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上野誠の万葉歌ごよみ
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歌ごよみ!
上野誠コラム
上野誠の万葉歌ごよみ
毎週日曜日 朝 5:40〜6:00

上野誠(奈良大学文学部教授)
上田悦子(MBSアナウンサー)
★上田悦子アナウンサーブログ
utagoyomi@mbs1179.com
上野先生に聞いてみたい事、番組の感想など何でもお寄せください。番組でご紹介させていただいた方には、上野先生の著書「大和三山の古代」をプレゼントします。
〒530-8304 MBSラジオ
「上野誠の万葉歌ごよみ」

【2013年9月8日 放送分】
【2013年9月1日 放送分】
【2013年8月25日 放送分】
【2013年8月18日 放送分】
【2013年8月11日 放送分】
【2013年8月4日 放送分】
【2013年7月28日 放送分】
【2013年7月21日 放送分】
【2013年7月14日 放送分】
【2013年7月7日 放送分】
上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2013年9月8日 放送分】
2013年9月8日
【巻】…10・2230

【歌】…恋ひつつも稲葉かき分け家居れば 乏くもあらず秋の夕風

【訳】…恋焦がれつつ、稲葉をかき分けたところに小屋を作って見張りをしていると、弱くはない、強い強い秋の夕風

【解】…稲穂が実りの季節を迎えると、収穫前の稲がイノシシやシカに食い荒らされたり、何者かに勝手に刈られてしまうということが少なくなかったようです。稲作で生計を立てている人々にとっては、このような被害は死活問題ですから、田の横に小屋を作って、そこに寝泊りしながら見張りをしていました。
この歌は、その小屋にいた時に作ったもの。見張りは一人であることが多く、孤独であったと予想されますが、その孤独が、日ごろは通り過ぎていたものに感覚を向けさせるようです。この歌では、夕暮れの稲穂を鳴らせて吹きぬける秋の強い風。その光景と肌感覚は、作者に新たな感傷を運んできたのではないでしょうか。
これから夜長の季節・・あえて1人の時間を作ってみると、日常では気づかなかったことが、様々な感覚をともなって、心の中を訪れるかもしれません。

上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2013年9月1日 放送分】
2013年9月1日
【巻】…10・2198

【歌】…風吹けば黄葉(もみち)散りつつ すくなくも吾(あが)の松原清からなくに

【訳】…風が吹けば紅葉がしきりに散って、あの吾の松原もなんと清らかなこと

【解】…紅葉が散る頃の内容ですから、季節を少し先どりした歌。描いているのは、現在の三重県にある「吾の松原」の光景です。松原は、強い風をさえぎったり、細い葉がチリを吸着して空気清浄の役割をしたり、根をはることによって砂埃が飛びにくくなるなど、機能的に周辺を快適にします。そういった環境面での清らかさに加え、吾の松原の光景が、作者の過去の何か清々しい体験を蘇らせたのかもしれません。吾の松原でなくても、自然の光景や風、香りなどが、様々な感情を呼び覚ますことはよくあります。清らかな気持ちが蘇る場所がもしあるならば、気分をリセットしたい時に、ふらっと寄ってみると、いいかもしれませんね。

上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2013年8月25日 放送分】
2013年8月25日
【巻】…8・1555

【歌】…秋立ちて幾日もあらねば この寝ぬる朝明の風は手本寒しも

【訳】…秋がやって来て、まだ幾日もたっていないのに、この朝寝をしている時の風は、手首が冷たいよ〜

【解】…立秋が過ぎても記録的な猛暑が続いて、なかなか秋の実感がえられない状況です。ただ、昼はともかく、朝夕は季節の変化を感じられるようになりました。日の出・日の入り時間の変化だけでなく、朝夕の風に爽やかさが滲んでいるのです。この歌も、そんな感覚を詠みこんだもの。作者の安貴王(あきのおほきみ)は、立秋から間もない時期、まだまだ暑さから逃れられないだろうと思っていたら、朝の寝室を訪れた風に、「手首が冷たい!」と驚いたようです。
今はエアコンが普及し、さらに防犯の問題もあって、窓を開けたまま朝まで寝ることが当たり前でなくなっているかもしれませんが、朝の風に当たるというのは、この歌のように、まさに肌感覚で季節の変化を捉えることが出来る貴重な体験なのかもしれません。

上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2013年8月18日 放送分】
2013年8月18日
【巻】…4・741

【歌】…夢(いめ)の会は苦しかりけり おどろきてかき探れども手にも触れねば

【訳】…夢でのデートは苦しいものだ。目が覚めて手探りしても、手にも触れない

【解】…大伴家持が、妻の坂上大嬢に贈った歌の一つ。デートを楽しんでいたら、実はそれが夢で、目が覚めたら、そばにあなたがいなかった・・という、切ない気持ちを詠んでいます。何らかの事情で、二人はなかなか会えない状況にあり、寂しく思う気持ちが、家持にこの夢を見させたのでしょう。
夢に関しては、皆さんも同じような体験があるのではないでしょうか。怖い夢などは、目が覚めるとホッとするものですが、いい夢だった場合、覚めた時には、大きな落胆に包まれます。いっそのこと夢をコントロール出来れば、などと考えてしまいますが、何を見るか分からないところに夢の意味があり、この様な文学を生み出す原動力にもなるのでしょう。

上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2013年8月11日 放送分】
2013年8月11日
【巻】…7・1410

【歌】…世間(よのなか)はまこと二代(ふたよ)は行かざらし 過ぎにし妹に会はなく思へば

【訳】…世の中というものは、本当に二回はめぐってこないもの。死んでしまった妻には会うことが出来ないと思えば

【解】…普段のこの番組では、恋の歌をご紹介することが多いのですが、お盆の期間は死者を悼む歌、つまり挽歌をご紹介します。今回の歌は、奥さんを亡くした男の作品。舞台のように第二幕がないこの世では、妻とは二度と会うことができない、と悲しみを吐露しています。ちなみに、次の1411番の歌も、「幸福のいかなる人か 黒髪の白くなるまで妹が声を聞く」・・黒い髪が白くなるまで愛しい妻の声を聞く人は、どんなに幸せな人だろう、という内容。いずれも、この世は一期一会であるという思想が背景にあります。
お盆は、ご先祖や亡くなった人々に思いを馳せる期間ですが、ご無沙汰していた人たちと、生きて再び会えた幸せを分かち合う機会ともいえます。今を大切にして生きる、そんな一期一会の気持ちを実感できるかもしれません。