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ブルーズ講座 (関西エリア 2001/06/03放送分)


80年代日本のブルーズを求めて
80年代のスーパー・スターたちのブルーズ度

今回の放送曲目


Into Something (Can't Shake Loose) / O.V.Wright

 1980年にジョン・レノンが射殺された事件は本当に何か終わったような気持ちになったと前に言いましたが、実は僕の愛する黒人音楽の世界でもひとりの偉大なシンガーがその人生の幕を80年に閉じました。享年40才。日本では決してメジャーではありませんでしたが、歌手としてはたくさんのひとに尊敬されていたと思います。

 とくにアメリカ南部の黒人社会では彼を「特別な人」と呼ぶ人もいるほど慕われていた人だ。スタイルはブルーズのものはほとんどないのですが、その歌の詞の中からは、そして彼の声の中からはブルーズがぽろぽろとこぼれ落ちてくるのです。この偉大な歌手の前ではMTVもCDもMDも関係ないのです僕にとっては。彼の声は録音がどうであれ、再生装置がどうであれ、関係ない。すべてを突き抜けて魂に直結で届きます。彼の死の前に彼の歌を生で聴くことができたのは僕の生涯の幸せでした。澁谷公会堂の後ろの方の席ですぐに顔をあげて、帰れないほど涙した自分でした。O.V.Wright......いまも彼の歌に手がつけられないのですが。

 さて、80年代に入って音楽に関する技術の大きな変化がいくつかありました。70年代に発明されたカセット・テープだけでも、ビートルズ世代の僕などには画期的なものに思われましたが、79年にソニーが開発した「ウォークマン」は自分が録音したカセット・テープを個人的にどこででも聴くことができるようにしてしまいました。これは僕のような歌手にとって非常にありがたい機材でした。それまで家か車の中でしか曲を覚えることができなかったのが、電車の中でも、レストランや喫茶店でもイヤホーンをして曲を聴き、覚えることが可能になったからです。

 しかし、ひとつ僕が弊害だと思うのは個人的に音楽を楽しむ機会を増やした反面、何人かでひとつの音楽を聴き話しをする、意見を述べ合う機会を減らし、個々が「マイ・ベスト」とか「マイ・ブーム」の音楽をテープに作り、他人の聴いている音楽に耳を貸さなくなったことです。イヤホーンではなくひとつのスピーカーから流れてくる音楽を何人かで聴いていると必然的に自分の好きなものだけではなく、他人が好きな音楽も聴かざるを得ないわけで、それまで聴かず嫌いだったものが意外といいと思えて、自分の音楽の幅が広がることがあるものです。また、やっぱりこれは嫌いだということになると、それを好きな奴からどうして嫌いなのか?と意見を求められることになり、音楽を通して人間同志の会話が始まることになるわけです。それは自分の音楽観をつくる礎にもなると思うのだが。ウォークマンは音楽を自閉的なものにさせたのではないかと思う。よくアメリカの黒人がどでかいラジカセで自分の好きな音楽を流して肩にかついで歩いているが、あれの方が僕は開放的で音楽としては正常だと思う。

【MTV】(ミュージック・テレビジョン)ウォークマンのように音楽の質を変えていくものが1981年に始まった。24時間プロモーション・ビデオを放映する【MTV】(ミュージック・テレビジョン)は音楽におけるヴィジュアル面の比重を一挙に重くしました。そして、このMTVを使って人気、売り上げを上げた代表的なミュージシャンがこの人でしょう。

Thriller / Michael Jackson

 1982年にリリースされたマイケル・ジャクソンの「スリラー」はじめ一連の彼のプロモ・ビデオは彼のダンスの上手さをふんだんに盛り込んだもので、ちょっと他の人がマネしょうにもできない代物だった。ダンサブルで、ストーリー性をもち演技力も必要な彼のビデオは他の多くのミュージシャンが自分の曲に合わせてちょっとステップを踏むものとはそのクォリティが断然違っていた。

 サウンドの方もプロデューサーに【クインシー・ジョーンズ】、アレンジャーに【デビッド・フォスター】等を配し、レコーディング・ミュージシャンにはCrusaders/Santana/Herbie Hancockなどで名を馳せたドラムスの【レオン・チャンクラー】、ギターには「ToTo」の【スティーヴ・ルカサー】、シンセ、アレンジに同じく「ToTo」の【スティーヴ・ポーカロ】、また同じく「ToTo」のドラム、【ジェフ・ポーカロ】が参加。また、ポインター・シスターズ、ボビー・ウーマックなどソウル系のレコーディングに引っぱりだこだった【ポール・ジャクソンJr.】そしてハード・ロックのギター、【ヴァン・ヘイレン】そして、バック・コーラスには「ウォーターズ」はじめ兄弟の【ジャネット・ジャクソン】も参加している。これでいいアルバムができないわけがない、という布陣だ。これは全米で2000万枚が飛ぶように売れ、トップ10に7曲が入るという凄まじさだった。

 しかし、マイケルがやはり並の歌手ではないことは彼のリリースされたシングル、アルバムの曲目を見ていてもわかる。たぶんブルーズなんか歌っていないだろうな・・と思っていたら、ビル・ウィザース作のこんなブルーズを歌っていた。

Ain't No Sunshine / Michael Jackson

 さらにブルーズにとどまらずこの番組でも何度か紹介している素晴らしいジャズ・シンガー、ジミー・スコットで有名なこんなジャズまでマイケルは歌っている。

Everybody's Somebody's Fool / Michael Jackson

 アメリカの優れたミュージシャンというのは実にたくさんの引き出しをもっているが、数が多いだけでなく引き出しの奥も深い。ステージで披露しているのはその一部に過ぎない。御覧になった方もいると思うが、マイケルというかジャクソン5のモータウン・レコードでのオーディションの時のフィルムというのが残っている。

 そこでの彼は幼い頃のアイドル、James Brownの曲を歌い、踊っているのだが、その踊りの素晴らしいこと。この引き出しは天性のものだろう。JBがアイドルだったと言えば同じ80年代から白人層まで巻き込み活躍しているこのスターもアイドルはJBだったそうだ。

Purple Rain / Prince

 1980年の"Dirty Mind"あたりからその才能に注目する人たちがいたが、プリンスが決定的な人気を獲得したのは84年のこの"Purple Rain"のアルバムだろう。これは1000万枚を売り上げ、24週間チャートの1位を守った。しかし、僕は個人的にこのプリンスがなかなか好きになれなかった。なぜかいつもすぐ胸をはだけたり、上半身裸になったりするのも嫌だったが、彼のヌメッとした爬虫類のようなヴィジュアル(これは当時の僕の主観なのでプリンス・ファンのみなさま、まあ気にとめずに・・)が彼の音楽性よりも優先して頭に入ってきたからだ。

 まあ、MTVが盛り上がっていた時代だったので僕も見た目のプリンスに惑わされたわけだが、アルバムで音だけ聞いたらソウル、ロック、ファンク、そしてブルーズ色まであり、その調合の仕方が新しく何故か次第に惹かれていき、アルバム"Parade"あたりから猛然と好きになり来日コンサートにも出かけた。コンサートはキャブ・キャロウェイ、ルイ・ジョーダン、ジェイムズ・ブラウンと脈々と培われてきた黒人伝統芸能の素晴らしいショーだった。

 プリンスにハマったひとつの理由がさっき挙げたブルーズ色だが、それは彼がギターを弾くからだと思う。前にも言ったがブルーズはギターと育ってきたと言ってもよいほど親密な関係があり、ギター・ブルーズにおけるチョーキング奏法によってブルーズの音階、ブルーノートは表現されてきたからだ。プリンスはたくさんの楽器をあやつれる才人だが、作る曲の中に「ああ、これはギターで作ったんだろうな」と思えるブルーズ色の濃いものがかなりある。たとえば、これなんか。

Kiss / Prince

 80年代のプリンスがシーンに持ち込んだのは強烈なエロティック光線だった。こんなところまで受け入れられるのかなぁ・・と思っていたら、マイケル・ジャクソンの「いつまでも少年」に飽き足らない人たちは「いつでもエロ」のプリンスにどっと走った感じだった。バンドにも色っぽいお姉さん方を起用し、曲ももろセックス大賛美だったり、SMっぽいムードも、ホモっぽいムードも、ドラッグぽいムードもなんでもあり、でも正体不明のエロ・プリンスの挑発に僕なんぞはまんまとのせられた方です。80年代に次のアルバムが待ちどうしかったミュージシャンのひとりだった。

 まあ、アメリカ国内がベトナム戦争が続き、終わった後もその後遺症が退いていくのに時間がかかった70年代にくらべると少しは楽な状況になり、政治的にもソ連のペレストロイカが始まって少しづつ緊張が弛んでいったことなども関係していると思うが、いや、やっぱりアメリカ人は大胆やなぁ・・と思った次第。

 プリンス・バンドのドラマーだった(全く私の好み)シーラ・E嬢のソロ・コンサートにも馳せ参じましたが、途中でシーラ嬢が障子越しにその体形がすっぽりわかる状態でお着替えされるという直撃のショーがありまして、客席の男性どもは荒い鼻息をし、女性陣は男を誘惑する術を伝授されたわけです。大胆な挑発をペレストロイカした女性ミュージシャンの代表がこの人でした。

Material Girl / Madonna

 下着同然の衣装で、そのグラマーな身体をみせつけてくれたマドンナもやはりMTVをうまく使ったひとり。マリリン・モンローと自分を堂々と重ね合わせるのはかなり根性がいると思ったが、いろんな批判にも負けることなく、昔ヌードになっていたというスキャンダラスなニュースも自分の看板に厚みにしてしまった。プリンスと同様にエロ光線は強力。SM的写真集に気の弱いおじさんたちはうろたえていました。

 ブルーズ色はない人ですが、曲はしっかり聞くとポップとして実に丁寧に作ってあり、思わず風呂につかりながら口づさんでいることもあった私です。決してヴィジュアルだけではなかったということです。思い出してみると、「ワム」「トーキング・ヘッズ」「エルビス・コステロ」「ジョー・ジャクソン」「デュラン・デュラン」「ユーリズミックス」「カジャ・グーグー」「キッド・クレオール・アンド・ココナッツ」「U2」「プリテンダーズ」などなど当時MTVによく出てきていたグループの中で、このグループも比較的うまくヴィジュアルにのったか・・・と思えたが、急降下・・消えたなぁ・・。

Do You Really Want To Hurt Me / Culture Club

 (コンパクト・ディスク/CD)ウォークマン、MTVと並んで80年代の音楽に大きな影響を与えたのが1982年の"コンパクト・ディスク/CD"の登場だった。狭い住宅事情の我が家ではレコードの収納場所にも難儀していたので薄く、軽く、小さく、しかも音質が劣化していかないと言われたCDは実にありがたいものだったのですが、なぜアナログ・レコードが一斉に作られなくなっていったのかが分からない。実際、その時代、80年半ば頃、アメリカへ行けばCDと一緒に、アナログ・レコードだってカセット・テープだって売っているのに、なぜ日本はレコードがなくなるのか?

 とにかくハードを売ろうとするのがミエミエで、これを聞くにはこれが要り、このオプションをつけるともっと便利になって、こっちのもつけるともっと音が良くなる・・・。しかし、レコードの針がなくなると聴いたときは「てめら、プレーヤー売り付けておいて針がなくなるだと・・?」とマジに切れそうだった。しかし、なくなると言うから針を買い占めておかないと・・・うーん、オレが死ぬまでにいくつぐらい針が必要かな・・・なんてマジで考えた次第。メーカー、物を作って提供する人や会社は自分の作ったものに最後まで責任を持たなきゃダメという基本的なことからいともあざやかに逃げてしまい、「オレ、知らん」「オレも知らん、会社の方針で・・」では信用がなくなると思わんのか?僕なんぞ何百枚もアナログもって、これがいつか全部聴けなくなるのか・・・少なくとも電気店の店員はそう言って僕にCDプレーヤーを買わせようとした。

 僕はいまでも中古盤店でよくアナログを買う。アナログ時代に作られたものはやはりアナログで聞くのがいちばん良いと思っている。ビートルズのCDなんて全然良くない。CDが出回った頃、レコード・ジャケットをたくさん制作していた友達のデザイナーは「あんな小さなものに、しかも帯まで付けてデザインなんてやる気がしないと落胆していた」。いろんな選択肢が残るようにしないと日本人の思考が戦争始めたときの日本みたいになりまっせ。

 さて、ここで問題です。80年代のアメリカのスター、マドンナ、マイケル、プリンス、この3人に共通していることは何でしょう?

 正解は来週に、Hey Hey The Blues Is Alright!

Everytime You Go Away / Hall&Oates


今回の放送曲目




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