第1468回「命を守る"口腔ケア"」
ゲスト:兵庫県保険医協会 副理事長 足立了平さん

西村)来年の1月17日で発生から30年になる阪神・淡路大震災。この地震の震災関連死のうち、約4分の1が肺炎によるもので、その多くが誤嚥性肺炎とみられています。誤嚥性肺炎の主な原因は、口の中の汚れです。
きょうは、多くの被災地で被災者の口腔ケアにあたってきた兵庫県保険医協会 副理事長 足立了平さんをスタジオにお迎えしました。
 
足立)よろしくお願いいたします。
 
西村)足立さんは阪神・淡路大震災の避難所でも医療活動をしていたそうですね。当時のようすを教えてください。
 
足立)当時も被災者に一般的な治療は提供していました。ただ、口腔ケアのような予防活動はできていませんでした。災害関連死の肺炎と口の中の細菌との関係が当時はわかっていなかったからです。医学的にも証明されていなかった。後に肺炎と口腔ケアとの関係がわかってきて、「あのとき口腔ケアをすれば、肺炎が防げたのではないか」という反省のもとに、災害時の口腔ケアの重要性を伝えています。
 
西村)阪神・淡路大震災当時も断水で水が不足していたので、歯磨きは十分できていなかったのですね。
 
足立)極端な水不足で、歯磨きどころではないという人も多かったと思います。
 
西村)誤嚥性肺炎という病気は、どんな病気なのか教えてください。
 
足立)口の中の細菌を含んだ唾液が気管に入って肺で増殖し、肺炎を起こす病気です。体力が落ちているときに細菌が増えやすくなります。元気なお年寄りはあまり肺炎を起こすことはありませんが、災害時に体力が落ちると肺炎を起こしやすくなります。口の中が汚れている人ほど、肺炎を起こしやすいです。高齢者の肺炎の8割は誤嚥性肺炎だと言われています。
 
西村)飲み込む力が弱くなってくることも関係していますか。
 
足立)はい。高齢者は、病気や加齢によって飲み込む力が弱くなります。
 
西村)阪神・淡路大震災の避難所では、歯ブラシなどの歯磨きグッズは配られていたのでしょうか。
 
足立)日用品は配られていました。しかし、歯を磨く意識があるのかが問題。口腔ケアが命を守るということはあまり知られていません。阪神・淡路大震災当時はわたしたち医師も知りませんでした。世界で初めて「口腔ケアで肺炎が予防できる」という論文が発表されたのは、震災から4年後の1999年です。
 
西村)誤嚥性肺炎を予防することが大事ですね。個人レベルでできることを教えてください。
 
足立)病気や加齢によって起こる嚥下能力の低下を改善することは難しいですが、口腔ケアで口の中の細菌を減らすことは普段の努力でできます。肺炎を起こすのは、口の中の菌。口腔ケアをして、細菌を減らしておくことと、しっかり噛んで食べて栄養をつけておくことも大事です。災害のときに入れ歯を持ち出せなくて、硬い物が噛めずに栄養が下がる人も多い。入れ歯を外さずに寝る人もいて、そうすると夜間に口の中の細菌が増えてしまいます。動物にとって歯がなくなるということは、死を意味します。
 
西村)まずは歯をしっかりと守ることですね。口腔ケアについて、国で取り組んでほしいことはありますか。
 
足立)避難所の水場の環境の改善です。日本の避難所は世界レベルで見ると劣悪だとよく言われますが、水場もその一つ。使い勝手のいい洗面所があれば、口腔ケアをしやすくなります。避難所の環境作りは、自助や共助では難しいので、国がしっかりと考えてほしいですね。
 
西村)歯磨きをしやすい環境が必要ということですね。
 
足立)人前で入れ歯を外して磨きにくい高齢者も多いと思います。自衛隊が運動場の真ん中に水場を作ってくれていましたが、明かりがなくて屋根がないので、雨天時や夜間は水場に行かない人が多かったです。もっと近くに水場を作って、ダンボールで仕切ってプライバシーを守って、人に見られない状態を作らなければなりません。避難所の運営は男性が関わっていることが多いので、ジェンダーの視点が抜けていることも。水場については、歯科医療関係者でなければ、提言が難しいと思います。
 
西村)足立さんは、輪島ではどんなところで被災者支援を行っていたのですか。
 
足立)輪島の避難所を回って環境整備や肺炎の予防について啓発活動を行っていました。ある中学校では、避難場所が校舎と体育館にわかれていたのですが、水場は全て校舎にありました。体育館にいる人は、一旦外へ出て、靴を履いて、校舎に行って歯磨きや洗顔をしなければなりませんでした。
 
西村)それは面倒くさいですね。
 
足立)日中はよくても、夜は不便なので、水場に行かずにそのまま寝てしまう人も多かったです。20mほどの距離でしたが、大きな距離だと感じました。
 
西村)歯磨きやがおろそかになってしまった人がたくさんいたのですね。
 
足立)「歯磨きをしなくても死ぬことはないだろう」という考えがベースにあると思います。口腔ケアをしっかりしておかないと肺炎になってしまうということが、高齢者には浸透していません。
 
西村)具体的にはどんなケアをしたら良いですか。
 
足立)通常の歯磨きで構いません。入れ歯の掃除は重要です。しかし「貴重な水を歯磨きや入れ歯を洗うのに使うなんて...」と忖度する人が多いです。
 
西村)周りの人の目も気になりますね。
 
足立)支援物資で水がたくさん届いても、水は貴重だから保存しておかなければいけないと思ってしまうんです。
 
西村)目隠しがあって1人の空間があれば、周りに気を使うことなく水を使って歯磨きをすることができますよね。
 
足立)歯磨きは人権です。日本人は「被災したら多少の不便は我慢すべき」という風潮がある。わたしたちは、被災前と同じ生活をする権利を持っています。そこはしっかりと国に考えてえてもらいたいですね。
 
西村)支給される物資の中に、マウスウォッシュや水を使わずに歯磨きができるグッズはありますか。
 
足立)たくさんありますが使い方がわからないという人も多いです。歯間ブラシは都会では一般的ですが、慣れていない高齢者も。グッズの使い方を指導する歯科衛生士が巡回、常駐することが必要だと思います。
 
西村)誤嚥性肺炎で命を落とさないために、平時からやっておくといい備えを教えてください。
 
足立)大きなポイントは備えない防災(フェーズフリー)。普段使いのものを災害時にも使えるように備えておくことです。普段からしっかりと口のメンテナンスをしておくことは非常に重要です。サバイバル状態になっても「噛める口・飲める口」を作っておきましょう。そのためには歯をしっかり残すこと。歯磨きを毎日することはもちろん、3~4ヶ月に一度、歯科医院でメンテナンスをして、口のケアを普段からしておきましょう。
 
西村)わたしたちが子どものときは、虫歯ができたら歯科医院に行く感覚でした。普段から歯科医院でメンテナンスをすることも大事なのですね。普段から使える口腔ケアグッズで、おすすめのものがあれば教えてください。
 
足立)水がないときも使えるウェットティッシュは便利です。指に巻いて歯を磨くものです。歯ブラシがないときに代用することができます。ほかに水がなくても磨ける液体歯磨きなどの口腔ケアグッズを防災バックの中に入れておきましょう。口腔ケアは、歯周病や虫歯の予防だけではなく、肺炎から命を守り、災害関連死を防ぐことにつながります。
 
西村)兵庫県保険医協会 副理事長 足立了平さん、ありがとうございました。