第1481回「能登半島地震 ボランティア不足の原因は?」
オンライン:全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)事務局長 明城徹也さん

能登半島地震では、発生から3か月間で集まったボランティアの人数が5万人と、熊本地震の半分に留まりました。このボランティア不足が、復興の遅れにつながったとみられています。
なぜボランティアが集まらなかったのでしょうか。まず、道路の寸断と渋滞で被災地に入ることが難しく、寝泊まりする場所もなかったことが指摘されています。また、「個別のボランティアは控えてほしい」という石川県の馳浩知事による自粛要請も、大きく影響していると専門家は言います。この発言で災害支援のNPOなども現地入りに二の足を踏み、専門的な知識を持つ人員が集まりませんでした。
自治体とボランティアとの間に入って調整する「災害中間支援組織」がうまく機能しなかったことも要因のひとつです。事前に行政との関係性をつくっておく必要性も指摘されています。
本来、ボランティアは自主性と自発性を持って行動するものです。その力を最大限活用するにはどうすればいいのか、「全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)」の事務局 明城徹也さんに聞きます。
  
全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)
https://jvoad.jp/
 
有馬尚史さん監督作品「凪が灯るころ~奥能登、珠洲の記憶」上映
■京都
3月1日(土)午後1時~2時半
長岡京市立中央公民館3階 市民ホール
参加料 1000円
申し込み
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSf6K1W2lFx_m_s_eNlGL_x2CSmvSeLoxUebKvPWylwwaCgusA/viewform
 
■奈良
3月2日(日)午後1時45分~4時50分
天理市民会館
前売り 1000円(申し込みは2月25日まで)
当日 1300円
問い合わせ先 天理大学国際学部 中祢勝美研究室
nakane@sta.tenri-u.ac.jp
  
(番組内容は予告なく変更する場合があります)

第1480回「災害からペットを守るための防災対策」
オンライン:NPO法人アナイス 代表 平井潤子さん

現在日本で飼われている犬・猫は1500万頭以上。突然の災害に備え、人だけではなく、家族の一員であるペットのことも考えた準備が必要となります。
人と動物の防災を考える市民ネットワーク「NPO法人ANICE(アナイス)」代表の平井潤子さんは、ペットの防災には「ハードとソフト」の両面での対策が必要だと訴えます。大規模災害時にはペット用の支援物資がなかなか届かないため、食べ物や水、薬などをしっかりとストックしておく必要があります。さらに、ソフトの備えとして、飼っている動物の種類や数、家族構成、家の立地などに合わせて、各家庭オリジナルの防災マニュアルを考えてほしいと平井さんは話します。
また、日ごろのしつけや迷子対策も、飼い主にしかできない防災対策の一つです。散歩などを通して社会生活に適応する力をつけることで、緊急時にも落ち着いて行動することができます。番組では、平井さんに被災地でのペットたちの状況や、犬・猫それぞれに必要となるしつけや防災対策のポイントについて教えてもらいます。
 
NPO法人アナイス
http://www.animal-navi.com/

西村愛のひとこと
まずは、在宅避難ができるように耐震化や家具固定をした上で、食料や水、治療中のペットなら医薬品や処方食も準備しましょう! 意外と忘れやすいのは、うんち袋だそうです。ご近所に臭い匂いが広がってトラブルにならないよう、大切なポイントですね。1ヶ月分以上は準備し、ぜひローリングストックを!!

第1479回「危険な豪雪をもたらす"線状降雪帯"」
オンライン:三重大学大学院 教授 立花義裕さん

今シーズン最強で最長の寒波が今週、日本列島を襲いました。北日本から西日本の日本海側を中心に記録的な大雪が続き、空の便をはじめ、多くの交通網に影響を及ぼしました。日本海側にこの大雪をもたらしたのは"線状降雪帯"とみられています。
"線状降雪帯"は、日本海側で発生する帯状の雪雲で、正式名称は「JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)」といいます。この雪雲が流れ込むと、大量の雪がわずか数時間で降り積もります。集中豪雨を降らせる『線状降水帯』と発達のメカニズムが似ていることから、JPCZの構造を観測してきた三重大学の研究チームが、通称で"線状降雪帯"と名付けました。
"線状降雪帯"を研究してきた三重大学大学院の立花義裕教授は、「地球温暖化が最大の発生要因だ」と話し、「夏の猛暑・豪雨も、冬の豪雪も、地球温暖化によって当たり前の時代になっていく」と警鐘を鳴らしています。番組では、立花教授に"線状降雪帯"のメカニズムや、冬の豪雪に私たちはどう備えたらいいのかを教えてもらいます。
 
西村愛のひとこと
『線状降雪帯』について、今回のインタビューで初めて知ることがたくさんありました。 夏の猛暑も、豪雨も、今回の豪雪も、地球温暖化が最大の発生要因なんですね。 今後は『線状降雪帯』の発生予想の情報も発表されるようになるといいですね。天気予報を確認して、大雪の被害に遭わないよう、備えていきましょう!

第1478回「阪神・淡路大震災30年【7】~被災地発・多言語ラジオ放送の30年」
ゲスト:FMわぃわぃ総合プロデューサー 金千秋さん

阪神・淡路大震災の被災地・神戸市長田区で生まれたラジオ局があります。多言語放送の「FMわぃわぃ」です。地震の2週間後から在日コリアンに生活情報や韓国の音楽を届けていた「FMヨボセヨ」と、言葉の壁に苦労していたベトナム人らが始めたベトナム語放送「FMユーメン」が合併し、1996年に正式に開局しました。
朝鮮語やベトナム語だけでなく、南米の人のためのスペイン語、フィリピン人のためのタガログ語、英語など、さまざまな言語で放送。多様な人たちが助け合いながらともに暮らす社会を目指してきました。
総合プロデューサーの金千秋さんは、地震で自宅が全壊。在日コリアン2世である夫が、停電の暗闇の中で、ラジオから流れる朝鮮民謡「アリラン」に涙を流していた姿が忘れられないと言います。その夫の勧めで放送に関わることになり、30年がたちました。
FMわぃわぃは、放送法改正による負担増で、2016年に放送免許を返上し、インターネット放送に移行しました。しかし、日本各地に住む外国人や海外からも反応が届くようになったという良い面もあるそうです。多言語ラジオが復興に果たしてきた役割と将来の展望について、金千秋さんに話を聞きます。
 
神戸長田の多文化・多言語コミュニティメディア「FMわぃわぃ」
https://tcc117.jp/fmyy/  
  
西村愛のひとこと
炊き出しのキムチチゲを前に『日本人だけど、この鍋に入ってるもの、もらっていいですか?』 と言われたことを、在日コリアンの方が笑顔で金さんに報告しにきてくれたそうです。 いつも日本人に支援される、住まわせてもらってるという気持ちでいた在日コリアンの方々が、日本人にも支援できたんです。と、金さん。 震災をきっかけに国籍のバリアもなくなり、助け合いが広がっていったお話に感動しました。

第1477回「阪神・淡路大震災30年【6】~足湯ボランティアの30年」
ゲスト:CODE海外災害援助市民センター 事務局長 吉椿雅道さん

阪神・淡路大震災が発生した後、神戸の被災地には全国各地から自発的に多くの支援者が続々と集まり、1995年は「ボランティア元年」とも言われました。当時、神戸で生まれたのが「足湯ボランティア」です。始めたのは、CODE海外災害援助市民センター事務局長の吉椿雅道さん。親友が被災したことを知った吉椿さんは、居ても立っても居られなくなり、当時住んでいた福岡から神戸に駆け付けました。「被災した人たちに自分は何が出来るのか」と考えて、思いついたのが"足湯"だったそうです。
たらいにお湯を張って足を温め、被災者の話に耳を傾ける「足湯ボランティア」の活動はその後、全国に広まり、地震や水害などの多くの被災地で行われてきました。1年前に起こった能登半島地震では、若者たちがボランティアグループ「やさしや足湯隊」を結成し、今も神戸から能登に通って、被災した人たちに足湯を提供しています。
番組では、30年前に足湯ボランティアを始めた吉椿さんをゲストに迎え、阪神・淡路大震災当時の神戸の様子や、今後のボランティアのあり方について話を聞きます。
 
CODE海外災害援助市民センター
https://code-jp.org/
 
↓エンディングでご紹介したイベントの詳細・動画配信はコチラ↓
阪神・淡路大震災30年 防災・減災チャリティーイベント "~tunagu ~ツナグ"
https://www.shimatakada.com/
 
西村愛のひとこと
全国各地から集まったみなさんが、自分のできることをやっていたからこそ、多種多様な支援ができたんですね。おにぎりを配ったり、お話を聞いたり、足湯をしたり。30年たった今の私だったら、能登では、どんなことができるかな。足湯隊に参加したり、他にも、被災した皆さんの笑顔につながることを考えて実現していきます!

第1476回「阪神・淡路大震災30年【5】~何を伝える?どう伝える?」
取材報告:亘佐和子プロデューサー

6434人が亡くなり3人が行方不明となった阪神・淡路大震災の発生から30年がたちました。17日、追悼行事「1・17のつどい」が開催された神戸・三宮の東遊園地には、震災の遺族、ボランティア、そして語り継ごうとする若い世代や親子連れも大勢訪れました。灯籠で形づくられたのは「よりそう 1・17」の文字。東日本大震災や能登半島地震など各地で災害が続く中、「力を合わせて一歩一歩進んでいきたい」という願いがこめられています。訪れた人たちは何を感じ、どんなことを伝えていくのでしょうか。震災30年の朝の東遊園地の様子を紹介します。
西村愛キャスターは、自身が参加した語り継ぎの活動をリポートします。小中学校などで震災の手記や詩・手紙などの朗読をしているボランティア団体「震災を読みつなぐ会KOBE」の活動です。大きな被害を経験していなくても、当事者の話を聞き学びを積み重ねることで、震災を伝えていくことができます。そして、伝えるという作業は一方通行ではなく、語り手と聞き手がともにつくりあげるものです。30年がたち、これからは何をどのように伝えていくのか、西村キャスターと番組プロデューサーが語ります。
  
1/26(日)開催
震災を読みつなぐ会KOBE「朗読でつづる震災手記のつどい」

https://www3.hp-ez.com/hp/yomitsunagu/
 
2/24(月・祝)開催
岩手県立不来方高等学校音楽部 ファイナルコンサート 西宮公演

https://teket.jp/12227/43803
 
MBSラジオ 阪神・淡路大震災30年プロジェクト「ラジオが となりに」
https://www.mbs1179.com/tonari/
       
西村愛のひとこと
小学1年生の子どもたちが、米津さんの話を受け止め、答えを発言し、「ランドセルを見せてください」と米津さんに駆け寄っている姿に感動しました。 ただ聞くだけではなく、一緒に考えるパスをたくさん送っていらっしゃる。私は震災を経験していませんが、"対話を大切にすれば命を守る行動につながる語り継ぎができる"のでは!と大きなヒントを頂きました。

第1475回「阪神・淡路大震災30年【4】~地震火災」
オンライン:元神戸市消防局長 鍵本敦さん

30年前の1995年1月17日午前5時46分。淡路島北部を震源地とする阪神・淡路大震災が発生しました。マグニチュード7.3、国内で史上初めてとなる最大震度7を記録したこの地震によって、神戸市では大規模な火災が発生しました。地震が原因とみられる火災は、285件。消防署への駆け込み通報が相次ぎ、消防本部では119番が鳴りやむことはなかったそうです。
当時、長田消防署で当直勤務中だった鍵本敦さんは、仮眠中に大きな揺れを感じて飛び起きました。家族の安否もわからないまま、鍵本さんら消防署員は数日間、不眠不休で救出活動や消火活動を行いました。断水で消火栓も使えず、防火水槽も壊れた中での消火活動は困難を極めたそうです。
番組では、阪神・淡路大震災による火災で、最も大きな被害を受けた神戸市長田区の火災現場の最前線にいた元神戸市消防局長の鍵本さんに、当時の様子や消火活動を通して得た教訓などをお聞きします。
   
↓エンディングでご紹介したイベントの詳細↓
1/17(金)第27回 1.17KOBEに灯りをinながた 新長田駅前広場
https://www.shinnagata-stm.com/event/%e7%ac%ac27%e5%9b%9e1-17kobe%e3%81%ab%e7%81%af%e3%82%8a%e3%82%92in%e3%81%aa%e3%81%8c%e3%81%9f/
      
西村愛のひとこと
▶︎地震が起こったときに火を出さないためには
◉家の耐震化→倒壊した家に閉じ込められて救助が必要になるし、倒壊すると、あっという間に燃え広がってしまう。
◉通電火災を防ぐ→地震が起きたら電気を通さなくする『感震ブレーカー』を設置する。 新築の家は、ほとんど設置されているそうですが、一度確認をしておくのも、大切ですね。

第1474回「阪神・淡路大震災30年【3】~がんばろうKOBE」
ゲスト:俳優 堀内正美さん

阪神・淡路大震災の発生から今月17日で30年になります。誰もが一度は聞いたことのある「がんばろうKOBE」というスローガンは、神戸市在住の俳優、堀内正美さん(74歳)が、当時のラジオ番組で「がんばろうよ、神戸」と呼びかけたのがきっかけとなって広まりました。
堀内さんは震災発生当初から、いち早く被災した人たちの支援を始めました。約1週間後には、市民ボランティア・ネットワークを設立し、多くのボランティアを避難所に送り、物資を届けたそうです。また、東遊園地にある犠牲者の慰霊と復興を願うガス灯「1・17希望の灯り」の設置にも取り組みました。
去年11月には、堀内さんの30年にわたるボランティアの経験や遺族らとの交流などをまとめた書籍「喪失、悲嘆、希望 阪神淡路大震災 その先に」を出版し、震災を知らない世代にも震災の記憶を伝えています。番組では、堀内正美さんが体験した30年前のあの日のことを聞きます。
  
堀内正美さんの著書「喪失、悲嘆、希望 阪神淡路大震災 その先に」
https://www.tsukimachisya.co.jp/%e6%96%b0%e8%91%97%e7%99%ba%e5%a3%b2/ 
  
西村愛のひとこと
被災した方が前を向いて歩んでいくためのお手伝いを、30年経った今も変わらず続けていらっしゃる堀内さん。長電話が好きなお母さんに、電話番のお手伝いを頼んだこともあったそうです。聞いてくれてありがとう"と言われることが、被災した後の人生を生きていく励みにもなったというお話も。自分の得意なことが誰かの笑顔につながる。素敵ですね。

第1473回「ネットワーク1・17スペシャル~能登半島地震1年」
出演:神戸大学名誉教授 室﨑益輝さん 
   輪島市のフレンチシェフ 池端隼也さん 
   やさしや足湯隊 山村太一さん、南太賀さん 
   亘佐和子プロデューサー

能登半島地震から1年の特別番組を、生放送でお届けします。
2024年1月1日夕方4時10分、能登地方を震源とする大きな地震が起こりました。
マグニチュード7.6、石川県輪島市などで震度7を記録しました。
504人の方が亡くなり、そのうち災害関連死が276人と、直接死の人数を上回っています。
被災地はさらに、9月に豪雨に見舞われました。
被災建物の公費解体はなかなか進まず、11月末で予定の3分の1が解体されただけです。
仮設住宅は12月下旬にようやく6882戸が全て完成しました。
被災した人たちの生活の再建は始まったばかりです。
番組では、
能登をはじめ全国各地の被災地に通い続ける室﨑益輝さん(神戸大学名誉教授)、
輪島市で被災しながらも炊き出しボランティアを続けたフレンチシェフの池端隼也さん、
神戸から能登に足湯ボランティアとして通う若者のグループ「やさしや足湯隊」の山村太一さんと南太賀さんとともに、能登の現状とこれからの復興、私たちにできることを考えます。

↓エンディングでご紹介したイベントの詳細・チケット購入はコチラ↓
阪神・淡路大震災30年 防災・減災チャリティーイベント "~tunagu ~ツナグ"
https://t.livepocket.jp/e/weyq-

西村愛のひとこと
美味しい食で支える。足湯とマッサージをしながら目を見て、被災した方の"つぶやき"を聞く。能登へ旅行に行くのもいいし、能登産のものを買って食べることも支援につながりますね。泥かきなどの力仕事だけではなく、誰にでもできることがあります。能登空港の駐車場にある施設にも、池端シェフのお店「芽吹食堂」がオープンしています。大災害から生き残った能登の食材、美味しいお料理を味わいに行きたくなりました。

第1472回「阪神・淡路大震災30年【2】両親を亡くした書道家~父から継いだもの」
取材報告:新川和賀子ディレクター

書道家の野原神川さん(本名:野原久美子さん)(69)は、阪神・淡路大震災で両親と義弟を亡くしました。当時、神戸市東灘区の自宅マンションで地震に遭った野原さん。町内の実家は全壊し、両親は遺体で見つかりました。また、近所のアパートで下敷きとなった妹夫妻は野原さん自らが救助し病院に運びましたが、混乱の中で、義弟が地震の翌朝に亡くなりました。
野原さんは地震前日の1月16日、実家に帰って泊まるはずでした。しかし、父から「風邪をうつすから帰ってくるな」と電話があり自宅にとどまったといいます。「両親に助けられた。父は生きていたら絶対にボランティアをして人を助けていたはず。父の代わりに私が何かしなければ」。そう感じた野原さんは、各地で起きる災害の被災地に手書きの年賀状を送る活動や復興支援のチャリティ展覧会などを続けています。
野原さんが語った地震発生直後の様子や、震災30年を迎える思いをお伝えします。
  
西村愛のひとこと
雲ひとつない青空が広がる下には、悲惨な現実がありました。倒壊した家屋から妹さんご夫妻を助け出している時。まわりでは、泣いていたり、パニックになっている方がいて騒がしいのかと思いましたが、静かだった。みなさん泣くどころではなかったんですよね。過酷な別れを経験しても、前を向いて歩み始め、あの日から30年を迎えた方が、たくさんいらっしゃいます。