第1439回「現物主義が支援の壁に? 『災害救助法』の課題」
オンライン:日本弁護士連合会 災害復興支援委員会 副委員長 永野海さん

西村)きょうは、能登半島地震で課題が浮き彫りになっている「災害救助法」について考えます。被災地で応急的な救助や支援を行う法律ですが、今のままでは迅速な救助につながっていないという声もあります。
能登半島地震の被災地で活動し、日本弁護士連合会 災害復興支援委員会で副院長を務める、弁護士の永野海さんにお話を伺います。
 
永野)よろしくお願いいたします。
 
西村)能登半島地震から4ヶ月がたちましたが、被災地は未だ大変な状況が続いています。この災害救助法は、国が被災者に対してどんなことをしてくれる法律なのですか。
 
永野)自治体に財政支援をする法律です。この法律をもとに、避難所や仮設住宅が設置されたり、生活に必要なものが支給されたりする大切な法律です。
 
西村)国がまず自治体に財政支援し、被災者に届くのですね。そこからどんなことが行われるのでしょうか。
 
永野)最初に避難所が開設され、衣食住が支給されます。その後は応急仮設住宅の設置、修理の補助制度など再建までのあらゆるフェーズでこの法律がかかわってきます。
 
西村)災害救助法について、現在の能登半島地震の被災者はどのように感じているのでしょう。永野さんは、弁護士として被災地で活動しているとのこと。いつ頃から被災地に入って活動しているのですか。
 
永野)2月から毎月能登に入り、説明会や相談会を実施しています。災害救助法をはじめ、支援制度はとても複雑。知識がなければ、なかなか制度を使いこなせないという問題があります。なるべくわかりやすいチラシを作ってさまざまな相談にお答えしています。
 
西村)被災者は、どんなことがわからないと言っていますか。
 
永野)行政の情報は言葉が難しく、さまざまな条件があってわかりにくいということです。
 
西村)ただでさえ頭が回らない中で理解するのは大変だろうと思います。災害救助法の課題は何ですか。
 
永野)現物主義ですね。災害救助法は、昭和22年に作られた古い法律。当時は、災害時にお金で支援をしても使いようがないので、物を届ける現物主義という考え方がありました。しかし時代は変わりました。能登の避難所で、被災者に毎日同じようなお弁当が配給されている一方で、僕はコンビニで自由にお弁当を選ぶことができる。大きな災害が起きても普通にインターネットで買い物ができます。現物主義にこだわる法律を見直すべきときに来ていると痛感しています。
 
西村)実際の避難所では、どのような状況ですか。
 
永野)栄養を摂ることができるようにと、行政が新鮮な野菜を送ったとしてもそれを料理する人が必要。料理人を一緒に派遣してくれるわけではないので、被災者の負担が増えてしまいます。現物主義はそのような悪循環にもつながってしまいます。
 
西村)どうしたら良いのでしょう。
 
永野)自分ではなかなか買い物ができない人など、物の支援が必要な人もいます。同時に多くの被災者は、買い物ができる状況になっていれば、お金が支援されると自分の好きなものを選んで買うことができます。生活必需品はインターネットで自由に買うことができて、地元のお店で買うと復興につながります。さらに行政の職員の負担も減ります。いろんなものを現物で届けるということは、職員の負担が増えることになるのです。ただでさえ、災害後は仕事に忙殺されているのに、日頃やらないような仕事が増えると業務が回りません。
 
西村)被災者が物を選ぶ自由があると選ぶ楽しさも味わえますよね。地元のお店にお金を落としたら、地元のお店も潤う。良いことずくめだと思うんのですが、なぜお金を支援する方向にならないのでしょうか。
 
永野)阪神・淡路大震災のときに、被災者生活再建支援法を市民の力で変えた歴史があります。あのときも、お金の支援を受けるためにさまざまな縛りが存在したのですが、最後は現金が支給されることになりました。全壊の人が100万円の支援金をもらったとしても、趣味や娯楽に使ってしまうかもしれない。でも、それでも良いというふうに、制度のあり方が変わってきた。国としては「関係ないことにはお金を使わせない」という発想が残っているのかもしれませんが、そこは性善説で進めていかないと復興は迅速に進まないと思います。もう一つは、「災害は多くの場合一度きり」ということ。災害直後は、被災者や地域の議員は、制度の問題点を感じて発信しますが災害後は声がつながっていかない。災害を経験したことがない地域の人はそもそも問題があることを知らない。まずはこの問題について、たくさんの人に知られることが大事です。今のうちに制度をきちんと変えておかなければ。自分ごとと捉えて、全国市民で声を上げていくことが大事だと思います。
 
西村)被災地に家があるけど、そこに住んでいない家主が避難所に来てお金をもらう...というようなことは出てこないのでしょうか。
 
永野)そこは大丈夫です。支援を受けるためには罹災証明書の手続きなどが必要です。そこで関係のない人は外すことができます。それを物で提供するかお金で提供するか。例えばみなし仮設は、民間の賃貸住宅を行政が借り上げて、被災者に届けるという制度です。
 
西村)東日本大震災や熊本地震のときもみなし仮設がありましたね。
 
永野)みなし仮設は、行政が借り上げて被災者に貸すという形をとることで、何かあったら行政が責任を取らなければならない。提供する物件には、耐震基準、家賃などさまざまな制約があります。被災地にも空き家はたくさんあります。ペットを飼っている人は、むしろ古い空き家を借りて、そこでペットと一緒に暮らすことを望んでいる人もいます。しかし、古い家は耐震基準を満たしていないので、みなし仮設の対象にならないんです。そのように選択肢を狭めてしまうことは現物主義の課題ですね。
 
西村)能登半島地震の被災地には一戸建てが多いですよね。
 
永野)能登半島には、新しいマンションやアパートは多くありません。これは、地方で災害が起こるといつも起こる問題です。一方で古い空き家はたくさんあるのが日本の現状。これを活用する発想もあっていいはず。みなし仮設制度も、家賃支援のような形で、お金で支援をすると、空き物件を有効に使うことができます。早く復興できる人はどんどんその制度を使って復興していくことができます。そうすると行政が弱い立場の人に貴重な人的資源をまわせる...という好循環にもつながるのです。
 
西村)仮設住宅の建設がなかなか進まず、避難所で暮らしている人も多い中、家賃補助をして、みなし仮設で暮らす人が増えると、被災者の暮らしも変わりそうです。
 
永野)行政が全て管理、調査をすると一定の時間がかかってしまうし、全て自由にはいきません。だからどんどん復興していける人にはお金を使ってもらって、進んでもらうという二極化が良いと思います。それが最終的に弱い立場の人を救うことになると思うのです。
 
西村)被災した家の修理もこの災害救助法が活用されるのでしょうか。
  
永野)応急修理制度という災害救助法の制度があり、罹災証明書で準半壊という判定をもらった人は、これを利用できます。修理の補助制度も現物主義に関わっていて、被災地は大変なことになっています。
  
西村)被災者が業者と契約して、足りないお金を行政に補助してもらうのですか。
 
永野)現物主義では、修理の一部を行政が引き受けるという形で契約を一部切り離して支援がなされます。例えばリビングの部屋の壁の交換工事だけを行政が受け持つなど。とても複雑なことになっています。
 
西村)ややこしいですね。
 
永野)ややこしいと思うのは業者も同じ。地方の高齢の業者や大工は、新しい制度はよくわからないと言います。災害時は、お金を払うから修理をしてほしい人はいくらでもいるのに、修理対象や金額に限定があり、行政で手続きが必要となると修理を敬遠されてしまいます。それより、修理をした証拠を出せば上限金額まで支払うというふうにした方が復興は早く進むと思います。
 
西村)やはり今の災害救助法は時代に合ってないですね。
 
永野)どちらか一つではなく、「物が有効な人には物を」「現金で進められる人には現金を」という柔軟な発想をしてもらいたいです。
 
西村)改めて、この問題に向き合って声を上げていくことが大切だと思いました。
きょうは、災害救助法について弁護士の永野海さんにお話を伺いました。