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甲子園では連日、猛暑の中、球児たちによる熱い闘いが繰り広げられている。「甲子園には魔物が棲んでいる」という言葉を耳にすることがある。一つのちょっとしたミスからピンチが広がり、あっという間に逆転を許す。
そのきっかけとなるミスも、普段ではありえないようなミスで、甲子園だから起こったとしか言いようのないものもある。高校球児たちの聖地・甲子園は恐ろしい場所である。
我々噺家にとっての聖地は繁昌亭だ。私は、「繁昌亭には魔物が棲んでいる」と言いたい。普段ではありえないようなミスが起こる、恐ろしい場所である。
今週の月曜日、繁昌亭で私の落語会「天満の銀座〜2丁目〜」があった。6月4日に催した「1丁目」では、「くっしゃみ講釈」を演じている際、肝心の講釈が途中で止まるという信じられないことが起きた。それだけに、気合いを入れて臨んだ。一席目は「七度狐」。喜六と清八の二人がお伊勢詣りの途中、狐に騙される様子を描いた、上方落語ではお馴染みの旅の噺である。
二人が山の中にある尼寺で泊めてもらうことになったのだが、尼さんがおさよ後家の夜伽に行くと出かけ、留守番をすることに。そこへ、尼さんと入れ違いになった村の若い衆がおさよ後家の棺桶を持って来て、二人の前におさよ後家の幽霊が現れる。中盤から後半にかけては、こんなストーリーである。
噺は順調に進んでいった。尼さんが二人に留守番を頼み、怖がる喜六と清八の間で一騒動あり、「二人がワーワーと騒いでおりますと、下のほうから一固まりの人数が」というセリフに入り、棺桶が運び込まれる件である。ところがどういうわけか、「二人がワーワーと騒いでおりますと、夜嵐というやつがビューッと吹いて参りまして、棺桶の蓋がポーンと飛びますと、老いさらばえた老婆が髪を振り乱してズーッ」とやってしまい、私は幽霊になっていた。その時、初めて気づいた。「あれ?棺桶、持って来たか?持って来てないよな?ということは、この幽霊は突然現れたということか。アカンよなぁ。どないしよ?そやけど、今さら元に戻られへんしなぁ。まあ、幽霊は突然出てくるもんや。かまへん。このままやったれ」。私は幽霊のセリフを言いながら、こんなことを考えていた。
噺を終え、楽屋に戻ると、後輩の一人が言った。「お兄さん、斬新なやり方ですねぇ」。繁昌亭には、魔物が棲んでいる。
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