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2008年8月15日
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☆ No.153『繁昌亭の魔物』
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甲子園では連日、猛暑の中、球児たちによる熱い闘いが繰り広げられている。「甲子園には魔物が棲んでいる」という言葉を耳にすることがある。一つのちょっとしたミスからピンチが広がり、あっという間に逆転を許す。
そのきっかけとなるミスも、普段ではありえないようなミスで、甲子園だから起こったとしか言いようのないものもある。高校球児たちの聖地・甲子園は恐ろしい場所である。
我々噺家にとっての聖地は繁昌亭だ。私は、「繁昌亭には魔物が棲んでいる」と言いたい。普段ではありえないようなミスが起こる、恐ろしい場所である。
今週の月曜日、繁昌亭で私の落語会「天満の銀座〜2丁目〜」があった。6月4日に催した「1丁目」では、「くっしゃみ講釈」を演じている際、肝心の講釈が途中で止まるという信じられないことが起きた。それだけに、気合いを入れて臨んだ。一席目は「七度狐」。喜六と清八の二人がお伊勢詣りの途中、狐に騙される様子を描いた、上方落語ではお馴染みの旅の噺である。
二人が山の中にある尼寺で泊めてもらうことになったのだが、尼さんがおさよ後家の夜伽に行くと出かけ、留守番をすることに。そこへ、尼さんと入れ違いになった村の若い衆がおさよ後家の棺桶を持って来て、二人の前におさよ後家の幽霊が現れる。中盤から後半にかけては、こんなストーリーである。
噺は順調に進んでいった。尼さんが二人に留守番を頼み、怖がる喜六と清八の間で一騒動あり、「二人がワーワーと騒いでおりますと、下のほうから一固まりの人数が」というセリフに入り、棺桶が運び込まれる件である。ところがどういうわけか、「二人がワーワーと騒いでおりますと、夜嵐というやつがビューッと吹いて参りまして、棺桶の蓋がポーンと飛びますと、老いさらばえた老婆が髪を振り乱してズーッ」とやってしまい、私は幽霊になっていた。その時、初めて気づいた。「あれ?棺桶、持って来たか?持って来てないよな?ということは、この幽霊は突然現れたということか。アカンよなぁ。どないしよ?そやけど、今さら元に戻られへんしなぁ。まあ、幽霊は突然出てくるもんや。かまへん。このままやったれ」。私は幽霊のセリフを言いながら、こんなことを考えていた。
噺を終え、楽屋に戻ると、後輩の一人が言った。「お兄さん、斬新なやり方ですねぇ」。繁昌亭には、魔物が棲んでいる。
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2008年8月 8日
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☆No.152『アンタ自分勝手や!』
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先週のこのコーナーでは、私と焼肉ハマンのマスターとの交流の様子を紹介した。ハマンのマスターの次に、私と一緒に飲む時間が長いのが、鶴瓶一門の後輩、笑福亭由瓶(ゆうへい)くんである。私より9年後輩の彼は、私の落語会にお手伝いに来てくれることが多い。
彼だけの時が多い。他の後輩はあまり来てくれない。7月に私と彼の落語会を2回した。2回とも客席は満員だったのだが、2回とも楽屋に他の噺家は誰も来なかった。
先日、由瓶くんと二人、ハマンで飲んだ。彼もハマンが大好きだ。私が焼肉奉行になり、ミノを網の上に載せては焼き、食べては載せた。私は軽く炙ったくらいが好きなのだが、彼はしっかり焼いた方が好みらしい。「銀瓶兄さん、食べるのが早いですわ〜。僕の分が少ないですやん」。由瓶くんがちょっと訛った大阪弁で抗議した。彼は兵庫県北部の出身なので、独特の訛りがある。そこで、自分の肉は自分で焼くことになった。網の上で2枚のミノが焼ける「ジューッ」という音を聴きながら、落語の話で盛り上がり、生ビールをゴクゴク。目の前のミノを口に放り込み、ビールで流し込んだ。そして、彼の話にウンウンと頷きながら、もう一枚を口に入れた。途端に由瓶くんが烈火のごとく怒りだした。「兄さん!それ、僕のミノですやん!アンタが自分の肉は自分で焼こうって言うたんやろ!僕がせっかく育てたミノ、ようそんな簡単に食べるなぁ」。私は彼に詫びた。「大体ねぇ、兄さんは自分勝手ですわ」。怒り笑いをしながら、彼は御飯を注文した。私は「飲んでる途中で御飯を食べる奴の気が知れん」と言ったのだが、炊き立てアツアツの御飯を見て、思わず箸で一口取って食べた。「またや。また自分勝手なことしてる!僕、一口も食べてないのに!」。店内に由瓶くんの吠えが響いた。
最後に私はテールスープを頼んだ。よく煮込んだスープをスプーンですくい飲んでいると、由瓶くんが少し残った御飯を私の目の前に差し出した。「兄さん、スープには御飯が合いますよ」という意味だと思い、スプーンで御飯を取って食べた。またしても彼が吠えた。「違いますやん!御飯にスープをかけて欲しかったんですやん!兄さん、アンタ、何でも自分中心やなぁ」。「スマン。コンちゃんと付き合いだしてから、こうなったんや」。「関係ないわ!」。
これからも、二人寄り添って生きていきたい。
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2008年8月 1日
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☆No.151『ハマンのマスター』
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現在住んでいる尼崎市南武庫之荘に引っ越してから、もうすぐ10年になる。転居して間もない頃、何やら気になる焼肉屋さんがあった。それが、ハマンだ。ハマンのマスターとの付き合いも10年ということになる。
二つ年上の彼が、今では私の最大の理解者であり、親友である。マスターとの出会いがあったからこそ、私の韓国語落語が生まれ、私が噺家として変化していったのである。
マスターとは最低でも週に一回、多ければ四回ほど飲みに行く。それほど、私にも、また、マスターにも友人がいないのである。私の家族は呆れている。
昨夜10時半頃、家族に「レンタルCDショップに行く」と言い、家を出た。すると、ハマンの前でマスターとバッタリ。「ちょっと寄りいな」と言われたので、CDを借りた後、ハマンに入った。ちょうど店も終わっていた。「外で飲もか」。マスターに促され近くの居酒屋へ。「CD借りに行くって出てきたし、銀瓶人語も書かなアカンから、一杯だけやで」と約束したのだが、どんどん話が弾み、あっという間に二時間経った。ハマンの前まで戻ると、マスターが突然「アチャ〜」と声を上げた。鍵を持たずに出てしまったのだ。店も家も明かりは点いている。マスターは携帯も家に置いたままだった。奥さんに開けてもらうため、私の携帯で店に電話をかけた。ところが、全く出ない。壁の向こうから呼び出し音が虚しく聞こえるだけである。呼び鈴を押しても応答がない。30分間、何度も電話をし、呼び鈴を押し続けた。しかし、状況は変わらない。もしかしたら、奥さんが厨房で倒れていたり、何か事件に巻き込まれたのかと心配になった。二人で小石を拾い、二階の窓を目がけて投げた。投げては拾い、拾っては投げ。石が窓に当たる「コツコツ」という音が、まるで二人を嘲笑っているかのようだった。そこへ、お巡りさんが通りかかった。案の定、職務質問をされた。事情を説明すると、巡査は「大変ですね」と笑いながら帰って行った。やっと、奥さんが出てきた。寝ていたのだ。
やれやれと家に帰り、ドアの鍵を開け、扉を開こうとした時、今度は私が「アチャ〜」と呟いた。ドアチェーンが掛かっているのだ。呼び鈴を押すと、妻が出てきた。恐ろしい形相だった。「CD借りるのに、何時間かかるの?」。
私とハマンのマスターは、本当にウマが合う。
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2008年7月25日
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☆No.150『へぇ〜!』
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現在、私は40歳。ありがたいことに、3歳から5歳若く見られる。時には、30代前半と言われることもある。不思議なことに、若い時には老けて見られた。それが、30歳を過ぎてから年相応に見られだし、35歳くらいからは実年齢よりも下に見られるようになった。
ジムで体を鍛えていることや、日々の生活が充実してイキイキとしていることが原因であろう。しかしながら、これは噺家としては得なのか損なのかと考えると、難しいところである。イマイチ、貫禄がない。
特に最近、高座で自分の芸歴などを話すと、お客様の反応が素直で面白い。例えば、「私、40歳なんです」と言うと、客席から「へぇ〜」という驚きの声が漏れる。そして、その「へぇ〜」は、私の一言一言に応じてどんどん大きくなっていく。「噺家になって20年です」「へぇ〜」「結婚してるんです」「へぇ〜」「結婚して16年です」「へぇ〜」「子供、二人います」「へぇ〜」「上の子は中学2年生です」「へぇ〜!」、という具合に。
見た目が若い上に、生活感がないから、全てが意外に思えるのであろう。時には、私のことを知らない人に「噺家です」と言っただけで驚かれることがある。「噺家は小柄で太っている」という先入観があるのだ。私のようなモデル顔負けの人間を見ると、驚くのも無理はない。
先入観というのは、実に厄介である。その人の中で完全に出来上がっているのだから。特に、ラジオを通じて声だけで知られている我々などは、聴いている方々が途方もない想像をしていることがある。
昨日、京都で落語会があった。京都には、この番組で私のことを知り応援して下さっているUさんご夫妻がいる。Uさんと食事をすることになった。「誰か連れておいで」と言われたので、京都在住の桜みずほちゃんを誘った。みずほちゃんを紹介すると、Uさんが「えぇっ!?」と驚いた。「もっと太った真ん丸の人かと思ってたわ」。全て、コンちゃんのせいである。「実物は細いねんな〜」と言われ、みずほちゃんは嬉しそうにバクバク食べていた。大食漢なのは間違いない。
「わからんもんやなぁ〜」と話すUさんは、どこから見ても「ヤ」の付く自由業の人に見える。「笑福亭銀瓶、黒い交際」と言われても不思議ではない。
人は見かけによらないし、また、先入観だけで判断してもいけないのである。
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2008年7月18日
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☆No.149『世界の盗塁王』
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何人かの元プロ野球選手と仲良くさせてもらっている。最も顔を合わせるのが、板東英二さん。金曜日には嫌でも会う。来年、私の落語会に漫談で出演してくれる予定だ。ギャラは、大好きなゆで卵で辛抱してもらおう。
世界の盗塁王・福本豊さんにもお世話になっている。昨年から、福本さんと関係の深いショットバーで寄席も開いている。とてもよく笑う方で、客席には盗塁王の笑い声が響いている。マクラで自分のことが話題になると、とても喜ぶ。
実は、福本豊さんは大のヅカファンである。宝塚歌劇をこよなく愛している。ファンになってまだ2年くらいなのだが、最低でも週に1回は必ず通い、多い時には同じお芝居を10回くらい観るのだと言う。
「俺に会いたかったら、月曜日にタカラヅカに来たらええ。派手なアロハシャツを着てるから、すぐにわかる」と言っていた。ある日、阪急電車の西宮北口駅で福本さんにバッタリ会った。月曜の午前中だった。「どちらまで?」と尋ねる私に、「決まってるがな」と言い残し、宝塚線のホームへ降りて行かれた。ハワイの人でも着ないようなアロハシャツを身に纏っていた。嘘じゃなかった。「嘘つきは泥棒の始まり」と言うが、福本さんの場合、通算1065の塁を盗んでも、嘘はつかない。野球解説同様、気持ちのいい方である。
先日、福本さんに「落語も好きですか?」と聞くと、「当たり前やがな。嫌いやったら店で寄席なんかせえへんで」と、世界的なプレーヤーらしからぬ、いつもの口調で答えてくれた。「そやけど、噺家さんってスゴイなぁ。こないだ銀瓶ちゃんがやった、あの、ハクションの噺。ほれ、ハクション、ハクション言うとったやつやがな。えっ?くっしゃみ講釈?そうそう、それそれ。あんなん、よう覚えるなぁ。あれは難しいやろ?」「何を言うてはるんです。盗塁の方がうんと難しいじゃないですか」「盗塁?あんなん簡単や。走ったらええねん。何も覚えることあらへん」「そやけど、ピッチャーの癖を覚えたでしょ?」「ピッチャーの癖言うたかてやな、顎をキュッと引くとか、肘がクッと上がるとか、ケツがプリッと動くとか、そんなんを覚えるねん。あんな長い言葉は覚えへん」「当たり前やないですか」。
世界の盗塁王に、ますます心を奪われる私がそこにいた。
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