今週のブルーズ講座 放送日別インデックス 前の記事 次の記事


ブルーズ講座 (関西エリア 2001/08/26放送分)



90年代 Rap, Hip-Hop 女性歌手の躍進

今回の放送曲目


Revolution / Arrested Development

 70年代後期にニューヨーク、ブロンクスに誕生した(HipHop)とは単にラップなどの音楽のことだけではなく、ストリートで行われるダンス、そして地下鉄の電車やビルの壁に描かれたグラフィティ、そして彼等のファッションをも含んだカウンター・カルチャーのことだと以前話しましたが、ラップだけが異常に売れまくったために次から次ぎへとラッパー、DJを目ざすアフリカン・アメリカンが出てきた80年代。

 早い話、ラップは身体ひとつあれば誰にでもできるわけで、ロックにおけるパンクは"Everybody Rock!"(誰もがロックできる)と呼び掛けたが、80年代中頃アフリカン・アメリカンの若者の間ではまさに"Everybody Rap!"という状態になっていった。80年代終わりには「N.W.A.」アイス・Tたちによるギャング・スター・ラップの過激なリリックがゲットーの若者たちの圧倒的な支持を得て主流になったが、殺人、暴力、ドラッグ、女性蔑視に関する言葉が増々あふれていく「ギャング・スター・ラップ」は過激さを争うような形になり、また過激であれば売れるという図式に単にのっかっているだけというところも出始めた。

 また、元々対立するギャング集団出身者たちである「ギャング・スター」は音楽の場においても暴力を用いて襲い合い、果ては殺人事件までに発展し、2パック、ノートリアス.B.I.Gなどが射殺された。そういうシーンに当然批判、非難が出始め、TVなどでも討論が盛んに行われて、そのブームにやや陰りも出かかったが、最も有効な批判は同じラップをもってもっとポジィティヴに自分たちを見つめ直そうと訴えた「Arrested Development/アレステッド・デヴェロプメント」。彼等は大都会ではなくテネシーという地方に住むグループだった。本当は手を組むはずの同じ場で苦しむ同胞同志が殺し合う空しさをアレステッドは訴え、自分達のアイディンティテイを見つめようと歌った。サウンドはシンプルに、生楽器を多様しているのが特徴。

 スピーチが中心となって結成されたArrested Development のデビュー「テネシー」は92年ゴールド・ディスクとなる共感を全米から得た。そして次に聞いてもらうThe Fugees も同じ「オルタナティヴ・ラップ」と呼ばれている。

Killing Me Softly With His Song(やさしく歌って) / The Fugees

 The Fugeesは1994年にアルバム(Blunted on Reality)でデビュー。現在、ヒップホップの女王の座を争う実力と人気をもったローリン・ヒルが在籍したグループで、ローリンと同じ高校に在籍していたPrasことPrakazrel Michelと、Prasの従兄弟のClef ことWyclef Jean の3人で結成された。PrasとClefはハイチからの移民でありグループ名の「フージーズ/The Fugees」はrefugee(難民、亡命者)を短くしたところから名付けられている。

 デビュー・アルバムの(Blunted on Reality)はレコード会社の強い意向でギャング・スター・ラップのスタイルになっているが、彼等の意志が表れ、本領が発揮されたのは96年リリースの2枚目の「The Score」。70年代始めに大ヒットしたRoberta Flackの"Killing Me Softly"そして同じく70年代初期にブレイクしたジャマイカのボブ・マーリーの"No Woman, No Cry" の2曲をカヴァーしている。サンプリングではなくカヴァーと言った方がよいと思う。しかし、そのカヴァーにはヒップ・ホップの要素がちりばめられ、もちろんラップも入っている。リリックにはクールな知性を感じる反面、強く熱い気概をも伝わってくるこのポジティヴなアルバムはチャートのNo.1に輝き、一躍彼等をスターにしただけでなく、ヒップホップに新しいシーンを切り開いた。

 このアルバムは3人で作詞、作曲、そしてプロデュースもされており、その他に Clefはギターを担当。そして、ローリンはヴォーカルだけでなくアレンジも担当している。そして、ドラムとベースにはジャマイカの素晴らしいグルーヴ・メイカー、スライ・ダンバーとロビー・シェイクスピアが参加している。97年にローリンが出産のため活動を休止し、その後そのままローリンはソロへと移行した。そのソロになってからの曲を。

Every Ghetto, Every City / Lauryn Hill

 アメリカのどこのゲットー、どこの町でもありそうな風景描写が続くのだが、ローリンが歌っているのは自分が育ったニュージャージーのオレンジのこと。

Everything Is Everything / Lauryn Hill

 ローリンの素晴らしいソング・ライティングの才能はいまだにその座を奪われることのないソウルの女王、アレサ・フランクリンの耳に届き、何とアレサはローリンに作詞作曲だけでなく、プロデュース、そしてデュエットまで依頼しその曲はアルバムのタイトル曲となった。1998年リリース「バラの花はいつもバラのまま、いまもこれからも」の[A rose is still a rose]を。

A Rose Is Still A Rose / Aretha Franklin

 90年代に入ってからR&B,ソウルからのヒップ・ホップへの接近が行われ、ローリン・ヒルは(ヒップ・ホップ・ソウルの女王)と呼ばれているメアリー・J・ブライジにも曲を依頼された。メアリー・Jは1971年ニューヨーク、ブロンクスに生まれている。元々地元のローカル・グループで歌っていたのだが、92年に"What's the 411?"で鮮烈なデビュー。彼女によってヒップ・ホップ・ソウルという言葉が生まれ、いわゆるソウル、R&Bと呼ばれる「歌もの」の中にラップなどヒップホップの要素を取り込むことが大胆になされた。「ラップだけ聞いていると飽きるしなぁ・・・」と思ってた人たちもこのメアリー・Jや前述のローリン・ヒルによってヒップホップへの道に入ることが楽になったはずだ。では。

Everything / Mary J. Blige

 しかし、ラップをソウルに入れ込んで使う方法を僕がはじめて聞いたのは84年のチャカ・カーンの「I feel for you」だったと思うが、いま聞いてみるとラップの扱いも可愛いもの。

I Feel For You / Chaka Khan

 90年代に入って女性ヒップホップ勢の勢いは素晴らしいものがあった。ギャング・スター・ラップの連中が相変わらずのセックス、暴力、ドラッグのネタでマッチョだけを頼りにガキのヒーローに甘んじている間にローリン・ヒル、メアリー・Jたちが柔軟な音楽姿勢としっかりしたコンセップトをもち、単に歌手とかラッパーという立場ではなくもっとアルバムの製作に深く係わりはじめていた。

 そこでほとんど男の職場みたいなラッパーの世界に女性は・・・と振り返ってみると88年デビューの"クィーン・ラティファ"くらいしか思い浮かばない。しかし、このシスターは男に負けないタフなラップをやっていたのに現在は女優業に邁進しているらしい。

Ladies First / Queen Latifahe

 99年の12月にボブ・マーリーの次男スティーヴンが中心となって亡き父へのトリビュート・アルバムを、様々なミュージシャンを入れて作り、多少メンバーは違うがそのアルバムに入ったミュージシャンとのコンサートも開かれた。そこにはいまのクウィーン・ラティファも参加していたし、トレイシー・チャップマンもいたが、何と言っても心惹かれたのはローリン・ヒルとエリカ・バドゥが出演するというニュースだった。ローリンはフージーズ時代からボブ・マーリーに傾頭していることは知っていたが、あのクールーエリカとインテリジェンスーローリンが同じステージか・・・と思うと心はジャマイカへ走ったが・・。

 しかし、行けなかった多くの人たちに彼女たちが入ったアルバム(ライヴではなくスタジオ盤)[Chant down babylon]が届けられた。その中でもこの1曲がずっと心に残ってしまっている。亡くなったボブ・マーリーのテイクにローリンが重ね、それを見事にミックスしたこの曲を今週のブルーズ講座の最後に聞いてもらおう。エリカは来週。

Turn Your Light Down Low / Lauryn Hill&Bob Marley

今回の放送曲目




今週のブルーズ講座 放送日別インデックス 前の記事 次の記事


Copyright(C) 1998-, Mainichi Broadcasting System, Inc.
All Rights Reserved.