05月19日
こころのスイッチ

「長命な人ならではの言葉」


あした通信社

患者と医者の関係性を濱崎先生に聞く


大阪市住之江区にある浜崎医院院長、ドクターの濱崎憲夫(はまさきのりお)さんは、病院長であると同時に、介護老人保健施設はまさきの施設長でもあります。
若い頃、救命救急の現場で働いていた濱崎さんは、大きなやりがいを感じながらも、あるジレンマがありました。救命後、患者は病棟に移りますが、その後どうなったのか、救急医は知る機会がありません。あれから、どこまで回復したのだろう、どんな暮らしができているのだろう。
救急医として人を助ける仕事は、その場で終わるけれど、多くの場合その後の患者や家族は、苦痛を伴う生活をずっと続けることとなります。
患者の病だけに焦点を当てるのではなく、人としての暮らしを想えば、家族に介護を押し付けるのではなく、介護サポートを提供しながら医療を続けるべきではないか。こうして地元で長年医院を開業してきた父と相談して立ち上げたのが、介護老人保健施設でした。
今は、はまさき医院の院長として外来の患者さんを診察しながら、隣接する老健でお年寄りの体調管理をしています。両方の責任者として忙しい日々ですが、救急の仕事に専念していたときより、今のほうがずっと医者としてやりがいを感じると言います。
最大の理由は、お年寄りと医者との関係性です。病院ではあくまで医者と患者。それが老健では、人と人の関係になるというのです。
例えば、外来診察で難しいケースが続き、非常に疲れた夜、濱崎さんはふっと老健に立ち寄ります。すると「もう夜やのに、どないしたん?」とおじいさん。「今日はちょっと疲れてしもた」と濱崎さん。「ほな、一緒にテレビでも見る?」
あるいは「今日は忙しかったんや」という濱崎さんに、「ようがんばったんやねえ」と頭を撫でてくれるおばあさん。
まるで、ご近所さん同士の会話。こうして醸成されていく人間関係は、最期のときをどう迎えるかにも大きく影響します。本人や家族が自然死を望む場合、看取りの場面で、濱崎さんは何も治療行為をしません。ただ横にいて、家族と共に見守るだけです。でもそこには、これまでに結んでいた信頼があります。お互いに感謝し、涙して迎える、最期の瞬間。
「患者と医者」ではなく「人と人」の関係を築ける環境が、増えていってほしいと願います。