上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
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上野誠の万葉歌ごよみ
毎週日曜日 朝 4:45〜5:00

上野誠(奈良大学文学部教授)
上田悦子(MBSアナウンサー)
★上田悦子アナウンサーブログ
utagoyomi@mbs1179.com
上野先生に聞いてみたい事、番組の感想など何でもお寄せください。番組で紹介させていただいた方には、番組特製ポーチをプレゼントします。
〒530-8304 毎日放送ラジオ
「上野誠の万葉歌ごよみ」
★1999年〜2007年6月までのHP
歌ごよみ!
上野誠コラム

【巻】8・1597…秋の野に咲ける秋萩
【巻】5・802…瓜食めば 子ども思ほゆ
【巻】2・202…泣沢の神社に神酒すゑ禱祈れども
【巻】17・2018…天の川去年の渡りで移ろへば
【巻】17・3900…織女し船乗りすらし
【巻】17・3895…玉はやす武庫の渡に
【巻】5・855…松浦川川の瀬光り
【巻】6・909…山高み白木綿花に落ち激つ
【巻】7・1112…羽根蘰今する妹をうら若み
【巻】7・1100…巻向の痛足の川ゆ行く水の
上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【巻】8・1597…秋の野に咲ける秋萩
2008年8月24日

【巻】…8・1597

【歌】…秋の野に咲ける秋萩 秋風になびける上に秋の露置けり

【訳】…秋の野に咲いた秋萩 秋風になびいているその上に秋の露が見える
  
【解】…やっと朝晩は少しですが、過ごしやすくなってきた地域が多いのではないでしょうか。暦の上では立秋も過ぎている今日は、大伴家持の秋の歌をご紹介します。屋上屋を重ねるがごとく秋を連発したこの作品、ある意味では掟破りの意外性を持つ歌になっています。季節の始まりをなるべく早く感じたいという日本人の性は四季の国ならではの、上野先生がよくおっしゃる「丸い時間軸」の考え方に通じるものではないでしょうか。論理を超えて情訴えるという話題で上野先生が指摘されていましたが、北京五輪でのアナウンサーの実況中継、皆さんはどのように感じられましたか?各競技に出場した日本人選手へのインタビューですが、負けた直後の選手へマイクを向けるのは現場でもツライものがあったのではないでしょうか。さて皆さんがお住まいの地域では秋を感じる出来事はありましたでしょうか?来週も秋の歌です。


上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【巻】5・802…瓜食めば 子ども思ほゆ
2008年8月17日

【巻】…5・802

【歌】…瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ 何処より 来りしものぞ 眼交に もとなかかりて 安眠し寝さぬ

【訳】…瓜を食べると子どもの事が思われる。栗を食べるとさらに子どもの事が気にかかる。どこからやって来たものか目の前にチラついて眠りつく事ができない。
  
【解】…山上憶良の作で巻5に収載された、子どもを思う長歌です。瓜や栗し当時も子どもに人気があった食べ物で、食べれば子ども時代を思い出したり、わが子を思い出したりしたのでしょう。そんなわが子の姿形が目の前に浮かび中々眠りに着けない親心とも解釈できますね。さて上野先生の説明にもありましたが、この歌の題詞にはお釈迦様でも、出家前にもうけたわが子の事になれば、誰とも違うことなく愛する心を持っていることが示されています。お釈迦様も人の親だったわけで、普遍的な教えを伝える根本には子どもへの無償の愛があったのですね。母となった上田アナのわが子を叱っているときでもいとおしいという発言も皆さん、頷けるものではないでしょうか。ただ、昨今のニュースでも、過剰な愛は親子ともども破綻を来たすような出来事があったことは皆さんもご存知だと思います。子どもの独立心や物事の工夫への道筋、迷っていたらヒントを与えるくらいで丁度良いのではないでしょうか。過干渉は避けたいものです。


上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【巻】2・202…泣沢の神社に神酒すゑ禱祈れども
2008年8月10日

【巻】…2・202

【歌】…泣沢の神社に神酒すゑ禱祈れども わが大王は高日知らしぬ

【訳】…泣沢の森にお酒をお供えして祈ったけれどもわが大王はお亡くなりになってしまった。
  
【解】…暦の上では立秋を過ぎ、「上野誠の万葉歌ごよみ」が放送される時間は、夜明けの爽やかな時間帯なのですが、日中はまだまだうだるような暑さが続いていますね。今週はお盆休みの方も多いのではないでしょうか。今日の歌は高市皇子が亡くなったときに読まれたとされる挽歌です。神社と書いて「もり」と読む。古代の人々は森に神が宿るという考え方だったようで、のちに建築物ができてもそれを「もり」と読んだということですね。大切な方の病状快癒を願って祈り続けたにもかかわらず、願いが届かずに身罷られた虚しさ・悲しみが表れた歌ですね。そんな想いを持つ縁の人々が集まって、彼岸や盆の時期に仏事として故人を語り合うというのは、他の宗教でも時期こそ違え根本的には同じ考え方があるのでしょうね。この歌の舞台となった神社は香具山の西麓に現存するとの事。みなさんも故郷の神社の故事来歴を探ってみられてはいかがでしょうか。思わぬエピソードが隠されているかも知れません。