取材報告:亘佐和子プロデューサー
西村)きょうの特集では、災害時の医療について考えます。災害が発生した時、医療機関に平常時の何倍もの数の患者が来ることが予想されます。一方で、医療機関のほうはどうでしょうか。
休日や夜間なら医療スタッフは少なく、建物が倒れたり路面が割れたりして道路が寸断され、医師や看護師が出勤できない事態が考えらえます。「病院に医療従事者がいなくて診療ができない」という災害発生直後の状況をどう乗り切れば良いのでしょうか。そのひとつのアイデアとしての「医療ボランティア」について、番組プロデューサーの亘佐和子記者が報告します。
亘)よろしくお願いします。
西村)災害発生時の病院の状況は本当に大変ですね。
亘)電気や水などのライフラインが止まり、地震で機材が倒れたり散乱したりします。医療スタッフが出勤してこられない中、大勢の患者、家族、近所の人たちがどんどん来ます。よく野戦病院のようだと言われますが、本当に大変な状況になります。
西村)その場合、どうすれば良いのでしょうか。
亘)例えば、災害派遣医療チーム「DMAT」が駆けつけたり、重篤な患者は被災地の外の病院に搬送したり、いろいろな手立てがあるわけですが、そのような助けが入る前、災害発生の当日~翌日ぐらいまでをどう乗り切るか。そのアイデアの一つを紹介します。先月、西宮浜の防災フェスタを取材しました。この防災フェスタは、楽しく学んで災害に備えようということで地元の住民が企画。防災用品・災害時のレシピの紹介、消火訓練、給水訓練などさまざまなコーナーがあり、西宮市役所、消防、警察、自衛隊が参加する大規模なイベントでした。その中で、きょう紹介する医療ボランティアの訓練も行われました。
西村)西宮浜といえば、埋立地ですよね
亘)西宮市にある人工島です。ヨットで太平洋横断した海洋冒険家の堀江謙一さんのヨットがある新西宮ヨットハーバーがあることでも有名です。西宮浜には約7000人が暮らしています。市の中心部とは、西宮大橋という橋でつながっています。災害が起こったときにこの橋が壊れたり、周辺が浸水したりして通れなくなると、西宮浜は孤立してしまう。実際に阪神・淡路大震災のときは、橋脚が壊れて、通行止めになっていました。この西宮浜には協和マリナホスピタルという中規模の病院があります。ここの医療スタッフはほとんどが西宮浜の外に住んでいます。橋が壊れたら病院に駆けつけたくても来られないかもしれない。しかし、西宮浜に住む医療従事者がいます。西宮浜の外で働いている人、現役引退しているも人もいますが、災害発生時に西宮浜にいるのであれば、その場所で、医療の専門知識を生かしてボランティアができるのではないかと。この医療ボランティアを西宮浜で募集したら、10人以上が手を挙げました。そこで先月の防災フェスタで、顔合わせも兼ねて、初めて模擬診療をやってみようということになったのです。
西村)どんな場所でどんな訓練が行われたのですか。
亘)防災訓練は、西宮浜義務教育学校で行われました。義務教育学校とは、小学校6年間と中学校3年間の9年間を一貫教育する普通の義務教育の学校。西宮市の指定避難所になっている体育館の中に、診療所を開くイメージで訓練をしました。西宮浜には消防局の浜分署という拠点もあり、消防車も常時1台あるので、消防も訓練に参加しました。患者役をしたのは、島の唯一の病院である協和マリナホスピタルのスタッフ。いろいろなタイプの9人の患者を受け入れるという訓練でした。訓練のようすを聞いてください。
音声・患者)胸が痛くて...どうしよう...
音声・医療ボランティア)お名前は?
音声・患者)〇〇です
音声・医療ボランティア)年齢をおしえてください。
音声・患者)55歳です。
音声・医療ボランティア)歩けますか?
音声・患者)少しなら。
音声・医療ボランティア)大丈夫ですか?
音声・患者)痛い!痛い!
音声・医療ボランティア)アレルギーの有無は、意識のあるうちに聞き取らないと聞き取れなくなります
音声・医療ボランティア)薬物アレルギーや食物アレルギーはありますか。
音声・患者)ないです。
音声・医療ボランティア)西宮浜の小学校の体育館です。よろしくお願いします。
音声・医療ボランティア)救急要請が行われました。救急隊がもうじき到着します。
亘)「胸が痛い」と言っていたこの女性は、急性心筋梗塞という診断でした。この後、救急隊が実際に到着し、ストレッチャーに乗せて搬送するところまで、訓練をやりました。
西村)とても深刻な状況ですよね。
亘)途中で「アレルギーの有無は意識のあるうちに聞いておいて」という言葉がありました。これは医師が看護師に言っていることです。ひとりの患者さんに関わる部分だけを編集していますが、他にも次々いろいろな人が来るので、同時並行で診療を進めていく状況でした。この患者役をした人に感想を聞いてみました。
音声・患者役女性)この先どういうふうに運ばれていくのか全くわからなかったので不安でした。最初に声掛けをしてもらって安心はしたのですが。全くイメージができないことが不安でした。
西村)顔見知りの看護師や医者もいないから余計にパニックになるでしょうね。
亘)避難所の一角で、騒がしい中で診療をしますし。医療スタッフ同士も初めての顔合わせで、どんなスキルがあるのかわからない人とチームを組んでやっていくことになります。患者さん役のインタビューをもうひとつ聞いてください。地震の揺れで手をついて骨折してしまった人の役をされた方です。
音声・医療ボランティア)手首を骨折していますが、固定するためのギブスがないので、あるもので先生が工夫してくださいました。ダンボールをサイズに合わせてハサミで切って包帯で固定しています。
音声・亘)実際やってみて、不安だったこと、大事だと思ったことはありますか。
音声・医療ボランティア)救急で運ばれる患者や心筋梗塞・意識不明状態で運ばれてくる人が立て続けに来ます。優先順位を決めながら、先生と看護師で声かけながら対応していたところがリアル。危機感を感じながらやりました。
西村)処置に使うことができるものも限られていますよね。
亘)医療資機材がないので、今回はギプスの代わりにダンボールで腕を固定しました
西村)ダンボールは使えるのですね。わたしたちも実践しておきたいですね。
亘)いろんなものが足りない中で、重篤な患者、心肺停止の患者も来ます。インタビューした人の場合は、骨折で命に関わるような怪我ではないので、横で待つ時間が長くて、その横を重篤な優先順位の高い患者さんが通っていく状況。トリアージという言葉が阪神・淡路大震災でもよく知られるようになりましたが、これが災害時の医療のリアルです。そして、今回の訓練で印象的だった事例を聞いてください。
音声・医療ボランティア)この人の娘さんが倒れたのですが、意思疎通が難しいようです
音声・医療ボランティア)お名前は?
音声・認知症患者)は?
音声・医療ボランティア)お名前を教えてください。
音声・認知症患者)ウ・エ・ヤ・マ!娘が倒れた!わたしどうする。
音声・医療ボランティア)娘さんは今どこにいますか。
音声・認知症患者)家!
音声・医療ボランティア)家はどこ?普段のんでいる薬とかもわからない。何もわからない。
音声・医療ボランティア)今まで病気しました?
音声・認知症患者)は?聞こえない。わからん。だれ!
音声・医療ボランティア)では福祉の方に。
音声・認知症患者)え!どこへ行くの!
音声・医療ボランティア)歩けないんですね。車いすで、お隣の福祉のほうに。
音声・認知症患者)どこに連れて行くの!
亘)認知症で耳が聞こえにくい高齢の女性という設定でした。一緒に住んでいる娘さんが怪我か病気で動けなくなり、パニックになってこの診療所に来たという設定です。この人が災害医療の対象者なのかはわかりませんが、このような人も診療所に来るわけです。この女性に応対した医師役、名演技だった認知症患者役の人に気づいたことを聞きました。
音声・亘)この認知症の人に対する情報が全然ないですね。
音声・医療ボランティア役男性)照会できるところもないし。ほかに症状の重い人が来るし、でもこの人をほっとくわけにいきません。
音声・亘)お疲れ様でした。名演技でした。訓練をしてみてどうでしたか。
音声・認知症患者役女性)自分のことを何もわかってくれていないので不安でした。認知症で耳も遠い役なので「なに?なに?」という感じでやってみました。
音声・亘)普段そういう人たちと接しているのですか。
音声・認知症患者役女性)訪問看護をしています。普段からの備えが必要だと思います。外出するときは、身分証明書や大事なことを書いた紙をもっていく。お守りの中に入れておくとか。
音声・亘)西宮浜にもそういう人は大勢いるのですか。
音声・認知症患者役女性)高齢の認知症の一人暮らしはたくさんいます。スーパーに買い物に行くなど日常生活はできでも、お薬手帳はどこに行ったわからなくなる。
音声・亘)地震が起こって、家族が怪我でもしたら...。
音声・認知症患者役女性)パニックになると思います。
西村)お互い何にもわからないのは困りますよね。
亘)お互い不安ですよね。台本では、この人は福祉避難所に行ってもらうことに。でも実際に福祉避難所は開設されているのか。そして誰が決定して、この人を福祉避難所に移送するのか。どうやって連絡を取るのか。課題は山のようにあります。
西村)能登半島地震のときも、「福祉避難所が震災で被害を受けて開設できない」というニュースがありましたよね。
亘)つなぐ相手である福祉担当の人がいるのかもわからない。
西村)家で倒れている娘さんも気になりますね。
亘)家から出てきて診療所にたどり着いても、家の場所がわからないかもしれない。娘さんを探しに行きたくてもどこかわからない...。そんな中、ほかの患者さんがどんどん来るので、医療ボランティアが娘さんを探しに行くことは不可能ですよね。本人は娘さんのことを気にしながら、福祉避難所に行くことになります。
西村)よりパニックな状況が続きそうです。
亘)これはもうどうしたら良いのかわからない、というケースです。
西村)先ほど患者役をした人から普段からの備えが大切だというお話がありました。身分証明書やお守りの中に大切なことを書いた紙を入れておくというのは本当にいいアイデアですね。
亘)連絡先をたくさん入れすぎると捨ててしまったりするので、最小限のものだけを入れて、常に身につけるとことが大事です。災害医療の現場の大変さが感じられる訓練でした。
西村)これは震災を経験していない医療スタッフにとっても、大切な経験になりますね。
亘)そこに住んでいる医療従事者で何とかしようという発想は思いつきませんでした。
西村)これはどなたが発案したのですか。
亘)発想の原点は阪神・淡路大震災。発案者は、西宮浜に住む災害医療の第一人者である鵜飼卓さんです。鵜飼さんの阪神・淡路大震災での経験が基になっているアイデアなんです。鵜飼さんは、当時、西宮に住んでいて、大阪の病院に勤務していました。なぜ今回、自分の住む西宮浜で医療ボランティアを立ち上げようと思ったのか、鵜飼さんのインタビューを聞いてください。
音声・鵜飼さん)阪神・淡路大震災のときに大阪の病院に行けなくて、西宮の病院で午前中に仕事をして、夕方になって大阪に行こうとしたら、交通渋滞に引っかかって。時間の無駄使いをしました。被災地に住んでいるドクターがどれだけ被災地で働くことができたかというアンケート調査では、地元で働くことができた人はごくわずか。自分の職場に行こうとしたら、10数時間無駄遣いした、1日以上かかったと言う人もいます。この島が孤立したときに、島に住んでいる人間で何とかしなければばらないと思いました。一緒に働いてくれる人が14人集まったので、今回訓練をしました。
亘)鵜飼さんは阪神・淡路大震災のとき、大阪市立総合医療センターの救命救急センター長でした。渋滞で病院にたどり着けずに、時間を無駄にしてしまったと感じたそうです。このように、治療のできる医師が渋滞に巻き込まれて病院にたどり着けないというのは、社会にとっても損失です。医療従事者のスキル・知識を適切な場所で生かすにはどうしたら良いのかを考えなければなりません。
西村)そのために、今回の訓練が全国に広がっていくと良いですね。
亘)今回は、避難所の中に診療所を作るという設定でしたが、島の中にある協和マリナホスピタルとの連携の話も進んでいます。病院に医療スタッフが出勤できない、診療ができないというときに、西宮浜に住む医療ボランティアが協和マリナホスピタルで診療を行うこともできるのではと。
西村)その方が患者にとっても良いですね。
亘)待合室の椅子、ベッド、医療資機材も使用できる。最低限の機材があるので、診療がやりやすいです。協和マリナホスピタルを使うためには、準備や話し合いが必要。これから話し合いを進めていくとのことでした。
西村)今回は、大きな一歩になりましたね。
亘)高齢化社会で大きな災害が起こったときに、どのような対応ができるのか。今回の医療ボランティアのように、効率よく助け合うために何ができるのか。みんなでアイデアを出し合っていくことが大事だと思いました。
西村)きょうは、番組プロデューサーの亘佐和子記者に報告してもらいました。