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80年代のチョットやばい"Gangstar Rap!"
前回は80年代初期の「ワシントンGOGO」とラップがフフリカン・アメリカンのコミュニティで盛り上がっていた頃の話で、ラップの創始者たちの「オールド・スクール」と言われるジャンルを紹介したが、今回はいま流れているアイス・Tなどを中心とした"ギャング・スター"と言われるラッパーたちを紹介しよう。ラップは前に話したようにニューヨークを中心とするイースト・コーストから始まったが、すぐにそれはウエストコーストへも飛び火した。まあ、血の気の多い若い連中のやることだから、「ウエストは遅れている」とか「おれたちの方が人気がある」とか「あいつらのラップはダサイ」とか・・言い合いの果てに抗争が始まり、発砲事件にまでいってしまった。 ウエストコーストでは以前on airしたクインシー・ジョーンズのアルバムにもゲスト出演したアイス・Tが82年にデビュー。84年にいま流れている「ボディ・ロック」が発表されて、これが開局されたばかりのラップ専門AM局、KDAYから流され人気となり、歌詞に「ギャング・スター」という言葉が出てきて「ギャング・スター・ラップ」というジャンルが出来た。僕はいまインターネットで時々NYのラップ専門局を聴いているが、ラップの専門局ができるということは85年あたりにはラップはかなりポピュラーなものになっていたということだ。 リスナーの方々の中にはアイスTを俳優として知っている人もいると思うが、僕は観ていないのだが"Breakin'"という映画があり、それのワン・シーンに当時ロスにできたばかりのHip Hop Clubが使われ、その映画のプロデューサーがアイス・Tに出演を依頼してきた。それが俳優としてのキャリアの始まりだそうだ。 アイス・Tはもともと本物のギャング(アフリカ・バンバータもそうだが)で激しいストリート・ライフを子供の頃から生き抜いてきた。こういうヤバイ橋を渡りつづけてきた一般社会からのはぐれ者を描く映画も小説もTVもあったし、歌の題材になったこともあった。しかし、そういう人間が自らの心情を自ら大衆に向けて主張する音楽はラップ以前にはなかった。「歌う」「楽器を演奏する」というテクニックが必要ないラップはパンク・ロックと同様に「EVerybody Rap!」、つまり誰でもできると言えばできる。だから音楽的なことを知らないけど、主張したいことがある者たちにはうれしい表現形態だった。街のギャングたちにとっても・・。アイス・Tがギャング・グループの抗争、そして警察の横暴や不当な逮捕についての抗議についてラップした。
ロック・グループのColor Me BaddやJohnny Gill、Keith Sweatなどがサントラに参加し話題になったNew Jack Cityという映画で主役を演じている。役者としても達者なアイス・Tだが、同じアイスという名でギャングスター・ラッパーで、役者もやっているのがアイス・キューブ(Ice Cube)もなかなか達者な演技をみせる。彼が脚本、主演している「FRIDAY」という映画はビデオで出ているので是非観てもらいたい。現在の黒人の普通の若者たちの日常を描いているが、ラップやヒップホップに興味がなくてもめちゃ楽しめるブラック・ストリート・ライフ・ムーヴィーだ。その映画で使われていた彼の曲に関しては僕は次の曲のサンプル・ネタが大好きだったので耳に入ってきた。"It was a good day"とは「いい一日だった」ということだが、このラップは自分が住んでいる街の風景をクールにラップしているもので、途中で「今日はだれも殺されなくて"いい一日"だった」と来る。その一言で彼等が生まれ育った状況がどんなものかわかってもらえると思う。
この元ネタである"Let's do it again"は1975年に同名の映画の主題歌になった曲で作者は偉大なカーティス・メイフィールド。歌っているのは僕の好きなステイプル・シンガーズ。この循環コードのくり返しで続けられる曲にリード・ヴォーカルのメイビス・スティプルの独特のグルーヴのある歌がのった名曲だ。僕はこのコメディ映画をアメリカで観たのだが、半分くらいしか英語がわからなかったけど、まわりにいた黒人たちは大笑いの連続だった。そして、最後のテロップが流れるところでこのLet's do it againが流れ、いい曲だなぁ・・と思いながら映画館を出た。
ギャング・スター・ラップは反体制の姿勢を明確にし、警察はじめ権力への敵対を明確にしている。それは幼い頃からドラッグの売買の使い走りをさせられたり、小遣いもなく万引きしてしまい、警官に追われて逃げるという彼らの生活から生まれてきた当然といえば当然のライムだ。Ice Cubeはソロになる前にN.W.A.というグループに入っていた。N.W.A.は元ギャング、元ドラッグのディーラーたちによって86年に結成された。グループ名のN.W.A.とは(Niggaz With Attitude)の略で(意見のある黒人たち)という意味。その名前が表わしているように彼等は恋愛やダンスを歌うようなグループではなく社会的、政治的なラッパーだった。次は警察の横暴を批判した激しいラップだ。
しかし、現在、彼等のラップがどんどん激しいものになり、現在ビッチ(bitch)ニガー(nigga),ファック(fuck)といういわゆる悪い言葉が氾濫するギャング・スター・ラップに厳しい批判を向ける人たちも多い。しかし、言葉というものはその人間の生活から生まれてくるもので、言葉はその時代の「生き物」だ。 その土地の生活と密着しているものだ。ビバリー・ヒルズのお金持ちに生まれた子供はビバリー・ヒルズで使われている言葉の中で育つように、ニューヨークの荒れた、ドラッグの売買が行われる街で生まれた子供はそこで使われている言葉を喋るようになるのは当たり前だ。もし、悪い言葉と呼ばれているものをアメリカがなくしたいのなら、まずラッパーたちが生まれ育った劣悪な環境を改善することの他に解決はない。話を戻そう。 ストリートで育ったアイス・キューブの映画「Friday」はたぶん彼の青少年時代そのままなのだろう。N.W.A.のメンバーであったDr. Dreがさきほど話に出した映画「FRIDAY」でラップしていた曲を。
TVでマイルスの伝記的番組をやっていたがその中でマイルスがNYのクラブに出演中、休憩時間にクラブがあるストリートでタバコを吸っていると白人警官がやってきて何もしていないのに難癖をつけてマイルスの頭を警棒で殴るという事件があったことを伝えていたが、数年前のロスの暴動に結びついた警官の黒人への暴力行為、過剰警備を僕は思い出した。日本でも未成年との性交渉、暴力団との癒着、慎重な捜査なしでの誤認逮捕など警察の堕落ぶりには最近ひどいものがあるが、警官の制服を着たとたんに自分がすごい権力者になった気分になるのだろう。 僕は自分が住んでいる近くの交番のひとりの警官が盗難自転車の調査を道でしている時、「おい、この自転車はどこで買ったんだ」と止められ、「おいとは何だ!」と喧嘩したことがある。その「おい」に彼が権力をもっているという勘違いがある。昔の警官はそういうとき、さっと敬礼して「失礼します。ちょっとお時間いただきます」なんて言ったものだ。さっきのラップじゃないが、「おい!」と言う警官を見かけるたびに心で「Fuck The Police!」と言ってしまう。 N.W.A.はIce Cube, Easy E, MC Ren,そしてDr. Dreといったメンバーで結成されていたが91年に解散。しかし、主力メンバーのほとんどは現在もソロとしてシーンの中心的存在になっている。さて、N.W.A.脱退したキューブが最初に発表したアルバム"Amerikkka's Most Wanted"はイースト・コーストのギャング・スター・ラップの中心、"パブリック・エナミー"と合作して作ったものだった。
パブリック・エナミー(以下PE)は1982年にラッパーのChuck D を中心にニューヨーク州のロング・アイランドで結成された。ファースト・アルバム"Yo! Bum Rush the Show"はDef Jam Recordsから 1987年にリリースされたが、熱狂的なファンと一部の評論家には支持されたもののチャート上では上がらなかった。 ステージでは戦闘服のボディ・ガードがモデル・ガンを掲げて立ち、そのラップの内容を表わすかのように攻撃的だ。白人権力に対する明確な敵対姿勢と同胞の連体を求める政治的な姿勢から普段の問題発言もおおく、度々話題になっている。しかし、2枚目"It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back"はチャックDとPEの創始者である友人のハンク・ショクリーが設立したサウンド・プロジェクト・チーム、「the Bomb Squad /ボム・スクワッド」で練りに練られてつくられた。その攻撃的かつ繊細、ファンキーでノイジー。これが「黒いパンク」という別名もある、攻撃的なラップをするPEの特徴を一層引き出すことになった。
「the Bomb Squad /ボム・スクワッド」のサウンドはPEだけでなくアイス・Tのアルバムを手掛けるなど80年代後半から90年代にかけてヒップホップの重要なサウンドとなった。 今回の「ハード・コア・ラップ」「ギャング・スター・ラップ」のラストの曲ですが、これもMurderなんて物騒なタイトルがついていますが、やはり死がいつも近くにいる彼等にとってそれはかっこづけや、スタイルではないし、人種なんて子供が考えるわけもないのに、ある日否応なく自分が黒人であることを知らされる。同じ国に生まれてある日自分が黒人なのだと気づいたときのショックを語っているミュージシャンはかなりいる。しかし、生まれてくる時に自分で人種を選択することはできない。 92年のロスの暴動のきっかけとなった警察権力の黒人への過剰な暴力をニュース・フィルムで観たとき、僕の頭をよぎったのはビリー・ホリデイの「奇妙な果実/Strange Fruit」のメロディとこの歌が作られたきっかけになった南部の大きな樹にまるで果実のように首をつって殺されている黒人たちの風景だった。21世紀にはいったいまもアメリカの奥底に流れている差別意識は法にふれないところで大手を振っている。
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