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12月17日
今週のゲストは先週に引き続き、株式会社向新の代表取締役 向井新将さん。
創業から伺っていきましょう。
「明治25年に創業しまして、今年で131年目です。
私で6代目となります」。
洋菓子を手がけるきっかけは?
「『こがしバターケーキ』は20年ぐらい前からあります。
和菓子と共に売り出すと新鮮だったみたいで好評をいただきました。
そこから『こがしバターケーキ』が引き立つようなお店作りをしていきました。
和菓子、洋菓子、さらにパンも作っているんです。
コロナでかつてないぐらいに何ヶ月か苦しいことがありました。
実は前からパンに興味がありまして、2021年にベーカリーショップを作りました。
私の好きなアメリカンテイストのお店です。
『むか新』がやっていると気づかない人も多いですね(笑)。
100種類近く焼きたてのパンがあって、ピザもあります。
社名は"新しい方に向かう"と書きますから」。
この屋号ですが由来は?
「初代向井新與門(むかい しんよもん)が創業して、私の父は"新(あらた)"。
私の名前にも"新"がつきます。
生まれて名前をつけられたら継ぐことになるわけですね。
小さい頃から、"あそこの子や"とすぐバレるんです(笑)。
私の父が多店舗展開をして今の形を作りました。
それまでは工場で作ってその前で販売していた菓子屋でした」。
幼い頃に家業を継ぐプレッシャーは?
「小さい頃、それは感じてなかったですね。
工場の近所に住んでいましたので、今では考えられないですけど、つまみ食いをしたり、工場のおじさんが遊びに連れていってくれたり。
楽しいイメージしかなかったです。
兄妹3人で男が私ひとりなので継ぐ気持ちでした」。
どういった経緯で会社を継ぐことに?
「若い頃は音楽をしていましたが、あるタイミングで継ぐと思っていました。
アメリカへ行っている時に父からホテルに電話がかかってきまして、"修行先が決まったぞ、来月面接に行くから"と。
北海道に1年行きました」。
当時はなぜアメリカに?
「学生だったんですが、友達とアメリカを横断していました。
音楽は20歳〜24、5歳までバンドで全国ツアーをしたり。
旅館に泊まれたらラッキー、車中泊もよくしました。
そういう時の経験は会社経営に活かされていますね。
バンド内も役割があるし、会社の中も役割がある。
ひとりだけスペシャリストがいて人気が出るわけではなくて、みんながひとつになってグルーヴが出る。
マニアックになると売れないです。
お菓子もそうです。
今思うとその当時の経験が役立っています。
バンドが東京進出する話があって、そのタイミングで家を継ぐことになりました」。
バンド、お菓子の修行時代を経て入社。
何かギャップなどは感じましたか?
「いっぱいありましたけど、自分自身が若くて間違っていたこと、親が言っていたことが正しいということがいっぱいありました。
父は当時、どう思っていたか分かりませんが、何を言っても"一理あるな"と言ってもらえていました。
否定されている方が楽な時があると思うんです。
好きにやったらと言われたら自分の責任、否定されたらその逆になるので」。
現在の関係性は?
「元々、思い通りにさせてもらっていましたね。
心配はしてくれていると思いますが...。
本当に大変なことってこれから出てくると思うんです。
私の父の方が苦労をしていて、店をオープンしたその日に親が倒れて3日後に親が亡くなったり。
私はそういった経験をしていないんですね。
ずっと大変だったら、それが普通になる感じですね」。
将来のビジョンを教えてください。
「1000年続く会社にしようという大きな目標を掲げています。
会社の行末は倒産するか売られるか。
なんとか『むか新』として永く続けたいです。
目の前の利益だけを求めて身の丈以上に大きくしたりせず、ちょっとずつ成長したい。
私が65歳の時に会社が150周年なんです。
そこまではまず自分の使命だと思っています。
古くなっているところを新しく変えていったり。
パンのように今までの技術やノウハウを活かした商売を広げていきたいですね」。
向かう先は常に新しく。
<プレゼント>
向井さんからリスナーのみなさまへプレゼントを頂いております。
「 こがしバターケーキ12個入 」を5人の方にプレゼント!
≪ 宛先 ≫
※ メール : akarui@mbs1179.com
※ FAX : 06−6809−9090
※ ハガキ : 〒530-8304 MBSラジオ 「日本一明るい経済電波新聞」
「 株式会社向新 プレゼント 」係
・当選者の方の発表は商品の発送をもってかえさせて頂きます。
名前を受け継ぎ、技術、ノウハウを受け継ぎ。
その名の通り、常に新しいことに向かっておられますね。