ゲスト:国際災害レスキューナース 辻直美さん
西村)元日の地震被害から立ち上がろうとしている能登半島の被災地が先月、豪雨に見舞われました。 川の氾濫や土砂崩れなどで甚大な被害が発生。輪島市や珠洲市では床上、床下浸水した仮設住宅もあり、元日の地震と先月の豪雨で二重被災した人も多くいます。住まいや暮らしの再建にさらなる時間がかかるおそれもあり、心が折れたと話す人もたくさんいます。
きょうは、被災者の心のケア、そして災害時に役立つ心の防災について、国際災害レスキューナースの辻直美さんにお話を伺います。
辻)よろしくお願いいたします。
西村)被災者の心はどのようにケアしたら良いのでしょうか。
辻)被災者は突然のことで受け入れることができず、心が冷えて固まってしまいます。自分の気持ちを表に出せません。支援されると、「頑張らなきゃいけない」と思って、辛いと言いづらくなります。女性は心がほっこりすると泣くんです。泣くことができると、固まっていた心が解けたということ。女性の場合、泣いた後は喋り出します。辛かった現状をたくさん話します。
西村)男性はどうなるのですか。
辻)男性の場合は、不安になると怒ります。泣きません。普段の生活や上司のことを思い出して不安になって。さめざめと泣く男性はいないですね。
西村)確かにいないですね。
辻)不安になると、イライラして怒り出す男性が多いです。怒っているということは、自分の気持ち言える段階ということ。
西村)避難所でおじちゃんが怒っていたら、それは良いことなのですね。
辻)不安を解消するために発散していると思ってください。イライラしているから、ちょっとしたことで怒るかもしれないけど、それは不安からきています。不安を受け止める聞き方をしましょう。"傾聴"と言う聞き方のポイントを知っておくと、イライラも落ち着きます。
西村)その聞き方を身に付けていたら、被災者の心のケアをすることができるのですね。
辻)これは、日常生活でも会社でも使えるテクニック。例えば子どもが癇癪を起こしている時でも使えます。パパが会社から帰ってきて、イラついている時でも使えます。災害時だけではなく、日常から実践して自信をつけて、被災者に向けても使ってほしいと思います。
西村)神戸から能登へお話を聞きにいくボランティア「やさしや足湯隊」をしている学生さんがいます。
辻)心が固まっている時に、話を聞いてもらうと落ち着きますよね。体や足があたたまるとほっこりして泣けるかもしれません。
西村)話を聞くだけではなく、足や手のマッサージもするそうです。
辻)体が冷えると心も冷える。心が硬くなると体が硬くなります。足湯であたためて、優しい手で冷えた体をほぐすというのは、良いアプローチだと思います。
西村)聞き方のポイントについて教えてください。
辻)心が傷ついている人は、正面から「はい、どうぞ」と言われても話せません。意見交換のようになってしまうので、45度の角度、もしくは横に並んで話を聞くのが良いです。首だけではなく、体ごと相手の方に向けて頷いてください。相槌も大事ですが、全部に「うん、うん」と言われると、気持ちがせいてしまうので、ゆっくり頷くこと。相槌をうまく混ぜると「聞いてもらえている」と感じさせることができます。 話を聞いてもらえている安心感で、心がどんどんほぐれてきます。ずっと目を見られていると緊張してしまうので、少し目線は外しながら。相手の語調が強くなったり、大きな声になったりした時は、伝えたいことを話している時。そういう時は、わたしは目を見て相槌を打つようにしています。
西村)そうやって信頼関係が生まれていくのですね。こちらからは何も言わなくて良いのですか。
辻)最初は聞くだけで良いです。相手は、自分の体験を最後まで聞いてほしいので、意見はいりません。共感をしてほしいので、最後まで話を聞くこと。相手から「どう思いますか?」と言われたら意見を言っても良いですが、基本的には相手の話を聞くというスタンスで。
西村)そうすると喋りたいことを伝えることができるし、その人のペースで話すことができますね。
辻)聞く側のポイントとしては待つこと。待つって難しいもの。空白の時間は、いたたまれなくなって、話をリードしてしまいがちです。
西村)何か話した方が良いかな...と思います。
辻)一緒に待つことが大事。待てる人は、相手のこと信じている人。空白の時間は大事な時間だと思えば、相手の言葉が出るまで待つことができるはず。
西村)失恋した友達の話を聞いている時のことを思い出しました。空白ができてしまうと、なにか言った方が良いなと思いがちですが、そうではないのですね。
辻)話どこかへ行ってしまうじゃないですか。
西村)結局自分の話をしてしまうことも。
辻)相手は励ましてほしかったのに...となってしまう。そういう時は手を握る、背中をさするなどのアクションで、「あなたのこと受け止めていますよ」と伝えます。
西村)被災地の避難所で活動をした時の印象的なエピソードはありますか。
辻)大人にも「抱っこ」が大事、と思ったエピソードがあります。イライラして怒っている男性たちに共感も、励ますことも、未来を約束することもできない。わたしにできることは、受け止めることだと。怒り出している40人の被災者に「抱っこするんで、並んでください」と言ったんです。
西村)びっくりされたんじゃないですか。
辻)恥ずかしがるかなと思ったのですが、男性が40人並んでくれました。椅子を用意してもらって、わたしの膝の上に座ってもらって抱きしめたんです。わたしは無言です。泣いている声やしゃべっている声を聴きながら、抱きしめて頷くんです。
西村)それで、心がほどけて涙を流したのですね。
辻)獣のような声で泣く人もいて。「人間ってこんな声で泣くんだ」と思いました。泣ききった人は強いです。
西村)心がデトックスされて、1歩踏み出すことができるのですね。
辻)最初は、恥ずかしさなどいろいろな感情がありますが、膝に座って15~30分泣く人もいれば、5分の人もいます。泣ききって立ち上がって、「ありがとうございました」と言った時、顔つきが違っています。その時は、ちゃんと目を見て、「また抱っこされたくなったらおいで」と言います。
西村)接する時のポイントはありますか。
辻)作り笑顔ではない笑顔。口角が上がった明るい人には、話を聞いてもらいたいし、支えてもらえそうな気がしますよね。楽しいことを毎日やって、能動的に生活している人は、明るさがにじみ出ています。
西村)今からできることですね。
辻)やりたいことをやる。嫌なことは嫌だと言う。挨拶も積極的に。そうすると言葉だけではなく、たたずまいから、「あなたのこと受け入れていますよ」ということが伝わります。普段の生活を楽しんでください。挨拶するときは、とにかく"ええ感じの人"になること。これ、標準語では言えないニュアンスなんです。
西村)関西ならではですね。
辻)包み込むような優しい目で、口角を上げて会釈するだけで、"ええ感じの人"になれます。そんな風に挨拶すると、お互いに受け入れられるし、顔を覚えてもらいやすい。ご近所や家庭でも"ええ感じの人"になってください。
西村)心のケアをするために、準備しておくと良いものはありますか。
辻)地災地には、幸せな香りが全くありません。ご飯を作る匂い、洗濯の匂い、お菓子の匂いなど...。そういう香りはなくなるんです。かわりに被災地特有の匂いがあります。
西村)どんな匂いですか。
辻)生臭い匂いやほこり臭い匂い。そんな匂いを嗅いでいると、心は落ちていく。幸せな触感もなくなります。お気に入りのものもなくなってしまうかもしれない。そんな中で、自分のお気に入りのタオルケットや毛布、ぬいぐるみなどを手元に置けないかもしれない。
西村)お子さんなら、お気に入りのガーゼのタオルケットとか...。
辻)わたしは「333の法則」を作って、これだけは用意しておいてほしいものを伝えています。
西村)333とは何ですか。
辻)最初は"香り"。香りは3秒で脳に届きます。すぐ気持ちが切り替わるので、自分の好きな香りを用意しておいてください。
西村)好きな香りを3秒嗅ぐのですね。
辻)女性は、柑橘系の香を好む人が多いです。ハンドクリームでもアロマオイルでも香水でも。自分の好きな香りを用意してください。男性が好む香りは何だと思いますか?
西村)男性のシャンプーは、ミント系が多い気がします。
辻)実はバニラなんです。甘い匂いを嗅ぎたがる男性が多いです。
西村)2つ目の3は何ですか。
辻)自分が触って気持ちいいもの何か用意しておく。3分好きなものに触ると落ち着くと言われています。
西村)最後の3は何ですか。
辻)30分眺める。自分が見て落ち着くものを用意してください。デジタルは使えないので、アナログで。漫画でも推しのアクスタでも写真集でも良いです。家族の写真も良いですね。
西村)「333の法則」とは、「3秒嗅ぐ」「3分触る」「30分眺める」ということです。みなさんも好きなものを用意しておいてください。
辻)普段のから実践して、成功体験を持って、いざという時には、それを使ってください。体験があると乗り越えることができます。今のうちに探しておいてください。
西村)きょうは、被災者の心のケアと心の防災をテーマに、国際災害レスキューナース 辻直美さんにお話を伺いました。