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ブルーズ講座 (関西エリア 2000/06/18 放送分)


50年代の概観
ゴスペル・ブルーズの誕生

Since I fell for you/BB.King


 前回までまあ充分とは言えないが、ブルーズの親戚の音楽であるゴスペル・ミュー ジックを聴いてきたのだが、今回から再びこの番組の本道であるブルーズに戻ろう というところにタイミングよくBBKingの新譜が届いた。BBKing現在75才!長く、激 しいブルーズマンの人生の間に変わったことと言えば、声が荒れたことぐらいだ。 何一つ衰えてはいない。何よりも音楽への無理のない前向きな姿と真摯な心に敬服 する。「まだまだやりたいことがあるんだよ」とBBは言っているようだ。

 それにし てもタイミングがいい。と言うのも今回からゴスペル色の強いブルーズマンを取り 上げてみようと思っていたからで、まさにこのBB.Kingはゴスペルをブルーズに取り 入れ成功したひとりであるからだ。実はBBは過去に一枚だけゴスペルのアルバム” Sings Spirituals”というのを残している。50年代後期の作品ということだから、 すでにアフリカン・アメリカンの同胞たちの間では充分に名の知れたブルーズマン になっていた頃だ。
まず、その”Sings Spirituals”から1曲聴いてみよう。

Precious Lord/BB.king


 御大BBには悪いがこのゴスペル・アルバムはあまり良いとは言えない。やはりゴス ペルを歌うというので堅くなっているのか、ブルーズを歌う時のBBの自由で、大胆 なところがなく、こじんまりしている。ブルーズが好きな人たちでもほとんどこの ゴスペルのBBは聴いたことがないだろうから、もう1曲聴いてみよう。

Jesus gave me water/BB.king


 BBが4才の時に両親はそれぞれ新しい恋人をつくり、BBを祖母に預けてしまう。BBは 祖母に育てられ、幼い頃から農園の小作人として働き始める。母が新しい夫(つま り義理の父)と一緒に住もうとBBを説得したが、BBはほとんどを祖母の家で過ごし た。この祖母という人が敬虔なホ−リネス教会の信者で、彼女に連れられてBBは毎 日曜日に教会に行くことになった。

 そして、教会でギターを弾きながら説教し、歌 う牧師アーティ・フェアに強く感化され10才の時には教会の聖歌隊のソロイストに なり、成長するにつれてゴスペル・グループを結成し、精力的に活動していて、 20才代のはじめまで彼はゴスペル界にいた。「俗」な音楽であるブルーズの王様 BB.が歌う「聖」なるゴスペル・・・なにか矛盾したものを感じる方もいるかもしれ ないが、やはりこの二つの音楽はアフリカン・アメリカンの人々の生活に深く根ざ し、苦しく、辛い日々を凌いでいくには両方とも不可欠な音楽だったのだろう。

 以前、BBと会ったときに「あなたのスロー・バラードを聴いていると時々ゴスペルを 聴いているような気持ちになる」と僕は言ったことがある。その時、BBは格段喜ん だ様子で「ありがとう。そう言われるのはとても嬉しい」と言っていた。20才過ぎ まで歌っていたゴスペルのテイストがブルーズの中に強く出てるのは当たり前だが 、それを自分のスタイルとして確立しバンド・サウンドをつくるところまでやった ブルーズマンは数少ない。

 BBの個性が音に現れ始めた頃の54年のヒット曲。よく通 る、豊な声とメリスマ(日本のコブシのようなもの)を使った唱法は明らかにゴス ペル出身者とわかる。

You upset me baby/BB.King


 アフリカン・アメリカンの根幹的音楽であるゴスペルとブルーズは互いに音楽的影 響を与え合いながら育ってきたことは以前にも言った通りだ。そのふたつの音楽か ら50年代終りにソウル・ミュージックが生まれるのだが、その創始者であるレイ・ チォールズ、サム・クックといった人たちが頭角を現わすのが50年代半ば頃。同時 期にBB.KingもR&Bチャートに顔を出すようになるが、BB.がサム・クックのように白 人層に食い込むのはにはまだまだ時間が必要だった。

 参考のためにざっと50年代にヒットした曲を並べてみて、50年代をざっとさらって みようと思う。

1951年  ”Three O'clock the blues”(BB.King)

52年  ”Juke”(Little Walter)

53年  ”Mama,He treats your daughter mean”(Ruth Brown)
 ”Hound Dog”(Big Mama Thornton)
 ”Money Honey”(Clyde McPhatter)
 ”Honey Hush”(Joe Turner)

54年  ”I got a woman”(Ray Charles)
 ”Hoochie Coochie Man”(Muddy Waters)
 ”The things that I used to do”(Guitar Slim)
 ”Shake Rattle and Roll”(Joe Turner)

55年  ”Everyday I have the blues”(BB.King)
 ”Maybellin”(Chuck Berry)
 ”Rock around the clock”(Bill Hailey)
 ”Fever”(Little Willie John)
 ”Ain't that a shame”(Fats Domino)

56年  ”Sweet Little Angel”(BB.King)
 ”Roll over Beethoven”(ChuckBerry)
 ”Tuttie Fruttie”(Little Richard)
 ”Blueberry Hill”(Fats Domino)
 ”Since I met you baby”(Ivory Joe Hunter)

57年  ”You send me”(Sam Cooke)
 ”School day”(Chuck Berry)
 ”Next time you see me”(Junior Parker)
 ”Honest I do”(Jimmy Reed)

59年  ”What'd I say”(Ray Charles)
 ”There goes my baby”(The drifters)

60年  ”Sweet sixteen”(BB.King)
 ”Baby,what you want me to do”(Jimmy Reed)
 ”Just a little bit ”(Rosco Gordon)

 レイは”A fool for you””Hallelujah I love her so”と順調にヒットを出して いくが、それらの曲はゴスペル色があまりに強かったためにゴスペル派の人たちか ら「レイの曲はゴスペルの詞だけを変えてメロディはそのまま・・これはゴスペル ・ミュージックへの冒涜だ」とさんざん非難されていた。そして、サムもポップに 転向してから古巣”スターラーズ”の招待でゴスペル・コンサートに出た時には、 会衆にブーイングされ涙ながらにステージを降りたということもあった。

 しかし、 50年代R&B、ブルーズにゴスペル・テイストが増々強くなっていくのは歴史的必然で あり、幼い頃からコミュニティの中心である教会の音楽に親しみ、しかもクワイア −やカルテットを経験して、才能のある者ならリードをとるわけだし、そういうシ ンガーがポップ界にデビューし強いゴスペル色を払拭することなどできるわけがない。

 最も大胆にブルーズにゴスペルを導入したレイ・チャールズは1959年にR&Bチャート 1位、POPチャート6位まで上がった”What'd I say”を発表し、白人層にもその名を 知られるミュージシャンとなったのだが、レイの唱法だけでなく、キーボードの奏 法にもゴスペル色が濃く、その上コーラスとのコール&レスポンスというゴスペルの 常套手段を使い全体のムードは明らかに教会からの持ち込みだ。

 しかし、それ以前 の54年に”I got a woman”でレイはそのフォーマットをつくっていた。”What'd I say”も”I got a woman”も基本的な音楽形式、そして歌詞の内容はブルーズだが、そこにゴスペルの唱法やコーラス、サウンドを持ち込み合体させたのだ。 では、1954年のレイのヒット”I got a woman”を。

I got a woman/Ray Charles


 この時期のレイの曲の中でブルーズ・ゴスペルと言える、ややブルーズ色の強いミ ディアム・シャッフルの次の曲”The right time”を聴いてもらいたい。最初レイ が歌い始め、バック・コーラスの”レイレッツ”が”Night and Day”をゴスペル・ スタイルで繰り返していると、途中から女性シンガーのマージー・ヘンドリックス がとんでもないストロングゴスペル唱法で歌い出すあたりは、ゴスペルの男性ソロ の後にクワイア−からピック・アップされた女性ソロが更にテンションを上げ、 体を興奮状態にもっていくのと同じやり口だ。 ブルーズとゴスペルの見事な融合。

The Right Time/Ray Charles


 では、50年代ブルーズそのものはどうなっていたかと言うと・・・・、50年代初め から中期まではマディ・ウォ−タ−ズ、ハウリン・ウルフ、サニ−ボ−イなど ”Chess records”勢の活躍で活況を呈した「シカゴ・ブルーズ」も50年代後期にはブ ルーズから派生した音楽、R&Rの旋風にその場所を失いかけていた。

 皮肉にもその R&Rブームの主役だったのが”チェス”レコ−ドニブルーズマンとしてオーディショ ンを受けにやってきたが、ブルーズマンとしてはダメだったチャック・ベリー。” Chess”は、50年代終りにはマディ・ウォータースなどブルーズマンよりも、白人層 まで巻き込んだR&Rのチャック・ベリー、ボ・ディドリー、などをプッシュすることに 忙しくなった。

 このR&Rブームの中でひとり気を吐いたブルーズマンのがジミ−・リ ードだったが、彼にはゴスペル色はほとんどない。チャック・ベリーに至ってはそ の歌声を聴いて「白人」だと思った人たちがいたそうで、そのぐらい彼の音楽は白 っぽい。同じR&Rだけど、南のリトル・リチャ−ドの黒さと濃さの方が僕は好きです が。次の曲はブルーズというよりR&B というべき曲。

Just Want a little bit/Rosco Gordon


 ”What'd I say”には明らかに過去の音楽にはなかった”新しさ”があるのだが、 その新しさとはブルーズとゴスペルの見事な融合であり、それがまたポップス性を 伴っていたことだ。この曲にはリズムにラテン風味も入っており、1959年にすでに レイは「クロス・オーバー」をやっていたことになります。Great!

What'd I say/Ray Charles


 60年そろそろ陰りが見えてきたR&Rブームに代わり、登場したのが”トゥイスト /TWIST”ブームだった。トゥイストはダンスのひとつのパターンで、腰を中心に上 半身と下半身をねじるように踊るところから”Twist”と呼ばれた。 これの主役だっ たのがチャビー・チェッカーで白人的な容姿だったこともあり白人層でも人気を得 た彼だったが、最初のヒット「ザ・トウィスト」の元ネタはこれもゴスペルだった 。

 Twistのブームは日本にも上陸して僕が小学生の頃、近所の高校生のにいちゃん、 ねえちゃんがタタミの部屋の中でツイストの練習して、タタミが擦れるというて親 に叱られていた。

The Twist/Chubby Checker





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