第1393回「線状降水帯と大気の河」
オンライン:名古屋大学教授 横浜国立大学教授 気象学者 坪木和久さん

西村)6月はじめに日本列島を襲った豪雨では、6つの県で11回も線状降水帯の発生情報が出されました。また、先週も奄美大島に線状降水帯が2日続けて発生し、土砂崩れなどの大きな被害をもたらしました。なぜ線状降水帯が発生するのか。わたしたちはどう対応すれば良いのか。
きょうは、名古屋大学と横浜国立大学で教授を務める気象学者の坪木和久さんにお話を伺います。

坪木)よろしくお願いいたします。

西村)線状降水帯は、どんな状況で発生するのですか。

坪木)線状降水帯は、積乱雲がたくさん並んだもの。大量の水蒸気が流れ込んで、風がぶつかり合うところや山があるところに発生します。線状降水帯は、停滞する性質があるので、同じ場所で長時間、強い雨が振り続きます。それによって内水氾濫や河川の氾濫、土砂災害が起こります。停電や断水になることもあります。

西村)線状降水帯の要因と言われている大気の河とは何ですか。
 
坪木)台風や梅雨前線などに伴い発生する大量の水蒸気の帯です。線状降水帯の長さは約100km、幅は約10kmほどですが、水蒸気が川ように流れている大気の河は、長さは約3000~4000km、幅は約500~1000kmもあります。場合によっては長さ1万kmに達する大きなものもあります。
 
西村)どれぐらい大きいのかいまいちピンとこないです...。
 
坪木)2015年に関東地方で鬼怒川が決壊したときも線状降水帯ができていました。そのときの線状降水帯の長さは約100kmでしたが、関東地方に流れ込んでいた大気の河は幅約500km。信濃川800本分ぐらいの水が一気に関東地方に流れ込んだのです。
 
西村)それで、大量の雨が降り続いたのですね。
 
坪木)大気の河は、長さが数千kmあるので、水が1ヶ所に流れ込む状態が長時間持続します。水蒸気量は、信濃川800本分、アマゾン川2~3本分にもなります。全てが雨となって落ちるわけではないのですが、1%が雨になったとしても、信濃川8~10本の水が一気に落ちてくる。大変な雨量ということがわかると思います。
 
西村)大気の河からどのように線状降水帯が生まれるのですか。
 
坪木)水蒸気が大量に流れ込むと、大気が非常に不安定になります。気流のぶつかり合いが起こる梅雨前線では、積乱雲が次々と発生します。場合によっては、一つの積乱雲をきっかけに次々と積乱雲ができて、線状降水帯ができます。
 
西村)坪木さんは去年、大気の河の調査で日本で初めての実験に挑戦したそうですね。
 
坪木)大気の河は太平洋上にできるので、観測が難しいです。そこでわたしたちは飛行機に乗って、大気の河の上を飛んで、たくさんの測定装置で水蒸気の分布・温度の分布を直接測定しました。
 
西村)雨が降り続く中、飛行機に乗って調査したのですか。
 
坪木)雨が降る少し手前です。大気の河そのものには雨が降っていません。そこに流れている水蒸気の量を測定します。水蒸気が山にぶつかり、日本付近にある前線付近に線状降水帯ができます。
 
西村)この調査でどんなことがわかりましたか。
 
坪木)水蒸気が海面から高さ1000~1500mという非常に低いところにあるということ。大気の低いところに水蒸気がたまっているということが特別観測でわかりました。地面付近に大量に水蒸気があると大気は非常に不安定になります。その不安定な状態を作っている水蒸気の量がどれくらいあるかということが重要です。下層にある水蒸気を気象衛星から観測することは難しいです。水蒸気は広く遠くまで続いています。水蒸気が流れ込み続けることで線状降水帯が発生するので、このような観測のデータを予報に活かせば、線状降水帯の予測に活かせるのではないかと思いました。
 
西村)今回、初めてわかったことがあったのですね。
 
坪木)大気の河は、1日でできて、次の日には消えてしまいます。変動が激しいものなので、飛行機でその場所へ飛んでいって測ることが大事。
 
西村)線状降水帯の予測は年々進化していますね。
 
坪木)昨年から気象庁が半日前の線状降水帯予測を出すようになりましたね。画期的なことだと思います。
 
西村)半日前予測や30分前倒しの発表は、わたしたちの避難にとっても意味があるのですか。
 
坪木)半日前予測と、30分前倒しの発表は全く別のこととして捉えてください。半日前予測というのは、「大気の状態が非常に不安定で、大雨が降りやすい」ということを示しています。場合によっては線状降水帯が発生する可能性があるということ。このような予測が出たときは、避難の準備をしましょう。明るいうちに避難をしておくことが必要です。
 
西村)30分前倒しの発表については、どのように捉えたら良いですか。
 
坪木)線状降水帯が発生したことを気象庁はすぐには発表しません。気象庁が「線状降水帯が発生しました」と大雨に関する情報を出すタイミングは、既に線状降水帯が発生してから2時間半~3時間たったときです。30分前倒しの発表となっても線状降水帯は2時間~3時間続いている状態なので、この情報が出た時点で極めて危険な状態ということです。
 
西村)顕著な大雨に関する情報を待って避難していては遅いということですね。
 
坪木)はい。この情報が出されたときは、緊急安全確保というレベル。極めて危険な状態にあると認識してください。
 
西村)2018年の西日本豪雨を受けて、5段階の警戒レベルが公表されました。翌年には警戒レベルが改定され、検討会議に坪木さんも参加したそうですね。
 
坪木)一番高いレベルが5ということについて、ずいぶん議論しました。
 
西村)現在発表されている警戒レベル5は緊急安全確保となります。大雨特別警報、氾濫発生情報が気象庁から出されている時点で、既に警戒レベルが一番上の5。レベル4になると、土砂災害警戒情報、高潮警報などが気象庁から発表され、わたしたちの避難指示を促す情報が出されます。そのもう一つ前の3は大雨洪水警報などが出された場合に高齢者等避難という情報が出されます。
 
坪木)レベル3は高齢者に加え、避難に時間を要する人、要支援者も避難をしてくださいという意味ですね。
 
西村)足が不自由な人、障害のある人、子ども、妊婦さん、家族や介助している人も含まれます。わたしたちはどのレベルで避難を始めたら良いのですか。
 
坪木)レベル3の段階でできるだけ避難をする、レベル4では、全員が避難をしてください。レベル4で避難をすることが、自分の安全、周辺の人の安全を確保する最後の段階。レベル5になると、安全は保証できません。
 
西村)命を守るためには、警戒レベル4までには必ず避難しなければならないのですね。
 
坪木)レベル4の上に5があるのですが、5をどう位置づけるかについて、多くの議論がありました。4と5は全く別次元であるという理解が重要。レベル4と5の間にはギャップがあります。レベル4までには必ず避難をしてください。レベル5は災害が発生しているか極めて発生の可能性が高い状態。河川氾濫、内水氾濫、土砂崩れなど大雨に関わるあらゆるタイプの災害が起こると考えてください
 
西村)6月初めに日本を襲った豪雨でも和歌山県や奈良県に緊急安全確保(警戒レベル5)が出されて、大変な被害が出ました。これからも大雨のシーズンは続きます。わたしたちはどのタイミングで避難をすれば良いのか。平時から家族で話し合うことや避難の備えが大切ですね。
 
坪木)災害が起こってから準備をしたり、避難先を考えたりするのでは遅いです。平時からハザードマップを確認する、避難経路を確認することは、命を守る上で非常に重要です。
 
西村)きょうは線状降水帯と大気の河、避難について、名古屋大学と横浜国立大学で教授を務める気象学者の坪木和久さんにお話を伺いました。