取材報告:MBSラジオ報道デスク 横矢桐の
ゲスト:和歌山大学 教授 西川一弘さん
西村)きょうは、鉄道に乗っているときに、津波からどのように避難するかがテーマです。和歌山県南部の海岸線を走るJRの乗客は、南海トラフ地震が発生したら、どこへ、どのように逃げれば良いのでしょうか。列車に乗って紀伊半島の歴史や文化を学び、さらに地震・津波の避難訓練をするというツアーを企画している和歌山大学教授の西川一弘さんがゲストです。
西川)よろしくお願いいたします。
西村)このツアーは、「鉄學(てつがく)」という名前だそうですが、どんなツアーなのですか。
西川)電車に乗っているときに、津波が来たらどのように逃げれば良いのか。きのくに線ではJRや大学生、地元の高校生と一緒に訓練を重ねています。しかし、訓練をするにも限界があり、コスト面や高校生と連携する場合、カリキュラムの問題もあります。そして最大の問題は、防災意識が高い人しか訓練に来ないということ。より裾野を広げるために、電車に乗って、観光旅行として楽しみながら避難訓練ができるツアーを企画しました。
西村)紀伊半島の歴史や文化も学ぶことができるのですね。この路線は、海がキレイに見えるので、写真を撮るのも楽しそう。
西川)普段停まらない駅に停まることもありますよ。非日常を味わってもらいながら、津波避難についても学んでもらいます。
西村)津波のリスクが高い地域での避難訓練となりますが、きのくに線の浸水想定区間はどれくらいですか。
西川)きのくに線は、JR和歌山駅から南の端の新宮市までの海岸線を走る約200kmの路線。和歌山駅から新宮駅までの約35%が浸水区間です。白浜から南はほぼ半分が浸水区間です。
西村)「鉄學」ツアーは、今回で何回目ですか。
西川)コロナ禍で実施できなかった時期もありましたが、2016年から始めて今回で8回目です。
西村)1月に行われた「鉄學」ツアーをMBSラジオ報道デスクの横矢桐のさんが取材してくれました。今回の「鉄學」ツアーは、何人が参加していたのですか。
横矢)約60人で、若い人も多かったです。高校生や町おこしの関係者もいました。
西村)ツアーの内容を具体的に教えてください。
横矢)串本駅から新宮駅まで電車で向かいます。途中でいろんなところに停まって、風景を見ながら進んでいきます。
西村)きのくに線沿線は、観光地もあるのですか。
横矢)パンダで有名なアドベンチャーワールドがある白浜駅や温泉街がある紀伊勝浦駅があり、外国人観光客もよく乗っています。
西村)今回訓練した場所はどのあたりですか。
横矢)新宮駅の手前あたりです。地震が発生した想定で、線路の上で停車した車両から逃げる訓練をしました。
西村)この場所は、津波のリスクが高いところですか。
横矢)南海トラフ地震が起きると、7分半で30cmの津波が来ると想定されている場所です。周りより少し高くなっている線路でも、5mほど浸水する想定になっています。訓練のようすを音声でお聞きください。
音声・車内アナウンス)地震発生。津波がきます!ドアが開いたら避難してください。飛び降りる際は足元に注意してください。ドアを開けます。
音声・横矢)ほかの乗客と一緒に走っています。「走れ!走れ!」という大きな声が聞こえています。みなさん急いで電車から降りたのですが、かなり高さがあって。わたしは降りるのをためらってしまいました。結構急な坂です...(はぁはぁと息がきれる)。今、走っているところです。かなり高いところに逃げてきました。3~4分くらいかかったと思います。
西村)横矢さんかなり息がきれていましたね。
横矢)想像以上に息がきれました...
西村)すごく緊迫感のあるようすが目に浮かびました。みなさんは、どのように電車から逃げたのですか。
横矢)乗務員が電車の扉を開けてくれて、逃げました。
西村)地震から何分後とか、揺れが落ち着いてからなど、逃げるタイミングは決められているのですか。
横矢)特にタイミングは決まっていません。揺れが落ち着いてから逃げるのが良いですが、揺れが長く続くこともありますので、そのときによります。
西村)扉は乗客が開けるのか、乗務員が開けるのかどちらでしょう。
横矢)乗務員が開けます。
西村)その後どのようにして、高台まで逃げたのですか。
横矢)電車の扉のレールのところに座って飛び降りて、走って逃げました。
西村)線路までは結構高さがあるから怖いのではないですか。
横矢)扉のレールから線路までの高さは約150cmあります。わたしの身長が150cm弱なので、とても怖かったです。飛び降りるときに扉の脇の手すりから手が離せなくなって宙吊りのようになってしまいました。
西村)足が不自由な人や高齢者は大変ですね。
横矢)それぞれの車両に一つずつ組み立て式のハシゴが設置されています。ワンマン列車で、乗務員はひとりしか乗っていないので、ハシゴは乗客が自ら組み立てます。高校生の女の子がハシゴを組み立てる体験をしてくれました。音声をお聞きください。
音声・高校生)想像していたより軽くて、誰でも組み立てることができそうです。
音声・横矢)足で押さえながら車両の外に投げるという組み立て方でしたが、実際やってみてどうでしたか。
音声・高校生)縄のハシゴをかけるよりスムーズにできるので、避難も円滑になると思います。地震や津波は突然起こるものなので、今のような平常心でいられるかわからないですが、高校生が率先して地域のみなさんと一緒に逃げることができたら良いと思います。
西村)ハシゴは軽いんですね。組み立ては簡単なのですか。
横矢)簡単です。スライド式になっていて、すぐに組み立てられるように留め具もついていません。
西村)誰でも組み立てることができるなら安心ですね。今回の訓練ではど、れぐらいの時間で全員が避難できたのですか。
横矢)海抜30mの高さのところまで5分以内で避難できました。早く避難できたと思います。揺れが収まるまでの時間を足して、約7分~8分以内に逃げることができたら、命は助かると想定されています。
西村)横矢さんありがとうございます。西川さん、今回の避難訓練をどう総括しますか。
西川)乗務員も素早く、お客さまも一生懸命逃げてくれたので、早く避難できたと思います。体調面で課題のある人は、電車から降りるときの支え、高台へ連れて行くときには助けが必要でした。それでも想定時間の5分以内に避難できました。
西村)そのような手助けの訓練も大切ですね。長い揺れが続くことが想定されますが、ドアは完全に揺れが完全に収まってから開けるのですか。
西川)基本的には揺れが収まってから開けます。網棚に載せている荷物などが落ちてきたら危険なので。東日本大震災のように、揺れが4分以上続く場合は、待っているリスクの方が高くなってしまう場合もあるので、揺れているときに乗務員が開ける判断をするかもしれません。
西村)4分も待っていたら、津波が来てしまうかもしれませんね。
西川)最悪の想定なのでわかりません。乗務員はさまざまな想定で訓練をしています。
西村)わたしたちは、乗務員の指示を待って動いた方が良いのでしょうか、乗務員の指示なしでも自分たちの判断で動いても良いのでしょうか。
西川)後者です。津波のリスクもありますし、乗務員は1人しかいません。乗務員=「避難をさせる人」、乗客=「避難させられる人」という関係だと、時間がかかりますし、乗客が主体的に逃げることができません。ドアが開いたらすぐ逃げてください。車内の見えるところにハシゴを設置することで、「何か起きたらすぐに逃げる」ことを後押ししています。
西村)ハシゴを組み立てる人は避難が遅れると思うのですが、誰がハシゴを組み立てるのですか。
西川)お客さまです。東京ではハシゴを使わない訓練も行っています。今まではハシゴを使用することが常識だったのですが、津波のリスクを考えると、腰掛けて降りてもらう方が早い。70~80代で元気な人なら腰掛け降車ができます。どうしてもハシゴがないと厳しい人には、お客さま自身や時間が確保できた乗務員が組み立てることになると思います。
西村)ハシゴを組み立てて、それを待ってから逃げるわけではなくて、逃げられる人はどんどん逃げた方が良いのですね。
西川)土地勘がある住民は、高台を指し示して、みなさんに声をかけてもらえるとありがたいですね。
西村)体の不自由な人、体調面に不安がある人、高所恐怖症でジャンプできない人などいろいろな人がいると思うのですが、手伝う人は決まっているのでしょうか。
西川)特に役割は決まっていません。逃げられる人は逃げる。乗務員は手助けが必要な人に集中する。乗客で元気な人は、降りるときに支える、手を引っ張るなど自ら役割を作ってもらいます。「ハシゴを組み立ててください」「先導してください」など、乗務員からお願いする場合もあります。
西村)地元の人なら、ある程度想定ができるかもしれませんが、観光客が多く乗っている特急の場合はどうでしょう。避難方法は変わるのでしょうか。
西川)基本的には避難方法は変わりません。ハシゴを使うか腰掛け降車をするかです。普通電車と特急電車では扉の数が違うので、そこは課題になります。一旦、デッキに出ることになります。
西村)横矢さん、今回取材をして、どんなことが大切だと思いましたか。
横矢)日頃から、当事者意識を持って生活することが大切だと思いました。周りの音、風景、人に敏感であることで、さまざまな気づきを得られると思います。たまにはイヤホンを外してみる、スマホから目を上げてみることが大事だと自戒を込めて思います。
西村)電車に乗っているときは、「今、地震・津波が来たらどうしたら良いか」と想定することも大切ですね。西川さん、乗務員任せではダメですね。
西川)「避難させる」「避難させられる」という関係をいかになくしていくかですね。自分の命は自分で守ること。電車の座席のポケットや車内には避難の案内があるので、そういうものを見て気づいてほしいです。
西村)今後はどんな訓練が必要だと思いますか。
西川)高齢者、車椅子の人、視覚障害者などの身体の不自由な人が早く降りられるようにデータを取りたいです。どうすれば1秒でも早く降ろすことができるのか、どうすれば1秒でも早く逃げられるのかを研究したいと思っています。今回は晴れた日に訓練をしましたが、夜や雨の日は、避難に時間がかかってしまいます。さまざまなシチュエーションを考えた検証型の訓練を続けていきたいです。
西村)わたしもぜひ参加してみたいと思いました。今回紹介したツアー、「鉄學」を企画している和歌山大学教授の西川一弘さん、そしてこのツアーに参加したMBSラジオ報道デスクの横矢桐のさんにお話を伺いました。