オンライン:静岡大学 防災総合センター 教授 牛山素行さん
西村)全国で線状降水帯が発生し、各地で大雨が降っています。近畿でも先月初めに台風2号などの影響で、各地で記録的な大雨が降りました。和歌山県北部を流れる真国川が氾濫し、1人が死亡、1人が行方不明になっています。
きょうは、豪雨災害時の避難行動について、静岡大学 防災総合センター 教授の牛山素行さんにお話を伺います。
牛山)よろしくお願いいたします。
西村)牛山さんは、和歌山県の真国川に現地調査に行ったそうですね。真国川はどんな川ですか。
牛山)堤防があるような大きな川ではなく、谷底の狭いところを流れている中小河川。日本の山間部によくあるタイプの河川です。大きく曲がるところもあり、複雑な形で流れている川で、蛍の名所でもあります。
西村)そこまで大きな川ではなかったのですね。夏は子どもたちが川遊びをするよう場所でしょうか。その真国川が台風2号などの影響で線状降水帯が発生し、氾濫して、1人が死亡、1人が行方不明になりました。現地調査に行ってどんなことがわかりましたか。
牛山)風水害の被害は大きく2種類に分けられます。川があふれて流される場合、もう一つは増水した川に近付いて川に落ちてしまう場合。今回の死亡者、行方不明者は、いずれもあふれた川の水に流されました。1人は車で移動中だったようです。目撃者の証言では、浸水しているところに車で入ってしまったということ。動けなくなったのか、停車したのかは、わからないのですが、水の中で車が止まってしまいました。車から外に出ることはできたけど、そこで動けなくなり、最初は近くの草につかまっていたのですが、やがて水位があがってきて、流されて姿が見えなくなってしまったそうです。現場で浸水した痕跡を測ったところ、一番深い場所は約1.7mありました。車は完全に水没したと思われます。現場は川沿いの道路で谷底ですから、緩やかな下り坂になっています。高いところも最終的には浸水したとみられますが、おそらくこの車が水に入ったときは、高い場所はまだ浸水していなくて、その先が浸水している様子がわからなかったのか、通り抜けることができると思って進んでしまった、という状況ではないかと思われます。このようなパターンはよくあるケース。車で移動中に亡くなる人には、川沿いの道路が決壊して転落するパターンもありますが、緩やかな下り坂で高いところから低いところに車が進入して、水の中に入ってしまって、そこから逃れることができずに流されてしまうケースも多く見られます。
西村)今のお話を聞いていて、アンダーパスを思い出しました。
牛山)アンダーパスは、地面から低いところへ向かって下がっていきます。自然の地形でも同じような状況が生じることがよくあります。アンダーパスは浸水しやすく、車が入ってしまうケースは多いのですが、亡くなる人はほとんどいません。わたしが調査した20数年間で1521人中7人。アンダーパスの浸水は、水の流れはありません。深いけど静かに水が溜まっているので、車から脱出することができれば命を落とすまでには至りません。しかし自然の洪水による浸水は、多くの場合流れがあります。流れがあると、人も車も簡単に流されてしまいます。車で亡くなる人にはさまざまなパターンがありますが、道路に停まっている車で発見されるパターンはほとんどありません。道路と全然違うところに流された車の中で発見されます。または川の中に落ちてしまうパターンもあります。川の中に落ちてしまうと車が原形をとどめないほど壊れてしまって、運転手は別の場所で発見されることが多いです。脱出したのではなく、車が壊れてしまって、外に放り出されてしまうのです。
西村)歩いている場合なら、人はどれくらいの深さで流されてしまうのでしょうか。
牛山)防災パンフレットには、「〇cm以上浸水すると流されてしまう」とよく書いてありますが、それはむしろ危ないメッセージだと思います。流されてしまうかどうかは、水の深さで決まるわけではないからです。水は、水深が深く、流れが速くなるほど力が強くなるという性質を持っています。水深が浅くても流れが速ければ、流されてしまいます。
西村)「浅いから大丈夫」というのは間違いなのですね。
牛山)年齢や体格、体力によっても大きく変わります。水深〇cmを目安にする考えはやめた方が良いです。車でも状況は変わりません。車だと安全そうに思えますが、車の場合も、水深が深く、流れが速ければ流されやすくなるので同じです。車に乗っていて良いことは、「濡れない」ことくらい。水に対する安全性は、車も徒歩もほとんど変わりません。防災上の知識としては、「流れがある水に立ち入ったら、命を落とす可能性がある」と覚えてください。流れる水には近づかないこと。水は低いところに流れていくので、少しでも高いところ、水の流れから遠いところへ逃げることが重要です。
西村)今月初めから、九州各地や山口県では非常に激しい雨が降って、災害が発生しています。洪水・土砂災害はどのような場所で発生するのでしょうか。
牛山)洪水・土砂災害は、地形的に起こりうるところで発生します。わたしが調査している過去20数年間において、土砂災害で亡くなった人のうち9割は、土砂災害警戒区域などハザードマップで色が塗られているところで亡くなっています。水害の犠牲者の場合は、浸水想定区域内で亡くなる人が5割強です。洪水の場合、浸水想定区域は、大きな河川を中心として整備が進んでいますが、真国川のような中小河川は、洪水の可能性があっても浸水想定区域の指定が行われていないことがあります。中小河川の浸水想定区域指定は、ここ数年で急速に進んでいるので、数年後には多くの情報が出てくるとは思いますが、小さな河川は、浸水想定の対象外になってしまう可能性があります。まずはハザードマップで洪水・土砂災害の危険性を確認しておくことが重要ですが、それだけではありません。地形的に危険性があるけれど、ハザードマップで表示されにくい場所があるからです。中小河川の場合、ハザードマップで色が出ていなくても川と同じくらいの高さの場所は危険です。同じくらいの高さとは、水面の高さのことではありません。水が流れているところだけが川ではなくて、川は、必ずどこかでくぼみ始めます。そのような川の淵から内側の水が流れているところは全部川になります。川の淵と同じくらいの高さがある場所は、川が上流から土砂を運んできて、洪水を起こしたりして形成してきた土地。そういうところは、いつ洪水が起こってもおかしくないのです。特に川のすぐ近くで川と同じぐらいの高さの場所は危険です。今回、犠牲者が出た現場はいずれそのような場所でした。川の脇で、川の淵と同じ高さの場所です。ハザードマップで色は塗られていませんでしたが、地形的には災害が十分起こりうるところだったのです。
西村)わたしたちの家の近所や職場までの道も、改めて防災散歩をするなどして確認しておいた方が良いですね。豪雨になったらいざというとき、どのような行動をとれば良いのでしょうか。
牛山)風水害の避難行動は実は難しいです。津波災害なら、「高いところへ逃げる」とだけ覚えておけば間違いないのですが、風水害の場合は、いつ・どこへ・どう行動したら良いかが、事態の進展具合によって変わってくるので、一概にこうと言えません。指定緊急避難場所に移動することが常にベストというわけではありません。わたしの調査によると、洪水・土砂災害と風水害で亡くなる人の約半数は家の外で亡くなっています。逃げ遅れたか、避難せずに家の中で亡くなるパターンを想像するかもしれませんが、そのような人は全体の半分くらい。残りの半分は家の外で亡くなっています。特に水に関連する犠牲者は、約7割が家の外で亡くなっています。土砂災害は逆で、8割が家の中で亡くなります。土砂災害の被害を軽減するには、危険な場所から別の場所に移動することは重要ですが、だからといってむやみに外に出ると水や風によって命を落としてしまいます。雨風が激しい状況下では、避難の目的であっても、移動する距離はなるべく短くしましょう。時間的に余裕があれば、少し離れていても確実に安全な場所に移動することがベストですが、それにこだわることなく、状況が悪化してしまった場合は、身近なところで少しでも安全が確保できる場所に移動することを考えましょう。
西村)雨のときは、可能ならば外に出ないということがベスト。どうしても避難しなければならない場合は、短時間で、避難経路に気を付けるということですね。
牛山)さまざまな気象情報を活用することも重要です。最近は、大雨や台風が予想される場合には、かなり早い段階から気象庁・気象台が記者会見を行って、さまざまな情報が提供されます。危険な場所にいる場合、そのような情報が出てきた段階ですぐに行動を始めた方が良いです。事態が進展してきたら、ハザードマップ等を確認。どこでどんなことが起きそうなのかを考えましょう。気象庁が公開している「キキクル」という情報がオススメです。洪水・土砂などの種類があります。洪水キキクルは、川が溢れそうになっている場所がわかります。このような情報を得て、今どこで危険が高まっているのかを確認しましょう。
西村)最新のハザードマップをチェックして、気象庁の「キキクル」などの情報をこまめにチェックして、早めの避難を心がけて行動していきましょう。
きょうは、豪雨のときの避難行動について静岡大学 防災総合センター 教授の牛山素行さんにお話をお聞きしました。