西村愛

大阪市出身。二児の母。
高校生のときに、初めて神戸の仮設住宅を訪問し、人の話を聞いて想いを伝えることの大切さを実感する。
ラジオDJとなった後、東日本大震災の被災地でボランティア活動も経験。
大阪で、震災復興を応援する音楽イベント≪ハッピーラッシュ♪♪♪≫を毎年企画するなど、子育てを楽しみながら、被災地とつながる活動を続けている。。

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放送内容の書き起こし
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第1536回「東日本大震災15年【3】~遺族が取り組む『企業防災』」
ゲスト:一般社団法人「健太いのちの教室」田村孝行さん

田村孝行さん(65歳)は、東日本大震災で長男の健太さん(当時25歳)を亡くしました。健太さんは宮城県女川町の七十七銀行女川支店に勤務していました。地震発生直後、大津波警報が発表され、町の防災無線でも「高台への避難」が繰り返し呼びかけられていましたが、銀行の支店長は、走って1分のところにある高台ではなく、銀行の屋上への避難を指示。行員たちは津波に襲われ、健太さんを含む12人が犠牲になりました。
銀行側は、「宮城県が想定していた津波の高さは最大5.9mであり、高さ10mの屋上でも大丈夫と判断した」と説明。銀行の防災計画には、屋上に避難するプランもあったと言います。しかし、女川町を襲った津波は高さ20mにもなりました。高台に避難した住民600人は無事でしたが、屋上にいた健太さんらは津波に飲まれてしまったのです。
なぜ高台に避難しなかったのか、納得のいかない父・孝行さんは、息子の命を無駄にしたくないと、「健太いのちの教室」という団体を立ち上げました。人命を第一に考え、従業員の声をきちんと受け止める「企業防災」の重要性を訴え続ける田村孝行さんに話を聞きます。
 
健太いのちの教室
https://kenta-inochiclass.com/

(番組内容は予告なく変更する場合があります)