に一度レスキューシートを使ってみたことがあります。結構温かかったですが、これは体温がある人の場合なのですね。
辻)体温が下がっている人は血液が冷たくなっています。血液は、体の表面に近いところにある静脈と動脈が外の空気と触れて冷えます。熱中症は反対。なので、熱中症のときに冷やすところを逆に温めれば良いわけです。
西村)どこを温めたら良いですか。
辻)首の後ろ・脇の下・足の付け根・手首・足首です。一部だけあたためても意味がありません。首の後ろだけ温めても、冷たい血液がぐるっと体を回って首の所に戻ったときにはもう冷たくなっています。原始的ですが、首の後ろ→脇の下→足の付け根...という風に中継リレーをすることです。
西村)5つの中継点をしっかりと温めれば良いのですね。温めるときのポイントや温めるときに便利なものはありますか。
辻)新聞紙やざらばん紙を手でくしゃくしゃにして、手首・首・足首・腰などに巻いてください。それだけで温かくなります。
西村)くしゃくしゃにするのがポイントですか。
辻)くしゃくしゃにして、紙の繊維をたち切ることで、新聞紙の中に空気のミルフィーユが作られます。繊維の周りに空気を取り込んだ紙が血管のある皮膚に当たることで温かくなります。その上にアルミホイルやゴミ袋を巻くと熱が逃げません。タオルやストール、マフラーでも良いです。
西村)他にも何か使えるものはありますか。
辻)どこの家にもある45Lのゴミ袋を服と服の間に着てください。一番外側ではなく、洋服を着ている上に袋をかぶって、その上にもう1枚アウターを着てください。そうすると自分の体の熱を外に逃がさないので温かくなります。
西村)非常用持ち出し袋の中にゴミ袋・新聞紙・アルミホイルを入れておくと良いですね。
辻)わざわざ災害用に買ってくるのではなく、家の中にあるもので防災グッズを作りましょう。
西村)意外と使えるものがたくさんあるのですね。
辻)わたしは、防災リュックには、家の中にあるものを詰め込んでいますよ。だから使ってもすぐに補充ができます。日頃から使っているので、使い勝手がわかっているものばかり。自分の使い心地の良いものしか入っていません。選び抜かれたものが自分を守ってくれるという安心感があります。
西村)普段使い慣れているものが入っていると心強いですね。
辻)例えばちょっと高級なカレーとか。大きな災害のときだけではなく、日常生活の中でも気持ちを上げてくれるものを入れています。災害時は、体だけではなく心も冷えます。心を温めるために、好きな香り・好きな味などを準備しておきましょう。
西村)それは、在宅避難でも避難所でも同じですね。
辻)今回の能登半島地震で、「避難所には何もない」ということがわかったと思います。床と屋根しかありません。避難所には、必ず自分の場所があって、全てが用意されていると思っている人が多いですが、1人1人に毛布があるかはわからない。まして、それぞれのニーズに合わせた寒さ対策は用意されていません。全部自分で何とかするしかないのです。
西村)避難所で健康に冬に過ごすためには、ほかにどんなものが必要ですか。
辻)温かいご飯が食べられる環境づくり。冷たいものばかりを食べていると本当に身体が冷えます。キャンプグッズや固形燃料、カセットコンロなど調理グッズがあれば良いですね。自分1人で用意して食べるのも気が引けると思うので、周りの人も一緒に鍋をするとか。そこでまた絆もできると思います。1人で何とかするのではなく、周りを巻き込んでみんなで復興していくことです。
西村)1人で避難所にいるおじいちゃんやおばあちゃんにも声をかけてあげて。
辻)避難所には自分の気持ちを出さないようにしていて、声をかけられても泣くこともできない人が多いです。人の心に触れて、温かいものを食べて、新聞紙を巻いて体が温かくなってくると、女性はたいてい泣きますが、男性は怒り出します。それがやっと心が溶けたサイン。やっとイライラできたのだなと思います。
西村)温かい食べ物を食べて、みんなでワイワイと話すことは、心を溶かす防災なのですね。
辻)心が溶けると泣く・怒るという感情表現になることを知っておけば、自分が今度は不安にならない。怒りだした人には背中をさする、なでる、手をにぎる、目を見て「大丈夫」と声をかける。不安が取り除かれると次は泣きます。泣いたときは、そばで話を聞いてあげると今度は笑い出します。
西村)心を保つための知恵があれば、心も体も健康に、寒さから命を守ることができますね。
辻)それらは救援物資では来ません。だから自分で用意しておきましょう。わたしが考案した「3・3・3の法則」というものがあります。最初の3は、「3秒嗅ぐ」。好きな香水などお気に入りの香りを探しておいてください。その香りを嗅いだだけで、3秒で気持ちを切り替えることができます。次の3は「3分触る」。ふにゃふにゃ・プチプチしているものなど触ったら落ち着くものを3分触ってください。最後の3は「30分見る」。推しの写真や漫画・小説・絵本・写真...何でも良いです。PCやスマホなどのデジタルではなく、アナログなものを用意しておきましょう。普段からそういうものを使ってイライラしたときに心が落ち着く成功体験をしておくことが大事。大きな地震や災害が起きて、不安になったときに役立ちますよ。
西村)「3・3・3の法則」を日頃から試して、災害時にも役立てたいです。心も体も温めて、健康に過ごしていきたいと思います。
きょうは、国際災害レスキューナースの辻直美さんに、冬の地震への備えについてお聞きしました。