第1445回「災害関連死を防ぐための高齢者ケア」
オンライン:東洋大学 教授(社会福祉学科)高野龍昭さん

西村)能登半島地震の発生からまもなく半年となります。災害関連死の認定は増え続けていて、直接死と合わせると、能登半島地震の犠牲者は2016年の熊本地震を上回る見通しです。新たな災害関連死を防ぐためにはどんな取り組みが必要なのでしょうか。
きょうは、高齢者福祉や介護に詳しい東洋大学教授の高野龍昭さんにお話を伺います。
 
高野)よろしくお願いします。
 
西村)能登半島地震の発生からもうすぐ半年ですが、災害関連死の認定が増えてきています。高野さんは現状をどう見ていますか。
 
高野)熊本地震の災害関連死も9割が高齢者。能登半島地震の被災地は、全国でも人口の高齢化が進んだエリアです。地震で助かった命が災害関連死で失われてしまうことを発生直後から懸念していました。
 
西村)能登地方の高齢者は、何割ぐらいですか。
 
高野)人口に占める65歳以上の人の割合を人口の高齢化率と言います。全国では29%となります。今回の被災地の珠洲市は53.2%、輪島市は49.0%、能登町は52.6%、穴水町は50.6%等、高齢化率が50%ぐらいの地域が多く、全国的にも高齢化が進んだ地域と言えます。高齢者の暮らしがとても心配な被災地です。
 
西村)半分ぐらいが高齢者でサポートする人や動く人も少ないのですね。
 
高野)熊本地震では、地震の被害で亡くなった人が50人で、災害関連死が218人。関連死の方が多いんです。高齢者は災害関連死のリスクが高いということが過去の地震や洪水でもわかっています。
 
西村)現在、被災地の高齢者はどのように暮らしているのですか。
 
高野)一時避難所、1.5次避難所はそろそろ閉じられていて、自宅に戻るか仮設住宅で暮らしているかです。介護や医療が必要な人は、能登地域から近くない福祉施設に移って、介護サービスを受けている人も。平時には程遠い状況で暮らしている人が多いです。
 
西村)遠くの高齢者施設、介護施設にいる人は、知らない人たちがいる知らない場所で不安も大きいでしょうね。
 
高野)現地の関係者から聞くと、ある集落では10世帯のうち3~4世帯しか残ってないそう。自宅で暮らしていても、地域のコミュニティがなくなっているところも多いです。買い物が大変で食料が不十分な場合や、水道が復旧していない地域もあります。水分をとることを控えることで体調を崩してしまう高齢者もいます。
 
西村)トイレを我慢して、水分を控えたら熱中症になるかもしれません。気分も滅入ってしまいそうですね。
 
高野)これからの季節、特に高齢者は水分を取らないと熱中症のリスクが高まります。風呂に入らずに、水分をとることを控えると、高齢者は抵抗力が弱まるので、尿道から細菌が入って、尿路感染症になってしまいます。尿路感染症は、尿の量が減ると起こりやすくなります。尿路感染症から熱が高くなり、全身に感染症の症状が出て重症化し、場合によっては命を落とすことも。熱中症そのもののリスクに加え、高齢者特有の症状が心配される季節になってきています。
 
西村)尿路感染症は、命を落とす危険性もあるのですね。高齢者は、大きな環境の変化にとても弱いということですね。
 
高野)避難先としては恵まれた環境である福祉施設で暮らしている人も、環境の変化で体調を崩すリスクが高いです。
 
西村)ホテルや仮設住宅など、それぞれの場所でそれぞれの不安がありそうですね。
 
高野)高齢者は、多少体が不自由でも、認知機能が少し衰えていても、慣れ親しんだ環境であれば、長年の経験と勘で不自由なく暮らせる人が多いです。しかし突然、今まで行ったこともないホテルや異なる環境の福祉施設に移ると、廊下を歩くことも不自由に感じます。場所がわからなくて迷っているうちに転んで骨折することも。親しい身近な人と離れ離れになると、孤独な環境になります。人に会うなど楽しい活動をする機会が失われて、歩く機会が減ると、転倒も起こしやすく、体調が不安定になります。気分が落ち込んでご飯も食べられなくなる。食事や水分が不十分になると、さまざまな感染症を起こしやすくなります。平時ではちょっとした風邪が重症化することは少ないですが、ストレスがたまっていて、ご飯の量が減って、栄養状態が悪くなると抵抗力が減退。水分が減ると、口の中が乾燥して感染しやすくなります。風邪が肺炎になって重症化し、災害関連死につながることがあります。
 
西村)体調の変化に男女の差はあるんでしょうか。
 
高野)高齢期になればなるほど、女性の方が社交性を維持している傾向があります。一方で男性は、あまり人との交流を好まない人が多い。「人との交流」が避難生活で元気に過ごすキーワードだとすれば、男性の方が気にかけてあげたり、新しい活動につなげてあげたりする支援が必要かもしれません。
 
西村)骨折から深刻なケースにつがることもあるのですか。
 
高野)災害時に関わらず、高齢者は骨折をするとしばらく安静にしておかなければいけません。若い人は、2週間ぐらい安静にしていても歩行機能が衰えることはないですが、高齢者の場合、10日~2週間程度安静にしているだけで、歩けなくなることがあります。骨折を避けることが心身の機能低下を避けるための重要なポイント。骨折をきっかけに命を失うことになりかねないのです。
 
西村)それは注意しなければいけませんね。
 
高野)災害では命が助かっているのに、避難生活で医療や介護が受けられなくなることで、体調を崩して命を失うことは避けなければいけません。支援をしていく必要があります。
 
西村)「わたしよりも大変な人たちがたくさんいるから」と遠慮してしまう人もいると思います。深刻な状況になっているのですね。どうしていったら良いのでしょうか。
 
高野)保健師やソーシャルワーカーやケアマネージャーが1軒1軒、定期的に避難所を回って、必要な支援につなげる活動を続けています。一方で心配なのが、世帯が少なくなった地域で自宅にとどまって暮らしている人。広い過疎地域に高齢者が住んでいるので、1人1人の状況を把握するのが難しい。現在、ニーズの調査や安否確認をしているところですが、移動が大変なのでニーズがつかめない状況もあると聞いています。遠慮する人も多いです。支援が十分に届いていないと体調面の不安が出てきます。
 
西村)仮設住宅に移動して、新しい生活を送る人たちが心の元気を取り戻すためのアドバイスはありますか。
 
高野)環境が変わった高齢者にはリロケーションダメージがよく起きると言われています。リロケーションダメージとは直訳すると、"ロケーション(住んでる場所)が変わることで、生じるダメージ(悪影響)"。高齢者の場合は、環境が変わるだけで歩きづらくなる、外に出なくなることがあります。トイレの場所が自宅とは違うので、場所がわかりづらくてトイレに行かなくなる、間に合わなくなる。外に出なくなって、不安を持つと、一日中ぼーっとして過ごしてしまうこともあります。夜に寝られなくなり、昼間寝てしまって、夜に声を出して周囲の人に迷惑をかける人も。場合によっては、認知症の症状を周囲の人が感じることもあります。これは、認知症になったわけではなく、不安や混乱が心身の状況を悪化させてしまっているのです。リロケーションダメージには注意が必要ですが、認知症や病気ではありません。対処策はいくつかあります。リロケーションダメージが起こるかもしれないということを知っておいて、それが生じたときには、周囲の人や医療・福祉・介護関係、保健師などに連絡してください。専門家がすぐにアドバイスをしてくれると思います。
 
西村)わたしたちも高齢者になったときに、大きな災害が起こるかしれません。きょう聞いたお話をしっかり心に留めておきたいと思います。
 
高野)元気な人な人なら、対人関係が拡大するような支援、趣味活動を働きかけるとか、朝に体操を一緒にするだけでも良いと思います。そのような対応は有効。医療や介護が必要な人は、できるだけ今まで通りの医療や介護の支援を受けるようにする。自宅から老人ホームに急に入った人にもリロケーションダメージが生じることがあります。不安を感じている高齢者、認知症のような症状が起きている人、落ち着きを失ってしまった人には、「自宅で使っていたお箸や茶碗で食事をする」「普段よく着ていた服を着て過ごす」「毎日使っていた目覚まし時計を使う」など日常生活になじみのあるものを取り入れると不安が軽減されて、元の状態に戻ることも。そんな対応をすると良いと思います。
 
西村)きょうは、災害関連死を防ぐための高齢者ケアについて、高齢者福祉や介護に詳しい東洋大学教授の高野龍昭さんにお話を伺いました。