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80年代日本のブルーズを求めて テクノロジーの発展が音楽の発展ではなかった80年代 1980年という年が僕の記憶のフィルムの中で深い重い影を落としているのは、ジョン・レノンが理不尽な死を迎えた年だからだ。子供を背負って「ハウス・ハズバンド」なんてやってないで早くアルバム出してくださいよ・・・と70年代の終わりから押し寄せたパンクとテクノ・ミュージックが心底では好きになれない僕にとって、それはジョンへの切なる願いだった。
そして、「もう一度始めよう」と歌った矢先にジョン・レノンは縁もゆかりもない精神を病んだ男によって射殺された。 その素晴らしいアルバム"ダブル・ファンタジー"は、背中に息子を背負って散歩している昼下がりの安らぎのような、そして静かな寝息を立てて眠ってしまったわが子に思わず微笑んだときのような「Love&Peace」な音に満ちていた。それはパンクスのロックのようにラウドで、ノイジーではなく、彼等のように過激な言葉も、引き攣るような歌も、断末魔のような叫びもないが、「Real Thing/本当の事」が充満した真のロック・アルバムだった。 この「Starting Over」では愛妻、オノ・ヨーコと再スタートを切る喜びを歌っているが、そこに「もう無駄にできる時間はないんだ」という詞が出てくる。約5年ぶりのアルバムであり、この年ジョンは40才になっていた。ヨーコと喧嘩別れしていた時期もあったからこれからの時間を大切にしたかったのだろうし、長く生きなかった友人の60年代のロック・ミュージシャンたちが何人も事故やドラッグで亡くなったことも心にあったのだろう。 チャート1位に輝いたこの「Starting Over」はアルバムの最初のシングル・カットだ。そして、セカンド・シングルの「Woman」もイギリスでは1位、アメリカでは2位。
いま思えばジョンは育児において男も女の役割を負担すべきという新しいフェミニズムを実践していたわけです。「男の心にはいつも子供がいる。だから僕は君の手の中にいるようなものだ。女性に対するこの複雑な気持ちを説明するのは難しいが、でも永遠に君を愛しているよ」。どこかでやっぱり女にはかなわないなぁ・・という気持ちは昨今僕ももつようになった。「Starting Over」よりこちらの方が僕は好きですが、ジョン風味の実にいいメロディ。ブルーズではないけれどブルーズな気持ちにひかかってくる。 "Double Fantasy"が1980年の11月17日にリリースされ、1ヶ月も経たずに 12月8日にこの世を去ったジョンはビートルズの中では一番『ブルーズ度が高い』メンバーだった。ジョンのつくる曲の多くには「佳曲」と呼びたくなるようなさりげない、いいメロディやリズムがあり、あまり音、アレンジに細工を施すことはない。歌唱法もストレートで「歌い上げよう」という姿勢はない。つまり音楽に対する姿勢が常にシンプルで、そしてリアルなものを好んでいるところから『ブルーズ度が高い』と僕は言ってるのだが、彼の死で幕が開いた80年代は僕にとってのロックが完全に死を迎えた年代だった。 ジョンの死の翌年、81年、シンプルでリアルで詞とメロディが無理なく見事に結合し素晴らしい曲をいくつも残した、そして美しい、ブルーな声を持ったこの人も天国へ行ってしまった。
1981年5月11日、ボブ・マーリィの逝去の知らせを聞いたとき、ジョンの死をすぐに思い出し、何か不安な、不吉な気持ちになったことを覚えている。巨大産業化するロックが、その終わりない前進の途中で自分の精神の原点を見させてくれる瞬間。このふたりの偉大なミュージシャンはその輝きをうしなわなかった。そして、僕の不安な気持ちどおり、日本のロックは現在の「くそみそ」状態へ続いている。 神性の高い音楽を残したボブ・マーリィとジョン・レノンだったが、日本のシーンはどうだったか・・。70年代終わりからのYMO・テクノ・ブームはまだまだ有効で、そのファン層はローティーンにまで食い込み、後続のバンドには「ヒカシュー」「プラスティックス」「P-モデル」などがいた。テクノ系このあたりのバンドには「ブルーズ度」はほとんどないことを承知で、まあどんな音楽をやっていたのかひとつ聞いてみよう。プラスティクスは中西俊夫(G.Vo.), 佐藤チカ(Vo.), 立花ハジメ(G), 佐久間正英(Syn), 島 武実(リズム・ボックス)5人で80年の「ウエルカム・プラスティックス」でデビュー。佐久間正英は現在「グレイ」ほか人気バンドのプロデューサー、アレンジャーとして活躍しているが、以前は「四人囃子」のベーシスト。バンドの主要メンバーの3人はそれまで音楽以外の仕事をしていた。中西はイラストレーター、佐藤はスタイリストそして立花はグラフイック・デザイナーだった。 80年代終わりに「イカ天」ブームでたくさんのアマチュア・バンドがデビューした。一種の「青田刈り」でミュージシャンとしての力もまるで出来ていないのにどんどんデビューさせた。ロックがどんどん「素人」のものになっていき、テクニックがあることを「罪」のように言う輩もいた。この「プラスティクス」はそういう時代を先取りした「シロウト・バンド」だった。
78年のデビューから「YMO」は83年に「散開」して事実上の解散になるまで約5年、様々な意味で日本のポップ・ロック・シーンに多大な影響を残した。 九州のビート・バンドである「シーナ&ロケッツ」が「YMO」の細野のプロデュースでテクノ・ポップのテイストを塗り込められメジャー・シーンに突如現れたり、近田春夫がYMO全員のサポートを受けレコーディングし、東京の「イモ欽トリオ」そして山田邦子、ボンチと言った関西のお笑い芸人の企画ものシングルもYMO一派のサウンドとなった。 「久保田真琴と夕焼け楽団」がその名を「サンディ&サンセッツ」になり、やはりテクノ・ポップ化したことは同時代のミュージシャンとして驚きだった。また、70年代終わりからライヴバンドとして力をつけてきた「RC.サクセション」のVo.忌野清志郎とYMO坂本龍一の企画ものデュオもヒットした。 ふたりは化粧をして怪し気に見えるビデオ・クリップを作った。派手な衣装を着るにせよ、シックなものにするにせよ、この頃からステージ・ファッションに日本のバンドも感心をもつようになり、ファッション・コーディネーターと呼ばれる人たちがロックの業界にも出入りするようになった。他にも振付師、ダンス指導、ヘアー・メイキングの専門家が現れ始めた。それはMTVの人気、そしてテレビ業界からの出演のオファーなどヴィジュアルへの露出がロック・バンドにも多くなってきたことを意味していた。音そのものには関係ない、後の「ヴィジュアル系」の見た目を極端に重視する傾向はこの頃からのものだ。 見た目と言えば僕はこの人が小学生の格好をして、ランドセルを背負ってレイダ〜〜〜マン!」と歌っていたのをTVで見た記憶がある。今日はブルーズがついている曲。
ちょっと変わった面白い役者さんだと・・戸川純のことを僕はそう思っていたが、独特のビブラートを声にかけて、演劇的な仕種で、歌う彼女の音楽は苦手だった。どこまでが「地」でどこまでが「作り」かわからない彼女のキャラクターに少し興味があったのは、彼女の醸し出すムードがロリータでありながら、グラマーな成熟した女であるという不思議さがあったからだ。
80年代の日本は女性ロッカー、ミュージシャンがたくさんデビューした時代でした。かって私の友人の女性は某女子大時代に「スージー・クアトロ」のカヴァー・バンドをやっていたのですが、まるで隠れキリシタンのようにバンドをやっていることは内緒にしてくれと言ってました。「チェチェチェチェ・・チェリー・ボ〜〜ム!」と爆発していた彼女もいまや2児の母。ベースを弾きながら歌っていたが、あのベースはどこへいったのだろうか。そういう自発的な女性グループの先駆けはこの人たちでしょう。
日本はテクノとパンクとポップスと歌謡曲が渾然一体となって80年代を転がっていた。 プラスティクス、アナーキー、スターリン、子供バンド、ゼルダ、ルースターズ、ザ・ロッカーズ、佐野元春、EPO、横浜銀蠅がデビューし、YMOは4日連続武道館公演を敢行しトップを走っていた。「たのきん」、松田聖子、「オニャンコ」が流行り、歌謡曲がなくなる前に山口百恵は引退した。日本でもロックが金を産むことが認知されると、抜け目ない事務所とレコード会社はポップ・アイドルにもエレキ・バンドを従えさせロック風味を世間にふりまいたが、テクノの時でもパンクでも同じ。 「テクノ・ブーム」はロックをかなり変質させるものだった。60年代中期にビートルズがギター2本にベース、ドラムで作ったロック・サウンドにくらべるとシンセサイザーの発売などで遥かに楽にイメージする音を構築することが可能になった。ミュージシャンはサウンドに懲り始め、中にはすべての録音を自分ひとりでやってしまう者も現れた。 そんなロックが多様化する中、一体何がロックなのか?定義することは困難になった。ポップ・アイドルがエレキ・ギターをもちバンドを従えて登場する時、それはロックバンドを自称するグループとどこが違うのか一概に判断するのはむずかしくなった。そういう状況への反発として「パンク・ロック」が登場し、現状を壊す力にはある程度なり得たが、新しい音を創造し、ポピュラリティを得るには至らなかった。 「パンク」はプリミティヴなロックの良さを思い出させ、誰もがロックできることを再認識させてくれたが、新たな創造はなかった。ジョン・レノンとボブ・マーリィの死はすさんだ焼け野原にたたずんでいるような気分だった。 |
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