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秋の夜長とブルーな映画音楽 「アメリカン・グラフィティ」特集
R&RやR&Bがふんだんに使われている映画と言えばこれもそのひとつ。 (アメリカン・グラフィティ)はのちに「スター・ウォーズ」でその名を確立したジョージ・ルーカスが73年に監督したノスタルジックな青春回顧映画で、アメリカ人の好きなこの手の懐かしき、古き良き50、60年代回顧映画の最初はこの映画だった。そして、この映画のプロデュースは「ゴッド・ファーザー」のフランシス・コッポラ。73年に公開された「アメリカン・グラフィティ」は同年「エクソシスト」「スティング」と並ぶ観客動員数を記録し、この成功によってルーカスは次の「スター・ウォーズ」の製作ができることになったという。 主演は高校生のふたり、ロン・ハワードが演じるスティーヴとリチャード・ドレフェス演じるカート。ロン・ハワードは「アポロ13」に出演していたが監督、プロデュースもしている人でトム・ハンクス主演の「スプラッシュ」の監督は彼だった。リチャード・ドレフェスはスピルバーグの出世作「ジョーズ」や「スタンド・バイ・ミー」「クイズ・ショウ」などに出演した幅広い俳優で顔を見れば、みんな「ああ知ってる」って言うと思う。 このふたりが演じる高校生のふたりとまわりの友達たちの恋あり悩みありのティーンズ・ライフを描いているのだが、やはりこの映画の人気のもとになったのは全編に流れる50年、60年代のロック、ポップの名曲の数々。最初に聴いてもらったのはロックンロール初期の曲として有名なビル・ヘイリーの(ロック・アラウンド・ザ・クロック)。僕の趣味としてはR&Rの代表曲はカントリー風なこの曲よりもリトル・リチャードの(ルシール)やジェリー・リー・ルイスの(火の玉ロック)などの激しい方だが、アメリカン・グラフティでは残念ながら流れなかった。 このサントラの選曲の傾向は1.〈ビル・ヘイリー、バデイ・ホリー、チャック・ベリーなどのR&R〉と2.〈プラターズ、ファイヴ・サテンズ、フラミンゴスなどのコーラス・グループ〉もの3.〈白人ポップスのデル・シャノン、フランキー・ライモンなど〉、4.〈ニューオリンズR&Bのファッツ・ドミノ、リー・ドーシー〉、そして5.〈次の世代60年代中後期にR&B、ソウル・シーンの中心のひとつとなるブッカー・T&MG's とロック・シーンの代表的グループのひとつビーチ・ボーイズ)などに分類される。では50年代から60年代ニューオリンズR&Bとしては最もポピュラリティを得たファッツ・ドミノ。
50から60年代売れたニューオリンズ発のR&Bのプロデュースはほとんどアレン・トゥーサンがやっていましたが、この"American Graffiti"にも入っているファッツ・ドミノに負けないほど人気のあったニューオリンズR&Bシンガー、リー・ドーシーもトゥーサンのプロデュースでした。
ジョン・レノンの有名なソロ・アルバム「ロックン・ロール」にも"Ain't That A Shame"も"YAYA"も収録されているところから、ジョンにとってもこの映画で流れている曲は思い出深い曲だったと思います。 こういう青春もの映画のロマンティックな、メランコリーな場面にはバラードがつきものですが、この映画ではとくにコーラス・グループものが目立ちます。それくらい50年代のコーラス・グループの流行りは凄まじいものがあったのでしょう。 このサントラ盤に入っているコーラスグループをざっと紹介すると日本でも流行った「涙のチャペル/Cryin' in the chapel」を53年にヒットさせた"ソニー・ティルとオリオールズ"。僕はあまり知らないのだけどこのアルバムには56年の「A Thousand Miles Away」が収録されているニューヨーク出身の"ハートビーツ"。そしてたぶん58年のこの曲しかヒットはなかった「Book Of Love」を歌った"モノトーンズ"。アメリカのグループだとずっと思っていたら実はカナダのグループだった"ダイヤモンズ"。このアルバムには「The Stroll(58年)」と「Little Darlin'(57年)」の2曲が収録されている。54年にチャート5位まであがった「Goodnight,Well It's time to go」が収録されている"スパニエルズはヒットにはあまり恵まれなかったけどコーラス・グループ・ファンの評価は高い。全米2位まで上がった「Get A Job」の"シュルエッツ"はフィラデルフィアの黒人グループ。ワシントン出身の黒人グループ"クローヴァーズ"はかなり知名度のあったグループだが、このアルバムの「恋の特効薬」はブルーズの「カンサス・シティ」を作ったジェリー・リーバーとマイク・ストーラーの作品。また僕の大好きな「ブルー・ヴェルヴェット」のオリジナルもこのグループ。そして、50から60年代のコーラス・グループで子供から大人まで、白人から黒人まで幅広い層に人気があったのがこのグループ。
小学校の頃、僕の親父が買ってくるレコードの洋盤の中に"プラターズ"があった。 EP盤という4曲入りが多かったが、この「グレート・プリテンダー」や「煙が目に染みる」「オンリー・ユー」「16トン」などが入っていた。当時はまだ音楽に目覚めていなかったのでよくわからなかったが、このグループがポップでありながらもアフリカン・アメリカンならではの濃厚なコーラスワークをもっていた強力なグループであることを知ったのはブルーズ、R&Bを知ってからだった。 当時のアメリカのティーンズが親の車を借りて彼女とデートする際のムード作りには甘いコーラス・グループのバラードが不可欠だった。まだ、ラジオしかなくカー・オーディオが発達していない頃、電話でDJにリクエストしてそれが運よく彼女を口説くときにカー・ラジオから流れてきたらしめたもの。アメリカでラジオがすごく大切にされてきた。ひとつの理由は車社会であるために、カー・ラジオの必要性が高く、とくに長距離を移動する際には流れてくる曲やDJのしゃべりが運転のつらさをしのいでくれる。車で彼女を口説いたりするシーンがアメリカ映画に多いのは、やはりこういう体験している人が多いからで「ああ、おれも10代のころああいうコーラス・グループ聞きながらあんなことをやったなぁ・・・」と懐かしくなるのでは・・。
フラミンゴスは50年代を代表するコーラスグループで52年にシカゴで結成され、56年ブルーズでお馴染みのチェス・レコードの姉妹レーベル「チェッカー」からリリースした"I'll Be Home"がR&Bチャートのトップ10に入り、この"I only have eyes for you"は59年にR&Bで3位、POPチャ?トデ11位まで上がった彼等の最大のヒット曲。 さっきこのサントラ盤の選曲のジャンルをR&Rゃコーラスものなどと紹介しましたが、1曲、コテコテのブルーズいやR&Bというべきか、ブルーズがR&Bそしてソウルへと移行していく時代に流行ったこんな曲が入ってました。
この「ファニー・メイ」で大ヒットしたバスター・ブラウンは50年代終わりから60年代にかけて活躍したブルーズとR&Bを歌った人で、代表的アルバム"New King of the Blues"にはマディ・ウォーターズのブルーズ、ブルーズの古典"セントルイス・ブルーズ"、そして50年代の有名なコーラス・グループ(ムーングロウズ)の大ヒット"Sincerely /シンシアリィ"なんかも入ってます。恐らく、"Fanny Mae"が当たってヒットしたので「アルバムをつくろう」ということになったと思うのですが、本人のオリジナルが少ないので普段ステージで歌っている曲ということでゴチャ混ぜの選曲になったのだと思う。この頃のアフリカン・アメリカンのライヴ・ミュージシャンたちは時代がブルーズからソウルに移行するのに合わせて、また一方ではR&Rの勢いもあり、様々なレパートリーになっていたのでしょう。いまこの「ファニー・メイ」の始まりにダミ声のDJが入ってましたが、彼は僕にとっても懐かしい人で、ウルフマン・ジャック。 知っている人も多いと思うが、60年代にアメリカで凄まじいパワーでヒップでいいと思ったR&R、R&Bを自分のDJする番組からバンバン流した人で、パワフルでありながらその軽妙洒脱な話振りは伝説となったが、惜しくも95年に57才で亡くなった。このアメリカン・グラフィティで初めてその姿を見た人も多かった。僕は「ウエストロード・ブルーズバンド」で出した2枚のアルバムが彼の耳に止まり、すごく気に入ってもらいウルフマンに76年にロスで会った。アメリカのジョージアに彼の別荘があるのでそこに住んでアメリカで活動してもいいよと言ってくれた彼は、実に気さくな人で会ったその日に彼のスタジオに連れていかれラジオ番組の収録に飛び入りで出されて、強引にDJをさせられた。いい思い出のひとつです。 では彼のダミ声が聞ける曲を。
次は40年代に結成されたワシントン出身の黒人グループで、50年代初めに「アトランティック・レコード」から数多くのヒットを飛ばした「クローヴァーズ」。51年から54年までのたった3年間に13曲をR&Bチャートのトップ10に入れたというからすさまじい。僕の大好きな「ブルー・ヴェルヴェット」のオリジナルもこのグループ。このアルバムの「恋の特効薬」はブルーズの「カンサス・シティ」を作ったジェリー・リーバーとマイク・ストーラーの作品で日本でも流行ってTV「ザ・ヒット・パレード」でもよく歌われていた記憶があるが、誰が歌っていたのかは忘れてしまった。
誰でも自分の10代の頃を思い出す曲があると思う。ある曲では友達を思い出し、ある曲では恋した人を思い出す。でも、戦争を思い出してしまう曲もある。この映画が描いた時代の後、アメリカは次第にベトナム戦争の深みにはまっていくことになる。このサントラの最後にはいっているこのグループはR&Rとコーラス・グループを確実に消化し自分達にしかできないサウンドを作り、次のロックの時代へつないだグループだった。そして、ベトナム戦争のドロ沼化につれて彼等はシーンから次第に遠ざかっていった。
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