2024年

4月28日

リグニン研究のトップランナーは安心の社会を目指す

先週に引き続き、ゲストは京都大学生存圏研究所 特定准教授 西村裕志さん。
植物がもつ『リグニン』とその研究についてお話ししていただきました。
改めて研究のきっかけを伺います。
「中学生ぐらいの時には自然科学には興味がありました。
その頃からすでに地球環境とか、これから石油が枯渇する...というような話を聞いていましたね。
私が思うに人類が最も大きな危機に直面するのは、食べられなくなった時だと思うんですね。
食べることとエネルギーというのは繋がっています。
これは大きな課題としてずっと関心があったんです。
高校の時に化学の授業の中で化学式である程度説明できるところはすごく面白いなと思いましたね。
そうして、化学の勉強をしたいと思って京都大学の工学部へ進みました。
その中で化学の勉強もしつつ、生物にも興味があったので、最初に配属された研究室では、タンパク質の研究をしていました。
その時には、人間の体の中の鉄の恒常性に関する研究とかいうのに繋がってきて、どちらかというと創薬など人間の体の健康を守る研究をしていました。
でも私自身は、やっぱり地球の健康の方に興味がありまして、地球環境に対することをしたい思いが強くありました。
地球上に今ある有機資源のほとんど、9割近くが植物バイオマスなんです。
このバイオマスをどうにか生かす研究というのをしたいなと思いまして、大学院に進む時からこのバイオマスの研究を始めたいということで農学系のところに進学して研究を始めました。
化学→生物→素材という順番ですね」。

生き物が作るものにすごく興味が深い。
「私たち人間もそうですけども、タンパク質などを作って、それがどんな構造をしているのかということもだんだん解き明かされるようになってきました。
今まで難しすぎてなかなか理解できなかったところが、それが科学の目で分かるようになってきたというのがここ数十年。
それがこの植物やバイオマスにもどんどん広がってきてるというのが、今です。
今までは考えつかなかった使い方や研究の仕方というのは徐々にできるようになってきました。

実験、研究のご苦労は?
「中学や高校とか、子供の時もそうでしたが、工作の授業や美術で絵を描いたりすることが好きで。
目の前のものを見ながら、ゆっくりと時間をかけて何かものを作っていくことが好きなんですね。
実験をするのも少し似てるところがあって、やっていくうちに少しずつ形が見えてきて、分かることが増えていく。
自分でそういう作業は結構向いているんだなと思っています。
そういう意味では大変だとは思ったことがないですね。
実験をやっていると気づくことがあるんですね。
実験とかだと失敗というのがあるかと思うんですが、ただ、それは本当は失敗じゃなくて。
たまたまその時に説明がつかないことが起こっているということなんです。
それが頭の片隅に引っかかっていたりすることがちらほらありましてね。
偶然、3年とか4年後とかに繋がって謎が解ける瞬間があります。
それは面白いですね。
謎が解けない時はモヤモヤしているけれども、ずっと温めておくっていうのはすごく大事かなと思います」。

『リグニン』に対してはどんなスタンスで研究されたのでしょうか。
「生物が作る物質の中で、特徴的ですごく面白いんです。
遺伝子の情報で実は配列という情報があって、遺伝子だとシークエンサーというのがありますよね。で、タンパク質もシークエンスというのがあって。
どういう順番で並んでいるかを読み解くと、情報に落とし込むことができる。
この『リグニン』が実は難題なんです。
『リグニン』を作るための酵素が最後にランダムにくっつくんです。
順番に決まりがなくて実は未だに誰もわかってないんです。
ところが、よくよく調べて見ると完全に気まぐれではなく傾向はある。けれども、DNAのようにちゃんと順番がわかりやすく並ばず全部ランダムなんです。
構造の平均の姿はわかるんですが全体はまだまだ誰も知らないし、 知ることはできないかもしれないです」。

『リグニン』の研究に没頭されたのはいつぐらいなのでしょう?
「私が大学に入って初めにした研究というのが、キノコの研究。
キノコというのは、森の中でリグニンを含めた木材を食べて生きているんですね。
木を食べていく時に、当然リグニンが木の中の3分の1ぐらいあるので、リグニンを分解していかないといけない。
リグニンを溶かして分解しながら食べていくんですけれども、固い木材中のリグニンを直接分解できる能力がある微生物っていうのは、このキノコ類の一部だけなんです。
それだけ分解しにくいものを分解しているっていうことがまず面白くて。
その頃からもう『リグニン』には興味は出てきていました。
この経験がすごくヒントになっていますね。
工業プロセスではすごい圧力や強力な試薬を使って『リグニン』を摂取しますが、キノコは20度ぐらい自然環境の中で、ゆっくりゆっくり何も使わずに溶かしていっています。
実はすごいことをしているんですよね。
同じようなことを上手に人間が再現できれば、本当の意味で問題を解決する大きな着眼点になります」。

実際に西村さんの研究ではどうやって『リグニン』を抽出するのでしょう。
「壊しながら『リグニン』を採るのではなくても、分けるということ。
『リグニン』自体はすごく硬い構造をしていますが、それを全部分解しながら取り出そうとすると、強い反応が必要です。
しかし、実は分けるだけでいいのです。
塊で採ってくると水の中とかでも綺麗な球状になるんですね。
塊になった状態というのは今まで溶けなかった溶媒や水にも綺麗に分散することができて、使い道というのがすごく広がります。
例えば紫外線バリア。
イノベーション研究開発助成金のタイトルの『森から生まれる人と地球にやさしい紫外線バリアの開発』は例えば皮膚に塗るとかです。
水に分散できたり、油にも綺麗に分散できる。
楽しみな使い方が広がるんじゃないかなと思っています」。

世界的に見て、『リグニン』の研究をされている方というのはどのぐらいおられるのでしょうか?
「植物の中に20〜30%ぐらい入っているものですので、特に北米とかヨーロッパなどでは持続可能な社会の研究として盛んです。
その中で私たちのPRとしては、木そのものから紫外線のバリアとして使える製材の加工までを一気通関でやる技術を持っています。
1つ1つのプロセスを検証してきて社会実装もできますし、何よりも地球の環境負荷がないようなプロセスを適用できるように改良を重ねてきたので、かなり自信を持っています」。

この研究のトップランナー。
「そうですね、もちろん先頭を走っていると言いたいところですね。
『リグニン』が非常に綺麗な状態で高い収率でたくさん採れるという方法は私たちが今のところ知る限りでは1番いいものが採れていると思います。
これを社会実装するために多くの方のご協力が必要だと思っております」。

未来へのビジョンを聞かせてください。
「私たち人類も含めて地球上の生物みんなが活き活きと暮らせる社会。
本当の意味での豊かな社会というのは自然が豊かで将来的にもこれから何かが枯渇するなど環境が悪くなるというような懸念なく過ごせる社会が安心だと思うんですね。
将来に夢を持って暮らせる社会になると世の中が明るくなると思います。
そのための鍵が地球上の植物バイオマス。
人類が使うエネルギーの10倍ぐらいと云われていまして、上手に使いこなせば十分足りているんですね。
この上手に使いこなす技術というのがまさに今、私たちがやろうとしている技術なんです。
大変なことが多いんですけども、色んな方の協力と経験と知恵を結集すれば十分可能だと思っています」。

竹原編集長のひとこと

植物が持つ力を引き出して豊かな社会を目指す研究。
ノーベル賞も夢ではないかもしれませんね。