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ブルーズ講座 (関西エリア 2000/05/14 放送分)


ゴスペル特集
James Creveland
歌手、作曲家、編曲家、ピアニスト 、指揮者、牧師、いくつもの顔を持った男が60年代からのモダン・ゴスペルの礎を 築いた。


I'll be caught up to meet him/James Creveland & The Angelic Choir

 今日最初の曲、こういうのを僕は典型的なクワイアー(聖歌隊)のゴスペルだと思 っている。一体何人いるのだろうか。リーダーのプリーチを所々にはさみながら、 この統制の取れたコーラス・ワークがもたらすダイナミズムこそクワイアーの魅力 だと思う。60年代初期の録音であるこのゴスペル・サウンドのクリエーターこそ現 在のクワイアー主流のモダン・ゴスペルの流れを作った偉大なジェイムズ・クリー ヴランドである。

 1932年にシカゴに生まれたジェームズ・クリーヴランドもまた多くのアフリカン・ アメリカンと同様に貧しい家庭に生まれ、育った。ゴスペルの父と呼ばれるトーマ ス・ドーシー がいたピルグリム・バプティスト教会に属し、8才で「トーマス・ド ーシー・ジュニア・クワイアー」のソロイストだったというからやはり並はずれた 才能をもっていたのだろう。

 しかし、変声期を迎えて美しかったボーイ・ソプラノ が消えてしまった。それで歌を断念したわけではなかったが、彼はトーマス・ドー シーの「全国バプティスト連盟」の結成に賛同してピアノを弾いていたロバータ・ マーティンのピアノ・プレイにハマッてしまった。ロバータ・マーティンは30年代 中ごろから自らの”ロバータ・マーティン・シンガーズ”を率いて活動していたが 、差別や困難がいまより多かったにも関わらず、努力し大学まで行った黒人女性だ った。

 彼女はドーシーのゴスペルを広める運動に共鳴し、「ゴスペル・ピアノの創 始者」とも言われるほどの革新的なプレイヤーだった。マーティンのプレイに心打 たれキーボード奏者を目指したクリーヴランドだったが、彼の家は貧しくてピアノ が買えず窓の枠に釘のようなもので鍵盤を書き練習したという。もちろん音は出な い。

 そういえば、元祖ニューオリンズ・ファンク、プロフェッサー・ロングヘアー は音がいくつか欠けているピアノを拾ってきて練習していたし、バディ・ガイは板 っきれに針金をつけてギターを弾くマネをしていたという。貧しくても才能は開花 するという良い例だ。マテリアルないまの時代ではただ「ふーん、そうなんだ・・ 。ところでプレステの新しいの買った?」で、終りだろうが。

 クリーヴランドは食 べるものにも困るほどで、いつも「プレイさせてくれ」と誰彼かまわず頼んでいた らしい。しかし、1950年には尊敬するロバータ・マーティンのマーティン・シンガ ーズの一員になり、アレンジを手掛けやがて作曲も始めた。

 では、ジェイムズ・クリーヴランドのアレンジでロバータ・マーティン・シンガーズを1曲。

Nobody knows/The Roberta Martin Singers


 クリーヴランドは51年に Gospelaires/ゴスペレアズというグループに参加し、アポ ロ・レコードで初録音をしている。その後 Caravans 、 Gospel Chimes、Roberta Martin Singersとグループを転々とするのだが、50年代半ばにはゴスペル界のアレ ンジャーとしてその座をしっかり確保する。彼は歌を辞めたわけではなかったが、 その才能が最初に認められたのはアレンジにおいてだった。

 この時代はブルーズに ゴスペルの要素が入り、ゴスペルにはブルーズの要素が強く導入されたのだが、そ れをやったひとりがこのクリーヴランドであり、ブルーズにゴスペルの色を濃くつ けたのはBB.Kingだった。では、まだ自己のヒットがなく、いろんなグループに曲を 提供し、アレンジへの挑戦をしていた50年代、彼が有名なキャラバンズにいた時の 録音を1曲。ピアノを弾いているのもクリーヴランド。

What Kind of Man This/The Caravans


 彼は60年に自己のthe Cleveland Singersを結成。そこに在籍したのが後にソウル界 で”You are so beautiful””Nothing from nothing”の大ヒットを出し、ビート ルズの映画「Let it be」に登場するアフロ・アメリカンの青年、天才オルガン奏者 ビリー・プレストンだった。

 後にプレストンはビートルズだけではなく、レイ・チ ャールズ、キング・カーティス、ローリング・ストーンズなど一流エンターテナー との共演もし、音楽的にもそのオルガン・プレイの素晴らしさ、エレクトリック・ キーボードのファンキーなプレイで名を成したのに4、5年前の来日時の客の少なさ、 あれは一体なんだ!日本のロック・ファンもソウル・ファンも所詮はヒットが出て 、その時話題のものに飛びつくだけ・・。

 ゴスペルに裏打ちされた彼の音楽は何を やっても柱がしっかりあり素晴らしかった。次のスタンダードなゴスペルの曲をこ んなにファンキーにプレイすることはカーク・フランクリンよりずっと前に彼がや っていたものでした。

 では、ちよっとその天才ビリー・プレストンのゴスペルを聞 いてみましょう。

Swing down Chariot/Billy Preston


 このプレストンの助力を得てクリーヴランドはデトロイトのクワイアー(聖歌隊) ”Voices of Tabernacle/ヴォイシズ・オブ・タバーナクル ”と共に活動を始め、 60年に発表したヒット”The Love of God”によって全米のゴスペル・コミュニティで その名を知られることとなった。

 この曲はサム・クックが在籍したゴスペル・クア ルテット”ソウル・スターラーズ”がオリジナルだが、作曲者はこの前特集したジ ョニー・テイラー。何かいろんなミュージシャンがだんだんとリンクされていくよ うな感じです。

 僕が中学以来いまでも好きなビートルズ、そのビートルズのゲスト ・ミュージシャンだったビリー・プレストン。そのプレストンがサム・クックのバ ックやこのクリーヴランドのレコーディングをしている。そしてクリーヴランドの 最初のヒットを作ったのはジヨニー・テイラーと。(ボクはテイラーの曲を3曲もレ コーディングしている・・・関係ないか)。

 それから映画”Blues Brothers”のプロ モーションで来日した時、僕のライヴをゲリラした亡きジョン・ベルーシ・・あの Blues Brothersの1のサウンド・トラックを作ったのもクリーヴランド。そして、 テレビ映画”ルーツ”のサントラも彼の仕事だったそうだ。では、彼の最初のヒッ トです。

The Love of God/James Creveland


 お聞きのようにとても美声とは言い難い声で”ゴスペル界のルイ・アームストロン グ”という呼び名もあったようです。日本でも下町の市場に行くと魚屋のおっちゃ んなんかが、このクリーヴランド系の声をしていますが・・・。ブルーズではハウ リン・ウルフに近い。喉がざらざらになってるんとちゃうの?状態のサンドペーパ ー・ヴォイスだ。

 クリーヴランドはマーティン・シンガーズの後、キャラバンズ、ゴスペル・チャイ ムズと転々としているが、彼にいろんなグループから声がかかったのは彼のアレン ジャーとしての才能が次第に認められていったからだ。ゴスペルでは定番曲をどの グループが、どんなアレンジでやったかということが話題になるので、いい曲を作 るのと同じくらい編曲、アレンジは重要視される。

 ゴスペル大会などでは同じ曲を ふたつのグループが歌うというはち合わせもあるだろう。やはり、そんな時に斬新 な、しかも風格のあるアレンジをやったグループの方に人気がいくというわけだ。 60年代に入り、クリーヴランドは大手の”サヴォイ/SAVOY・レコード”と契約した 。そして、サヴォイのプロデューサーのアイデアで”アンジェリック・クワイアー ”というニュージャージーのクワイアー(聖歌隊)と組んでアルバムを出すことに なる。

 それが1962年に発表された”Peace Be Still”という今ではゴスペルの定番 アルバムの一枚になっているもの。今日はその後に出した”Out on a hill”と ”Peace Be Still”のニ枚がTwo in one になったThe gospel ambassadorというアルバ ムから聴いてもらっています。

Peace Be Still/James Creveland


 80万枚売れたと言われるアルバム”Peace Be Still”は、1万枚も売れればヒット と呼ばれるゴスペルの世界では驚異的な枚数だった。彼はシンガー、作曲家、アレ ンジャー、クワイアーの指揮者といくつもの顔をもちながら、急速にゴスペル界の 中心的人物となっていく。

「ゴスペルの皇太子」 「キング・ジェイムズ」 「パパ・ジェームズ・クリーヴランド」
など彼はいろんな風に呼ばれた。いわゆるモダン・ ゴスペル・サウンドのパイオニアのひとりはこのクリーヴランドで、現在日本でも ゴスペルの人気の主体はクワイアーになっているが、クワイアーとソロ、プリチャ ーというモダン・ゴスペル・サウンドにおけるクワイアーの現在に至る核を作った のが彼である。

 また、60年代最もたくさんゴスペル曲を作った、彼の同世代の中で は最も才能のある作曲家でもあった。そして、その音楽的影響はアレサ・フランク リンなど多くのゴスペル・ミュージシャンに広がった。

 1972年のアレサの名盤中の 名盤、「至上の愛/Amazing Grace」のアレンジ、指揮はクリーヴランドの有名な仕 事のひとつだが、アレサの歌があれほど高みに向ってグイグイと登っていくのは彼 のアレンジが見事だからだと思う。とくにバックの”サザン・カルフォルニア・コ ミュニティ・クワイアー”のコーラス・アレンジは実に繊細で、大胆。そのダイナ ミズムの大きさ、地の底から空の上へ上へ駆け登るコーラスの真ん中をまさに神の 子のような神聖なアレサの声が自由に、突き進んでいく。

 このアルバムで彼のアレ ンジ能力の素晴らしさをいま一度確認してみよう。イントロはピアノとアレサの歌 だけで、シンガー・ソング・ライターのキャロル・キングの名曲”You've got a friend”が始まり、それがバックのクワイアーに移るとトーマス・ドーシーの名ゴス ペル曲”Precious Lord,Take my hand”に変わり、今度はアレサが”Precious・・ ・”を歌い出す・・というアレンジで、ふたつの有名曲をこんなに素晴らしくくっ つけたクリーヴランドに言葉もありません。

Precious Lord,Take my hand-You've got a friend/Aretha Franklin


 いまのゴスペルの有名曲と世俗の有名曲をくっつけるというようなアレンジは両方 の音楽に精通していないとできない技だと思うが、クリーヴランドは世俗のソウル やジャズを結構好んで聴いていたようだ。

 ソウル界もゴスペル界も時代は変わりつ つあった。先取性をもったクリーヴランドはクワイアーを使って新しいダイナミッ クで、スピード感のあるゴスペルを築き、60年代終わりには彼はアレサと並んで、 モダン・ゴスペル界の大看板となった。2000ドルという高額なギャラに非難の声を あげる人もいた。雑誌にもしばしば登場し、テレビ番組でも歌い、ヨーロッパへツ アーにも出かけた。

The Lord Broyght us out/James Creveland


 彼は1932年にトーマス・ドーシーが組織した「The National Convention of Gospel Choirs and Choruses」がこの頃には時代にそぐわないものになってきてい ると感じていた。若い、才能のある人たちが旧態依然としたゴスペル界から離れて いくことに憂いたクリーヴランドは才能のある作曲家、シンガー、ミュージシャン を育てようと1968年、the Gospel Music Workshop of America.( GMWA )の組織 化に乗り出した。

 現在GMWAは30万以上の会員によって組織され、定例の年一回のコ ンベンションを行っている。コンベンションでは若いゴスペル・ミュージシャンた ちによる演奏も行われる。ドーシーが最初のゴスペル世代であり、彼のゴスペルを 全米に広めようとした考えに賛同した、サリー・マーティンやロバータ・マーティ ン、サリー・メイフィールドたちが地道に歌いつづけ、そこからスターとなるマへ リア・ジャクソンなどが出た「女性ソロ」の時代が40年代だった。

 グループものと しては、30年代に伴奏のないアカペラで4、5人で歌われるジュビリーというコーラス 形態があり、それが40年代にRH.ハリスがリードの”ソウル・スターラーズ”、アラ バマ、ミシシッピー両方とも素晴らしい”ファイヴ・ブラインド・ボーイズ”クァ ルテットへと発展し、40から50年代はクァルテット全盛だった。それが50年代おわ りになるとこのクリーヴランドたちの斬新なアレンジが人気を呼び、ゴスペルの主 体はクワイアーへ流れ、結局現在のカーク・フランクリンたち第3の世代もそれを引 き継いでいる。

 80年代に入っても彼はいろんなクワイアーを指導してアルバムを作ったが、歌は次 第に衰え声がでなくなっていった。長い歳月、ハードに歌いつづけてきたゴスペル ・シンガーの宿命でもあるが・・・。年令による衰えもあったが、彼はエイズにそ の身体を蝕まれていた。1980年代の後期に発病して90年1月になくなった。

Praise God/James Creveland


 現在、日本は静かなゴスペルのブームとかでレコード店のゴスペル・コーナーは以 前より、少し広くなった気がするが、元々ブームにするような種類の音楽ではない のだが・・。クリーヴランドのホームページの書き込みを見たらこんなことが書い てあった。

 「いま日本ではゴスペルがブームになっているが、本当の喜びを知って いる人たちは少ない。だれか日本のこういう人たちを指導し、神の元へ連れていっ て真の喜びを教えてあげれる人はいないだろうか」

 やはり、これは当たり前だが、 ただのコーラスではなく、神の元での歌なのだということを知るべきだろう。




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