第1441回「能登の被災地で進まない公費解体」
オンライン:東京都立大学名誉教授(災害復興学)中林一樹さん

西村)元日に発生した能登半島地震により、多くの住居や店舗が倒壊した石川県では、約2万2000棟が公費解体の対象になっていると推計されています。しかし、実際に公費で解体されたのは100棟に留まり、復興が進まない要因となっています。どうして公費解体が進まないのでしょうか。
きょうは、東京都立大学名誉教授(災害復興学)中林一樹さんにお話を伺います。
 
中林)よろしくお願いします
 
西村)能登半島地震が発生して、もうすぐ5ヶ月。能登の被災地における公費解体のペースについてどう思われますか。
 
中林)公費解体は、1995年の阪神・淡路大震災から始まりました。阪神・淡路大震災のときは、5か月後には全体の3分の2が解体していました。当時は、自主解体、公費解体ともに解体して良いところはまとめて解体していきました。それから比べるとかなり遅れています。能登半島の被災地には、今も壊れた建物がそのまま残っています。
 
西村)能登半島地震では、なぜこれほどまでに公費解体が遅れて進まないのでしょうか。
 
中林)まず家が壊れてしまった人が多いこと。たくさんの被災者が避難所に避難しました。さらに高齢者の災害関連死を防ぐために、1ヶ月半~2ヶ月後から、多くの被災者が二次避難で被災地を離れました。その前に罹災災証明の申請をしていれば、もっと早く公費解体が進んだのですが、何もしないまま被災地を離れてしまった人が多かった。罹災証明も公費解体も本人が申請して初めて動き出す制度。申請がなければ何もできないのです。
 
西村)半壊以上~など、どの段階なら公費解体ができるのでしょうか。
 
中林)半壊以上の建物、その程度の被害があったと認められる建物は公費解体の対象になります。産業施設も公費解体の対象になります。
 
西村)罹災証明を取るだけなら、それほど難しいことではないですよね。
 
中林)罹災証明は、どの程度の被害かを行政が確認してから全壊・半壊等を証明します。クレームがあった場合、双方立ち合いの元、現場で確認をしなければならないので、罹災証明を取ることは簡単なものではないです。今回は急いだ方が良いので、写真判断などで全壊・半壊を決めて書類を発送するという形をとりました。しかし判定に対するクレームがあると現場に入って確認しなければなりません。クレームの申し入れは電話でできでも、現場に入る術がなかなかありません。孤立集落の人が2次避難してしまうと戻ってくることすら難しいので、どうしても時間がかかります。産業施設は被害程度を証明する被災証明を別途発行します。半壊以上の公費解体の申請窓口は現在、市役所の窓口1ヶ所しかありません。
 
西村)市役所に行くことも大変ですよね。
 
中林)直後は無料バスがあったのですが今はありません。金沢まで路線バスで片道3500円、往復7000円もかかります。
 
西村)バスで往復するとお金も時間もかかる。一度提出しに行っても、不備があるとまた行かなければいけない。大変ですよね。書類の枚数も多いのですか。
 
中林)揃える書類が複雑なケースが多いです。お父さんが亡くなったのに、息子さんや奥さんに相続されていない場合、相続手続きから始めなければなりません。建物の所有者を法律上明快にしない限り次へ進めません。建物の所有者が亡くなったら、相続権を持つ人が集まり、相続人を決める必要があります。他の相続権がある人から相続権を譲ることに同意した署名捺印をもらわなければなりません。長男は地元、次男は名古屋、三男は東京、4男はニューヨーク...という場合もあるでしょう。
 
西村)全員の同意が必要なのですね。
 
中林)相続登記ができていなければ公費解体の手続きに入れないのです。実家であってもその人の所有物ではありません。罹災証明をもらったから大丈夫、と窓口に行ったら、相続がされていなくて手続きできない...という事態に。兄弟や身内の承認を得ることができれば良いので、まず話合いをして、その結果を書類として整える。手続きが面倒くさかったら、司法書士に手伝ってもらいながら、法務局で相続手続きをしてください。
 
西村)相続登記をしっかりすることも災害時の備えになるのですね。
 
中林)はい。土地の境界線、面積など、建物や土地の所有者をはっきりさせることを地籍調査といいます。これが日本ではまだまだ進んでいません。人間の相続はしていても、正しい戸籍で住宅、土地の地籍として登録されていない、あるいは登録はされているけど面積がいい加減、というケースも。復興へ向けて区画整理をやろうとすると、隣との敷地の境界や面積が曖昧な場合が多いのです。
 
西村)公費解体ができる状況に申請が終わっていても、周りの家も一緒に...など区画ごとにしか解体ができないのは、そのような理由があるからですか。
 
中林)そうではなく、それは、建物の解体を効率的に進めるためには、道路で囲まれたブロックごと一気に解体するのが最も効率が良いからです。一番奥の家が1ヶ月後、一番手前の家が2ヶ月後...と希望を出されても、重機もダンプカーも路地に入れないので、やりようがない。だから、表から順番にまとめて解体します。いろんなところにダンプカーを停めて工事をすると、街の道路を塞いでしまって、日常生活も水道工事などの緊急対応にも支障がでます。ブロック単位にまとめて工事をすると表から順番に奥まで数日間で済ませることができるのです。
 
西村)いろんな問題があるのですね。この公費解体を順調に進めるためにはどうすれば良いのでしょうか。
 
中林)まず全員が解体申請を終えること。能登の場合は、二次避難で被災地を離れている人が多いので、そのような人からまず手続きを完了させる。珠洲市には、泊まる場所がほとんどありません。ホテルは業者や職員、支援者が泊まっていて空きがないので、避難所に泊まらなければならない場合も。金沢からの交通費は往復7000円もかかるので、「申請時の交通費を半額補助」「行政職員が被災者の元へ出向いて申請手続きをする」など、やれることはまだあると思います。なるべく早く公費解体の申請をすることが、まず第一歩。ブロック単位で解体するなら、地図上で公費解体申請済みをチェックして、申請がまだの家については、申請が早く終わるように支援を厚くするとか。家財道具や大事なものも一緒に家が潰れている場合が多いので、「仏壇や位牌を取り出したい」「母親の遺品の指輪を探したい」等の理由で、解体のときに現場に立会いたい被災者が多いです。そのようなスケジューリングも含め、解体を進める必要があると思います。
 
西村)きょうは、能登半島地震で進まない公費解体について、東京都立大学名誉教授(災害復興学)中林一樹さんにお話しを伺いました。