第1434回「災害時のラジオ~共感放送の役割~」
ゲスト:毎日放送報道情報局 大牟田智佐子さん

西村)きょうのゲストは1998年から12年間、この番組のプロデューサーをしていた、毎日放送報道情報局の大牟田智佐子さんです。
大牟田さんは番組を離れてからも、防災関連の取材や発信を続け、兵庫県立大学大学院で博士号をとりました。
きょうは、大牟田さんが研究したテーマ、災害時のラジオの役割"共感放送"について聞きます。
 
大牟田)よろしくお願いたします。
 
西村)きょうから放送時間が日曜夕方に変わりました。
 
大牟田)夕方の放送は、この番組が始まった頃のスタイルに近いです。この番組は、阪神・淡路大震災が起きた3ヶ月後の1995年4月にスタートしました。当時、番組を立ち上げたスタッフや出演者も全員が被災者でした。被災者による被災者のための番組として始まり、土曜日の夕方に45分間の生放送をしていたんですよ。
 
西村)生放送なら、番組を聞いたリスナーがダイレクトに想いを返してくれていたのですね。
 
大牟田)はい。当時はハガキが主流でした。その後、メールができるようになってからは、リスナーが送ってくれた感想を番組の最後に紹介していました。
 
西村)そんな番組も今月で30年目に入りました。
 
大牟田)すごいことです。阪神・淡路大震災の後、この番組と同じような番組がいくつも誕生しましたが、全部終わってしまいました。残っているのはこの番組だけです。それも順風満帆ではなく、いろいろな危機を乗り越えてここまでやってきました。
 
西村)どんな危機があったのですか。
 
大牟田)震災5年後に、仮設住宅が全て解消した頃には、「番組は役割を終えた」という声が高まりました。しかし、その頃に大きな地震が続き、この番組の必要性が再認識されて今に至ります。
 
西村)そんなネットワーク1・17を担当していた大牟田さんの博士論文が書籍化され、出版されました。タイトルは、「大災害とラジオ 共感放送の可能性」この"共感放送"という言葉は聞きなじみがないです。
 
大牟田)これはわたしが作った言葉です。ラジオらしい災害時の放送を"共感放送"と提唱しています。共感は、「そうだよね」「わかる、わかる、その気持ち」という感情で使われます。英語では2種類の言葉に置き換えることができます。シンパシーとエンパシーです。
 
西村)シンパシーは、聞いたことがあります。エンパシーとはどのような意味ですか。
 
大牟田)シンパシーは、「同情」とも訳されます。どちらかというと「かわいそう」という気持ちが当てはまります。「かわいそう」や「気の毒だね」というのは、「自分はそうじゃなくて良かった」という気持ちで、相手のことを少し上から見ているような状態。それに対して、エンパシーは、「相手の立場を自分の身に置き換えて考える」という態度のことです。災害時に「もし自分だったら」と考えて、感情移入をして、支援することをエンパシーという言葉で表すことができます。そこには上下関係はなく、相手と対等の関係があるので、共感放送の"共感"はエンパシーだと考えています。
 
西村)これまで"共感放送"という考え方はあったのですか。
 
大牟田)共感放送という言葉で当てはめた人はいなかったかもしれませんが、ラジオにそのような面があることはみなさん感じていると思います。災害放送には4つのパターンがあります。2次被害を防ぐ呼びかけをする「防災放送」、被害の数字や地震の規模を伝える「被害報道」、行方不明者などの安否を知らせる「安否放送」、電気・ガス・水道の被害や復旧状況を伝える「生活情報」です。
しかし、ラジオには、このような情報を流すだけではなく、パーソナリティのおしゃべりやリスナーからのおたよりを読み上げたり、電話をつないで話を聞いたりする時間があります。それは共感に支えられたもので、それこそがリスナーがラジオに求めているものではないかということで、この"共感放送"という言葉を定義しました。最近の災害でもそのような事例がありました。

 
西村)どの災害ですか。
 
大牟田)8年前に起きた熊本地震です。当時、地元のRKK熊本放送ラジオが長時間にわたって特別番組を放送しました。その番組に送られてきたリスナーからのメールは全部で434通。これを学術目的ですべて分析すると、興味深いやり取りがわかったのです。
 
西村)どんなやり取りがあったのですか。
 
大牟田)RKKラジオの担当者と「これはラジオらしいですね」と言い合った例が2例ありました。一つは、支援を要請するリスナーのメールにほかのリスナーがメールで答えた事例です。指定されていない避難所に避難していたリスナーから「200人ほどの人がいるのに、水も食料も届かない」というメールが届き、それを聞いていたほかのリスナーが、管轄の市役所に電話。「その市は、避難所を把握しています。救援の車が向かっていますが、道路が寸断されていて到着が遅れているようです。市役所を責めないであげてください」と書かれたメールが送られてきたのです。このリスナーは東京在住でした。
 
西村)ということは、radikoで聞いてのですね。
 
大牟田)radikoのプレミアム会員で、エリア外から聞いていたことがわかりました。
 
西村)ラジオならではのやり取りですね。何かできることないかと行動してくれたのですね。
 
大牟田)2つ目は、音楽にまつわる事例です。熊本地震は、28時間の間に震度7が2回も起きた稀な地震でした。2回目の震度7が起きた翌日の午後、パーソナリティが放送の中で、「"そろそろ音楽が聴きたい"というおたよりが増えて来たので、アンパンマンをかけようか」と話していたんです。ところが、放送局のレコード室のラックが地震で倒れてCDは床に散乱している状況...。CDを探すシステムも使えませんでした。
 
西村)いつもなら、パソコンで曲名を検索したら、スムーズにCDを探せますが大変な状況ですね。
 
大牟田)すると、放送中に、スタッフがCDを探し出したんです。パーソナリティは「あった!すごいね!かけようよ!気分も変わるよね」とすぐに「アンパンマンのマーチ」をかけました。この曲、西村さんもよく歌いますか?
 
西村)子どもが3歳で、アンパンマンが大好きな世代です。いつも保育園に行くときの自転車で、「そうだ♪うれしいんだ♪」と歌ってますよ。
 
大牟田)その歌詞の続きは?
 
西村)その後...「そうだ♪うれしいんだ♪生きるよろこび♪」ですね!
 
大牟田)そう、あの歌は「生きる喜び」を歌っているんです。すると、「普段何気なく姪っ子と一緒に歌っていた歌なのに、聴いたらすごく元気が出た」「なぜか涙が出た」というメールが続々と届きました。中には、「大変な状況なのにCDを探してくれてありがとう」というメールも。これは音楽の力はもちろん、被災した放送局のレコード室からスタッフが必死にCDを探し出して、リスナーのためにかけた、というエピソードが共感を呼んだのだと思います。共感放送とは、ラジオの立場では、リスナーの状況に心を寄せて励ましを送ったり、音楽をかけたりすること。リスナーの立場では、被災した人同士が励まし合う、被災者のことを助けるために行動を起こすことだと思います。
 
西村)改めて、ラジオでみなさんとつながっていることがうれしいです。これからも心と心でつながる番組を作っていきたいと思います。最後にリスナーのみなさんに伝えたいことはありますか。
 
大牟田)わたしはすごくラジオが好きな家庭で育ち、身近にいつもラジオがありました。中学生から大学生にかけては、ラジオの深夜放送を聞いていました。ラジオは「あなたにかけ語りかけるメディア」。パーソナリティが自分に話しかけてくれているように感じたり、他のリスナーも夜遅くに一緒に起きているように感じられたりしますよね。そのような距離感がラジオの魅力。ラジオの仕事をするようになって、先輩方には、「わからないことはリスナーに聞け」とずっと教わってきました。
 
西村)それはなぜですか。
 
大牟田)「双方向のやり取りを大事に」ということだと思います。リスナーはいろいろな情報をくれます。リスナーのみなさんの支持がなければ、ラジオは成り立ちません。ラジオを聞いてぜひ応援してほしいです。ラジオに対する応援メッセージだけではなく、要望や辛口な意見もぜひ寄せていただきたいです。災害時、被災者は本当に大変。日常生活を送るだけでもいろいろなことに追われます。
 
西村)能登半島や台湾で大きな地震があり、まだまだ大変な状況が続いていますね。
 
大牟田)水汲みに何回も足を運んだり、物資をもらいに行ったり。そういうことに追われてしまう。これからのことで不安でいっぱいだと思います。そんなときSNSは便利ですが、SNSには、滝のように情報が流れてきます。その中から、自分が必要な情報だけを取り出すのは大変な労力。心身ともに疲れているときに自分で探し出すのは大変だと思います。
 
西村)携帯電話の充電が減っていくのも気になりますよね。
 
大牟田)見たくない情報も含まれていると思います。そういうときにラジオは役立つと思います。少し速度は遅いかもしれませんが、パーソナリティやスタッフが必ず目を通した情報をお届けするので安心。ぜひ周りの人と一緒に、普段からラジオを聞いてほしいと思います。
 
西村)みなさんのおなじみの声になれるようにわたしたちも頑張っていきます!
きょうは、元番組プロデューサーの大牟田智佐子さんにお話を伺いました。